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追放された令嬢は鑑定士となる  作者: えだまめのさや
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魔物と対人戦との違いはまず見た目が違う

 魔物と対人戦との違いはまず見た目が違う。魔物、例えばゴブリンなんかはよくてさび付いた剣、普通ならこん棒しか持っていない。しかし迫りくる山賊たちは無駄に光る鎧を着こみ、斧や長剣を振りまして接近してくる。中には馬に乗って駆けて来る者もいた。

 クラリスは幌から顔を出し、その仕草を観察する。

 

 (見た目は立派だけど、武器の持ち方とかなっていないわね)

 

 あれなら五人程度までなら同時に相手に出来るだろう。

 そう考えてクラリスは座席にゆっくりと腰かける。

 そもそもこの類の馬車であれば護衛の傭兵がいるはずだし、自分の出番など無いはずだ。

 けれど待てども待てども剣戟の音など聞こえてこず、襲い掛かる山賊たちの雄たけびだけが近付いてくる。

 不思議に思っていたらとうとう山賊の一人がクラリスが乗る馬車にまで飛び込んできた。

 

 「大人しくしろーい!女子供は殺さねぇ!男は身ぐるみ次第じゃ、生きて返してやってもいいぞ!お、いい女がいるじゃ——」

 「不愉快です」

 

 キンッ、と長剣が鞘に収まると同時、飛び込んできた山賊の首が落ちる。

 クラリスは転がる頭部を外へと蹴飛ばした。

 真っ赤な血がぐちゅぐちゅと垂れ、むわっとした匂いが充満する。

 なんともお粗末なものだ。クラリスを鍛え上げた先生であれば口上こうじょうも聞くことなく切り刻んだことだろう。

 

 「これはどういう事でしょうか。争っている形跡も無し。——もしや傭兵もグル?となれば御者もその可能性がありますね」

 「く、クラリスさん!」

 「ドーマさんはここで身を隠していてください。正直私は手加減できませんので、人質として取られても守れませんから」

 

 では、と言い残してクラリスは馬車を飛び降りる。

 飛び降りた先、すでに包囲されるようにして迫ってきた山賊たちは跳び出てきたクラリスに三者三様だ。

 

 「女だ!」

 「剣を持っているぞ!」

 「話が違うじゃねえか!冒険者か!」

 

 鬱陶しいので片っ端から斬っていく。

 ここで改めて魔物と対人戦との違いを考えてみよう。

 それはクラリスの実践経験の差だ。

 魔物とはほぼ初めてやりあう相手であり、場所も森の中。戦う上で目のまえとの敵だけに注意を傾ける訳にもいかず、常に四方八方に警戒しなければいけない。

 しかし対人戦となれば話は変わる。

 幾戦幾百戦とアルマーク家の者として鍛え上げられてきたクラリスにとって、これほどまでに戦いやすい相手はいない。

 しかも場所はすべてが見通せる草原だ。

 地理的不利もないと来たなら、負ける要素などどこにもない。

 こういう時に初めて人を斬ることに躊躇う、なんてことは新米冒険者にあることかもしれないが、アルマーク家にそんな甘えは通用しない。

 齢十歳になるころには罪人の斬首刑に立ち会わされて、十二歳で実際に執行人として動く。この手など、既に人の血で汚れているのだ。

 一人、また一人と確実に切り捨てていくクラリスを前に、山賊たちはおののき始めた。

 

 「やべえぞあいつ!囲め!」

 「なんだあいつ!鎧ごと叩き切ったぞ!」

 「盾も剣も意味ねえとか、バケモンか!?」

 (いや、うん。それについては否定しないわ)

 

 技量もそうだが、持っている長剣がこれまたすごい。

 ゴブリンをバターの様に切ってきたのだが、人となるとさらに豆腐を切っているかのようだ。

 薄いプレートアーマーなら抵抗なく、少し厚くても力を入れれば切れる切れる。剣と剣の鍔迫り合いなど起きず、相手の剣はもとからそうであったかのように瞬く間に刃を短くしていった。

 後ろから不意打ちを狙おうとも、そんな行動は十手先まで読んでいる。

 一撃で相手が沈むなら、一度にたくさん来ようが囲まれようが所詮は一対一タイマンであり、一点突破すればいいだけ。

 そんな戦場に似つかわしくない、女性の悲鳴が響いた。

 振り返れば、男が若い女性を盾にして突き出している。

 

