夜。クラリスは日課となった簡易鑑定を
夜。クラリスは日課となった簡易鑑定をしていた。
スキルは使えば使う程に伸びていく。使える回数、精度や威力といった具合だ。
クラリスの場合、当初は簡易鑑定を一日十回ほどすれば発動しなくなっていたのだが、ここ二週間で十二回ほど使えるまでになった。
スキルが使えなくなったからと言って疲れるだとか動けなくなるといった事はないのだが、前衛職だったりすると自分があと何回スキルを使えるのかなどはとても重要になる。
『鑑定結果
品名:薬草
品質:低
ユビク大陸全土に分布。低級回復ポーションの作成に使用される。萎びれている』
『鑑定結果
種別:ナイフ
状態:中古
どこにでもある普通のナイフ。これを使って薬草を採ると、薬草の鮮度が通常よりも一日長持ちする』
いつもと同じ鑑定結果だが、薬草は状態によって文言が少し変わるなどすることが分かっている。
そしてナイフ。
こちらはフィーネとの二週間にも及ぶ調査の結果、薬草の鮮度が長持ちするのはあくまでクラリス自身がナイフで薬草を採取した時のみに限られること、一度採取した薬草の根を切り落とすような行為では鮮度は落ちることなどが分かってきた。
これが鑑定士のスキルなのか、それともクラリスが持つ特殊スキルなのかはまだ分からないが、もし特殊スキルだとしたらフィーネはクラリスが受けた宣託『真実を見通し、秘匿されし能力を表現する』の中で「表現する」という文言がヒントではないかと言っていた。
「……地味ね」
アルマーク家は代々戦闘系の職業についてきた者が多い。それはドラゴニア帝国という環境の中では必定であり、戦闘系ではないにしても政務官など、文官として才能を伸ばしていた。
自分が選んだ道だから後悔はない、と言い切れればいいのだが、そもそも一か月前までは自分も同じように戦闘系の職業について、どんな戦いが出来るだろうかと想像を膨らませていたので、ふと我に返った時にどうしてもネガティブな思考になってしまう。
「——悩んでいても仕方ないわ。まずは冒険者として生きていくって決めたのだから」
単なる憧れ、それもバルに助けられたという安直なものではあるが、生きる目標を失っていたクラリスはそれに縋るしかない。
バルたちに他の仕事をしてみたいと言えば応援してくれるだろうが、そうなると一緒に住んでいる意味を失いそうで、それも怖い。
それに案外と戦っている自分が好きというのもある。そういう所はアルマーク家の血を受け継いでいると内心苦笑が漏れる。
「次が最後かな」
順調にスキルの使用回数を消費し、最後に手に取るのは長剣。今日はスライムをひたすらこの長剣でこねまくったので、こびりついた粘液を落とすのが大変で、今度からは使い捨ての棒でやろうと誓った。
「簡易鑑定」
スキルの使用には発話が必要だ。
熟練の冒険者は念じればスキルを発動できるようになるというので、今後のスキル成長度合に期待したい。
自分にだけ見えるように浮かび上がる、と言えばいいのか。
逆に意識しないとすぐに見えなくなってしまいそうな文字として、長剣の上に鑑定結果が現れる。
『鑑定結果
種別:長剣
状態:中古
クラス:伝説級
どこにでもある普通の長剣だったが、オレンジスライムの中で錬成されたことにより進化した状態。持っていると幸運が訪れる』
「ふぁっ!?」
奇声を上げてしまうクラリス。
「な、なな、なっ……!」
見間違いかと、あらためてじっくりゆっくり読み直しても同じ。
というか半分以上意味が分からない。
まず伝説級とはなんなのか。
オレンジスライムの中で錬成されたことにより進化した状態とはなんなのか。
さらに長剣に付与されている性能。
持っているだけで幸運が訪れる、とはどういうことか。
今まで普通の長剣だったのにいきなり訳も分からない代物になってしまい、戸惑いが隠せない。
「ふぃ、フィーネさんに相談を……っ」
長剣を抱えて部屋を飛び出そうとドアノブに手を掛けた時だ。
話し声が漏れてきた。
「——にしても、フィーネの執念もすごいよね。薬草の鮮度を保つだけのナイフにここまでやるんだから」
「あら、当然じゃないの。魔法使いなら誰もが考える事よ。武器に何かしらの特性を付与できないのか、というのは。それに各国には実際に様々な特性が付与された武器があるし、呪いの武器だって稀にダンジョンから出るじゃない。それがこんな身近にあるんだから、詳細に調べないと」
