ドーマのもとにやってきたクラリスは
ドーマのもとにやってきたクラリスは、町に来た時と随分雰囲気が違う。どこか浮かれていた表情は一変し、なにか決意を秘めたような瞳に変わっていたのだ。
その変化に驚きつつ、ドーマはクラリスから「弓の修理をしてくるところを紹介してほしい」と言われ、クラリスが持っている弓を見た。
「これは……お世辞に使える状態ではなさそうですが、どうしてこれを?」
「——これを修理して返してあげたい人がいるの」
ふむ、ともう一度弓に目を落とす。
どう見ても冒険者が持つようなものではない。野ウサギやイノシシを狩るための物だろう。
元はそこそこ良い木から削りだしたのだろうとは思うが、されとてこれを修理できるとなるとどうなることやら。
「お預かりしても?もしかしたら、という前提ですが私の友人なら直せるかもしれないので」
クラリスから弓を受け取ったドーマはさっそく外に出る。もとから鉱石の商談に出るところだったので、寄るところが一つ増えたくらいだ。
まずはその友人を訪ねる。
昔なじみの雑貨屋を営んでいる彼は手先が器用で、こうした簡単な修理を依頼するにはちょうどいい。下手に武器屋にもっていったりすれば「そんな使えないものは捨てろ」と言われるのが目に見えていた。
「おおい、ワグはいるか?」
薄暗い店に入って呼びかける。
繁盛しているのかしていないのか分からないこの店だが、品ぞろえは確かで、旅立つ前にここによれば大抵のものは買えると、知る人ぞ知る商店だ。
すぐに奥から好々爺が現れる。
「おお、ドーマじゃないか。半年ぶりだな——ってなんだいその弓は」
「ちょっと訳ありでね。君ならこれを修理できるんじゃないかと思って持ってきたんだが」
ボロ弓を受け取るワグ。
ごつごつした手で弓をなぞり、なぞり、なぞる。
弓の表面には微かに紋様が彫られていた。
「……直せない事はないが、使いものにならんぞ?せいぜいが観賞用がいいとこだが、こんな弓を観賞用にしたところでな」
「それで構わんよ。この弓を使おうとは思っていないんでな。ちょっとした人助けだと思って直してはくれんか?銀貨五枚でどうだろうか」
「馬鹿言え、こんな弓の修理で金なんてとれるか。それよりも何か買っていけ。その方が儲かる」
儲かる、といういい方も変な言い回しだがワグにとっては商人として儲けを出したいのだろう。それならとドーマは鉱石を包みやすいクッション材や化粧箱を数点購入する。店先で場所を借りて鉱石を化生箱に入れ直したところでワグが声を掛けてきた。
「三日もありゃ修理は出来る。それでいいか?」
「ああ、それで頼むよ」
次に向かうのはリュクロスを統治している領主の屋敷の隣り、領主専用の商館だ。
ここでは商人が様々な物を持ち込んで領主へ商売が出来る。領主付きのらゆる目利き人と商人が厳格に査定して大変厳しい交渉なるのだが、ここで商売ができるのは商人として箔が付く。
「どうぞ」と通された大部屋はいくつものパーティションに区切られ、商人の姿が隙間から伺える。
商談なので個別の部屋でやりとりしたいところではあるが、それだと何時間も待たされることになるし、こうして商売の情報が筒抜けの環境を用意することで談合などを防いでる面もある。
「——ほう、磁鉄鉱ですか」
ドーマが差し出したのは磁鉄鉱。その名の通り磁力を帯びた岩塊だ。
磁鉄鉱が取れるのはドラゴニア帝国かニア国で、流通量もあまり多くない。しかし貴族の中にはブローチの基礎部を磁鉄鉱で作り、瞬時に装飾を付け替えるなど出来ることで令嬢などが意中の相手だけにアピールできるアイテムとして人気がある。
もちろん戦場でも有益な道具となるのは言わずもがな。
今回運んできたのはこの磁鉄鉱、そしてもう一つ。
「これはこれは……まさかこの大きさで、ダイヤモンドですか」
クラリスが解呪の方法を教えてくれたダイヤモンドだ。
大陸広しと言えど、こぶし大もの大きさは百年に一度出るか出ないか。さらにラス連邦で売る事に意味がある。
良くも悪くもラス連邦はダンジョンが有名だ。故にこうして外部から持ち込まれる貴重品をあたかもダンジョンで手に入ったもの、としてしまう事でダンジョンの価値を高めている。
故にこうしたとてつもない貴重品は高値で取引されるのだ。さらにもともとドラゴニア帝国で売りつけられた曰く付きのものであるので、ドラゴニア帝国では売りにくい。
「しかしこのような物、一体どこで?」
「実はこのダイヤモンド、もとともドラゴニア帝国の曰く付き、いわゆる呪われた品でしてな。最近これを解呪できることに成功しまして」
下手な嘘はつかない。
これほどの価値があるものであれば以前は呪われていたとしても十分に価値がある。
「もちろん取引前にそちらで調べてもらって構いません。教会への調査費用もこちらが出しましょう」
すでにクラリスによる調査では呪いは解かれたと出た。それに禍々しく黒光りしていた様子を知っていた者としては、これほどまでに透き通るダイヤへと変貌したのだから、解呪を疑うはずもない。
「——これは少々鑑定にお時間が掛かりそうですな。どうでしょう、日を改めて商談というのは」
「そうですな。でしたらその時に教会から神官も立ち会わせましょう」
ドーマは二日後に今度は領主が住まう屋敷に直接来るよう言われ、商館を後にする。
商人が直接屋敷に呼ばれることは大変名誉であり、ドーマはクラリスに感謝感謝とウキウキで帰路に着く。
この借りが弓の修理で返せるなら安すぎるものだ、もう少しお礼をしてもいいだろうとさえ思い、ダイヤの売値次第ではクラリスにももう少し分け前を与えよう。
経済とはお金の流れであり、信用はケチったら勝ち取れない。持ちつ持たれつこそ、ドーマの目指す商売人なのだ。