 「うおら!これ以上殺してみろ!こいつがどうなるかわかってるのか」

 「——どうぞ、ご勝手に?」

 

 人質を取ろうがクラリスの知った事ではない。

 冷たい眼差しを向け、クラリスは人質を抑えている奴を無視して再び片っ端から山賊を減らしていく。ああいう手合いは無視すれば良いだけだ。絶対的な力の前には人質など無意味で、最後に自分だけが残るという恐怖が襲うのだ。

 

 「あっ」

 

 山賊のかしららしき人物を斬った。

 斬ってしまった。

 綺麗に頭が弧を描いて空を飛び、落ちる。

 せめて責任者として残すべきだったかと後悔したが、まぁいいかと切り替えていく。

 

 「ふざけるなよ!お前どこのもんだ!」

 

 今度は傭兵らしき身なりをした男が襲い掛かってきた。人ではない。獣人族であろう彼は素早い動きで目にも止まらぬ速さでこちらに近付いて来る。

 

 「そういう時はこれですわ」

 

 ポケットから胡椒の包み取り出し、地面へと勢いよく投げる。

 破裂した勢いで鼻腔びこうをくすぐる香りが充満する。

 

 「へっくしょいっ!」

 「はいそこ!」

 

 盛大にクシャミをし、無防備になった傭兵被れの胴を叩き切る。

 素早い獣人系は大抵匂いに敏感であり、こういう時に胡椒は役に立つ。

 最後に戦場に立つのは、御者と人質を取っている男だけだ。

 まずは御者からどうにかしよう。

 

 「く、くるなぁっ!」

 「そう言われますと、ええ、非常に嗜虐心しぎゃくしんを煽られているようで」

 

 聖リーサリティ学園では同じような言葉を言うプライドの高い男たちを片っ端から泣かしたものだ。男たちも女であるクラリスに負けたとあっては相当に悔しいのか、以後突っかかってこないか、骨のある者は何度でも向かってくるか。

 大抵はいつの間にか姿を消してしまったが。

 クラリスは御者を剣の鞘で殴り昏倒させると、全て終わったとばかりに長剣を鞘に戻す。流石に御者を殺してしまったら馬車を運転する者がいなくなるので気絶だけに留めておいた。

 戦場を振り返る。

 あちこちに散らばる死体と頭。

 

 「ええと、死体の処理は……いえ、リュクロスの兵が定期的に来るとの事でしたね。ならこれはこのままでいいでしょう」

 

 死体を放置すると魔物に食われてアンデッドになる可能性があるが、かといって全員を焼くほどの炎もない。

 

 「てめえ!こら!無視するな!こいつがどうなってもいいのか!」

 「いやっ!離して!」

 

 相変わらず人質を取っている男と、人質の女性が騒いでいる。

 仕方がないので相手をすることにした。なにせ残っているのは彼だけなのだから。

 

 「どうぞご勝手に、と私、申し上げましたよね?だからどうぞお好きにしてください。その後に貴方を叩き切るだけですので」

 「なっ——」

 

 クラリスは首が無くなった傭兵の死体まで戻り、ごそごそと漁る。

 山賊を斬っただけならまだいいが、流石に傭兵を斬ったのであれば裏切りの証拠くらいはないとまずいのではないか。

 あら、と声を上げれば出てくるのはギルドカードだ。

 他に証拠になりそうな物もない。とりあえずこれをまずは見せることにしよう。

 

 「てめえ!どこまで俺を馬鹿にすれば——」

 

 背後から襲い掛かってきたのは最後の一人。

 剣も納めて背中を見せたからと油断したのだろうか。

 振り返りざまに一閃。

 上段に構えていた男の腕と首が落ちる。

 長剣に滴る血を振り払い、適当に転がっている山賊の服で拭う。

 彼を最後に、静寂が訪れた。

 ドーマが静かになったのを気にして顔を出してきたので、手を上げて答えておいた。さっきよりもさらに顔色を悪くしているが、この光景を見ればそれも仕方ない。

 

 (私、冒険者よりも傭兵の方が似合っているかしら?)


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