「いや、魔法使いなら武器にも魔法を使えるじゃん」
「それは武器に魔法を纏わせているだけよ。私が言っているのは、誰が持っても効果を発揮する、武器に付与された効果のこと」
「それならクラリス君が持っているナイフはちょっと違くないか?あれは彼女が扱わなければ効果を発揮しないんだろ?」
「それは彼女の宣託があるからじゃないかしら。もしあのナイフを使えば誰もが同じ様な効果を得られるようになるとしたら?世界に革命が起きるわ」
「言いたいことは分かる。とはいえクラリス君にいつまでも薬草採取ばかりもさせていられないだろう。彼女の境遇を考えれば早々に一人立ちできるEクラス、できればちゃんと稼げるDクラスにしてあげたい」
「あら、随分とお熱ねバル。貴方そんなに弟子が欲しかったの?」
「……まぁ弟子がいて悪い気分じゃないが、最近ギルドからきな臭い話が聞こえて来てな。どうやらニア国が自国内の冒険者を一か所に集めているらしい」
「——まさか、戦争?でもでも、戦争なんて起こすようなお国柄じゃないでしょ、ニア国なんて」
「飛躍しすぎだエル。おそらくだがニア国が目指しているのは北、拒絶山脈の開拓だろう」
「あきれた。あの誰も帰ってこれない未踏の地を切り開こうっていうの?そっちのほうが戦争よりもよっぽどありえないわ」
「けれどギルド内じゃ結構な噂になっている。緘口令は敷かれているようだが、各国の冒険者ギルドは給金目当てにニア国に冒険者が集まることを危険視しているようだ。それに、もし仮にニア国が拒絶山脈を攻略できたとしたらドラゴニア帝国もだまっちゃいない。追いつき追い越せでドラゴニア帝国も山脈の攻略に走るだろう」
「その余波がここまで来ると……?だからクラリスをDランクに?」
「そうだね……。彼女の生い立ちを考えれば僕は正直、彼女がドラゴニア帝国で冒険者になるのは厳しいと思っている。冒険者は信用商売だ。例えクラリス君が否定しても、誰かが彼女がアルマーク家の令嬢と勘づけば噂は広まり、クラリス君も活動しにくくなる。最悪伯爵家が連れ戻そうとするだろう。そうなる前に他国へ行くべきだ」
「まぁねー、追われる立場は辛いもんね。ギルドが同じ冒険者に懸賞金賭けることもあるし」
「今日彼女の実力を見た感じだと、あれなら実践を踏めばすぐにDランクになれる。それに彼女の職業も冒険者向きじゃないとすれば、僕らがいる間に少しでもDランクに近付けておくべきだ」
「——待ってバル。私たちがいる間っていうのはどういうこと?まさかここを離れるのつもりなの?」
「……ああ。さっきも言った通り、このままドラゴニア帝国にいればおそらく冒険者は皆拒絶山脈に駆り出される。Bランクとなれば尚更ね。そうなる前にここを離れるつもりだ」
「ならクラリスちゃんも連れて行けば?どうせ他の国に行くんでしょ?」
「それも考えた。スキルが無くても彼女の技術なら僕らの旅についてこれるし、正直『緑の刃』に欲しいくらいの戦力だとも思う。けど、それは僕らも爆弾を抱える事になる」
「……クラリスの出自ね」
「出自で差別はしたくない。けれど僕らも商売だからね、ここはきっちり分けないといけないし、それがリーダーである僕の務めだと思っている。今日クラリス君の執事が訪ねて来たのがまさにその例だ。感情を抜きにして、損得だけで考える」
そんなの、とエルが少し騒ぎ始めたところでクラリスはドアノブから手を放した。
あまりにたくさんの事を聞いてしまい、頭がこんがらがっている。
扉から離れそのままベッドにへたり込こむこと数分。
「——そっか、バルさんたち、ここから離れちゃうんだ」
きっと、自分はついていけない。
バルが『緑の刃』のリーダとして言ったのだ。
理由はアルマーク家の者だから。
すでにクラリス・アルマークは死んだというのに、まだその名の呪縛がクラリスを縛り付ける。
けれどバルの考えももっともだと、今更ながらに思う。
「お父様は、私が生きていると知ったらどうなさるかしら」
* * *
無意味は問いかけだろうか。
もし私が鑑定士という職業に就いたことを知ったら、何というだろうか。
アルマーク家に相応しくないと、そういって放り出してくれるだろうか。いや、それ以前にどこぞの商家に嫁として出されたのだ。話がこじれる事間違いない。
