リュクロスに着くまでに、実に一週間の
リュクロスに着くまでに、実に一週間の日数を要した。
とはいえ足止めが二日程あったので、本当ならもっと早く移動できたのであろう。
日に日に暑くなっていく馬車では幌を上げて走っており、遠くに見えた巨大な街並みがリュクロスだと教えてもらったときは目を見張ったのを覚えている。
ラス連邦では国内の部族ごとにまとまっており、小競り合いというなの内戦が絶えない。そんなイメージがあったのでこれほどまでに立派な町があるのかと感嘆した。
町に入ってからは更に圧倒された。
数多の露店が並び、道ゆく影は人族よりも獣人族が多い。
部族の衣装なのか獣人が身に着けている衣服はカラフルなものが多く、今日は縁日かなにかなのかと思わせるぐらいの活気と熱気に満ちている。
「クラリスさん、少しリュクロスで私に雇われてみませんか?」
馬車がリュクロスに着く少し前。ドーマからの提案に乗ったのはクラリスだ。
御者が山賊の一件で捕まってしまったので急遽代わりの御者があてがわれたためにこの馬車は国境まで行かず、一旦リュクロス止まりになったのだ。旅費は返還されたのだが、ここからは自分でライダル国への馬車を見つけなければならないと思っていた矢先の提案だった。
ドーマは例の塩漬けにされたダイヤモンドを、黒光りしていたはずなのに今は微塵もその影を見せず、まばゆい七色の光を発しているそれを恍惚の表情で拭いていた。
「リュクロスなら国境までの馬車は直ぐに見つかるでしょう。それならどうです?旅費を稼ぎながら観光というのは」
「と言っておいて、私のスキルがお目当てでしょう?」
バレましたか、と豪快に笑うドーマ。
しかし護衛としても是非雇いたいと再度言われれば悪い気はしない。急ぐ旅でもなく、知り合いがいる中で町を回れるのは魅力的だったので引き受けることにした。
しかも宿代はドーマ持ちだというのであれば尚更だ。
よく商人が利用するという宿に着いた後、今日明日は自由行動ということでクラリスは初めての町に繰り出した。
まずは冒険者ギルド。
冒険者としてはぎりぎり一人前に届いていないクラリスは、この町で受けられる依頼を確認する。
しかしリュクロスの町で受けられる依頼は案外と少ないというか、街中のお手伝いのようなものが多い。
「あら、新人さん?この町で依頼を受けるならリュクロス兵団の詰め所に行った方が早いわよ」
「詰め所、ですか?」
なんでも魔物討伐系はすべて詰め所が請け負っており、この町の冒険者ギルドはどちらかというと町中の雑務であったり商人の護衛が多いのだという。
受付のお姉さんに礼を言い、かといって詰め所は若干苦手なイメージが先日出来たので予定を変更して武器や防具を見て回ることにした。
町は大きく四つの区画に分かれており、南に比較的武器屋が集まっているという。
しかしどこかしこにも露店が建ち並び香辛料や反物、武器といったものがジャンル問わずに販売されている。
軽く横目で流しながらクラリスは何を探しているかと言えば、弓である。
フィーネに弓はお金が掛かるから長剣でいいと言ったばかりではあるが、山賊討伐の報奨金というおもわぬ大金が舞い込んだために買えるうちに買っておこうと思う。旅費も大事だが金貨は戦場では役に立たない。
「あら、蚤の市」
大きな広場についた。
そこではそこいらの露店がさらに多く集まったようなマーケットとなっており、あらゆるものが売っていた。
ちなみに聖リーサリティ学園でも商売を学ぶ一環で上級生が使い古した参考書や古くなった武器を学園内で下級生に安く売るという催しがある。
貴族がそんなことをするのか、と疑問に思ったが書物を大事にするエルフの考えを浸透させるためにニア国が仕掛けている催しらしく、またあまり裕福ではない貴族には結構人気だ。
さらに憧れの上級生の私物が買えるなどと、本来の目的とは違う利用をする生徒もいるのだが、それが分かっている上級生はさらに値段を吊り上げてくるなど、あくどいことをやっていた。
そんなことを思い出しながらクラリスは蚤の市に足を踏み入れる。
ふと、異様な視線に気が付いた。
(——ふふっ、人気者になった気分ですわ)
つかず離れずを保つ者がいる。
どこの町にも窃盗や人攫いといった類はいる。
しかし目立つことをすると詰め所に連れていかれると身に染みて分かったクラリスはさっさと巻くことにした。
スキルなんて使わなくても人込みの中を巧みな足さばきでスイスイと抜けてしまえば、いつの間にか視線が消えている。
不敵な笑みを浮かべて歩いていたら小さな子供に指された。
いけない、と緩む頬をつねり、武器を扱う商店に歩いていく。
「いらっしゃい嬢ちゃん。冒険者か?何をお探しで?」
「弓を少し。状態のいいものはあるかしら?」
「弓か。うちは剣がメインだからなぁ。まぁ数は少ないが見てっておくれ」
人当たりが良い店主は後ろから弓を数張り出してくる。
「——このマークは何かしら」
見れば弓にも剣にも六角形の台に獅子の掘り込みがあるものがある。
「ああ、そりゃリュクロス兵団の払い下げ品だな。状態はまちまちだが、一応官製だからそこそこの品質があるぞ」
「そんなものまで出回っているんですの」
「出回ってきたのは最近だ。なんでも直近で大捕り物を企ててるとかで、兵団が武器を一新しているらしくてな。まぁ二束三文でそこそこの品質だから結構人気だ」
試しに長剣と弓を順番に手に取る。
使い古されているが物によってはしっかり手入されていたのか、まだまだ使える者もあればボロボロになっており、使い手の性格が垣間見える。
「大捕り物だなんて。犯罪者でもいるの?」
「違う違う、魔物だ。南に大きな森があるんだが最近ライダル国から流れて来たのか、強いやつが住み着いたらしくてな。このままだと商人が寄り付かなくなっちまうからと、討伐するんだとさ」
良くある話だという。
獣人が多いラス連邦では一兵卒と言えど身体能力が人族よりは段違いであり、かなりの優位性がある。時には兵団としてこうした強い魔物に対処することも多いのだという。
それでは冒険者の出番がないと思っていたが、そもそもラス連邦にくる冒険者はダンジョン目当てで来るのでいいのかと納得。。
官製は置いといて、別の弓を取る。
状態は良くない。値段も銅貨二枚とパンと同価格だ。これなら薪にした方がいいのではないか。
(簡易鑑定)
とはいえこういう物に特殊な能力が備わっている、なんてことになれば面白いと思い、そっとスキルを発動。
(——もしかして私、フィーネさんの様なロマンを感じて……!?)
いつのまにフィーネに毒されたか。
いや鑑定士としてそのあたりにロマンを感じない事はないのだが、それにしても流石にこの弓に対して鑑定するのはどうかと苦笑い。
『鑑定結果
品名:狩人の弓
品質:最低
リュクロスの南、ミーワ村の狩人が使っていた弓。狩人の死後、一人娘が生活の足しにと売った品』
(おっっっもいですわー!)
クラリスは躊躇いなくこの弓を買い、その一人娘に返しに行くことを誓った。