フィーネに聞いた話では、私が死んだことについては屋敷で緘口令が敷かれている。そもそも嫁入りに行ったことにすら話していないのかもしれない。
喧嘩別れの様にして出て行ったのだ。普通に嫁入りしても帰りにくくなるし、私と慕ってくれていた妹たちを遠ざけるためだろうか。
それでも執事が来たという事であれば、妹たちは何かしら勘づいている。
妹は聖リーサリティ学園に入学前とは言え、すでに齢十四だ。幼少教育は終えており、自分の考えはしっかりしている。
今頃はアルマーク家の者として女子供関係なく武術の腕を磨いている事だろう。
忙しい時期だろうに、鍛錬でヘトヘトだろうに、妹は腹心とも呼べる執事を寄越してきた。
そんなことをすればお父様にはすぐにばれるだろうが、きっとお父様も見逃しているのだろう。
私とお父様の確執がそのまま続き、私を慕うがゆえに妹たちまでもがお父様と対立するよりは、道中の山賊に襲われて死んだ方が都合が良い。
その事実を執事が直接見聞きし、妹たちに伝えるのであれば、妹も諦めるしかない。
「——どうして葬式の一つもあげないの、と騒ぐかしら」
しかしあの時点では既に商家に嫁に出されていたのだ。
身元引受人はアルマーク家より商家、葬式をあげるとしたらそちらだ。
しかし商家も、一度も顔を見る事がなかった花嫁の葬式など上げたら醜聞か。
結局、なあなあにして水に流すのが一番良かったのかもしれない。
おかげで、私もこうして平和に冒険者として一歩を踏み出すことが出来たのだから。
「今は——いえ、お父様が存命のうちは妹たちに会う事はできないでしょうね。……ごめんね、お姉ちゃん、妹たちと会えるのは随分先になっちゃいそうだわ」
届かぬ思いを馳せ、誓う。
いつの日か妹達に会いに行こうと。
そのためには生き延び、たとえ貴族としての私ではなくても、妹達といつ会う事になってもふさわしい者であろうと。
「その場合、冒険者として目立つことになるのかしら……?でもそれだとやっぱりドラゴニア帝国では動きにくいわね」
ドラゴニア帝国で冒険者として目立てば目立つほど、アルマーク家の足音が近づいてくるだろう。
なれば国外に行くしか道はない。
それに、私には他の冒険者にはない鑑定スキルがある。もしこのスキルで強力な武器を手に入れられたら……。それこそさっき鑑定した長剣のようなものだ。
攻撃スキルは無くても、培った技術と合わせればいっぱしの冒険者としてはやっていける。
そしてもう一つ考えていたことがある。
今のところ、簡易鑑定した結果の効力は私が使う事でしか効果を発揮しない(とはいっても薬草の鮮度が保てるナイフでしか試せていないが)。もしこれがどの武器でも同様であるのなら、武器屋や蚤の市を回り、ひたすら簡易鑑定して回れば効果の高い武器を効率よく入手できるはず。
鑑定しても効果は私が扱わないといけないので、たとえ奪われたとしても変な事に使われる心配もない。
「——ってこれ、先の大戦争の時と似たような事になりそうね」
二百年前の大陸全土を巻きこんだ大戦争。当時の人口の半分を失った戦争の発端は、ニア国が持つ『隕石を降らせる魔法が扱える杖』をどこかの国の間者が奪い去ったのが始まりだ。
幸いにして隕石魔法は特定の者にしか使えない代物らしく、実際にニア国に隕石が降ってくるような事は無かったのだが、それでもインパクトは大きかった。
当時は四か国とも仲が悪く、いつ戦争が始まってもおかしくない雰囲気だったとの事で、焦ったニア国は三国を正面から侮蔑。いちゃもんをつけられた三国はニア国と事を構える事になるが、戦端は瞬く間に拡大。あれよあれよと隣国はどれも敵状態の大陸を巻きこんだ大戦争へと繋がった。
私が持つ能力は、まさにそれと同等の物を生み出す、いや、見つけ出すことができるスキルではないのか。。
「……これ、人前で使うのは止めようかしら」
そうすると武器屋と蚤の市で高性能な武器を探すのも諦める事になるのだが、見つからないように使えばいいか。
いや、その前に本当に他人が武器の固有スキルともいうべき能力を使えないか確認する必要はある。
これも追々ね、と嘆息。
「やっぱりまずは強くなる事から始めないと、何も出来ないわね」
まずは冒険者Dランク。
バルたちがいつまで私と一緒にいられるのか分からないが、明日からは少し意識してランク上げに勤しもう。
それと、万が一盗まれてはと思い、鑑定済みのナイフと長剣はベッドの中に隠すようにして眠ることにした。