世の中には特殊個体というのがいるらしい
世の中には特殊個体というのがいるらしい。
今まさに私の目の前で蠢いているオレンジのスライムがそうだ。
森の中をのっそのっそと這うように動き回り、時折首を長くして(とはいってもそこが首かどうかわからないが)あたりを見回している。
まるで何かを隠しているかのような動きに、私を含めた三人はしばしその奇妙な光景を観察していた。
(バルさん、あれってスライム、ですよね)
(そう、だと思う……。けど体がオレンジ色なんて初めて見るな)
(はいはーい!エルちゃん知ってる!あれはオレンジスライムって言って、めっちゃ貴重なものを隠し持っているスライムなんだよ)
小声でのやり取りでもエルの主張は激しい。
(貴重なものとは、例えば貴金属とかでしょうか?)
(そんなものを抱えているようには見えないけど……。エル、オレンジスライムの攻撃力は?)
(他のスライムと変わらないよ。色が違うだけ。クラリスちゃんでも全然倒せちゃう)
(ならいいか。クラリス君、さっきのスライムと同じように倒せるかい?)
私は「やってみます」と頷きを返すと長剣の柄に手を当て、静かにオレンジスライムへと忍び寄る。
スライムの倒し方は一つ。半透明の体の中にある核、つまりは魔石を取り出せればスライムは死ぬ。
厄介なのは剣で切っても槍で突いても、直ぐに切られた場所が塞がりダメージが通らない。
そして核も縦横無尽に体の中を移動する。
そのため弓で狙いをつけて核を射抜くというのも難しい。
攻撃系のスキルが使えれば様々な攻撃方法があるのかもしれないが、私には絶対に得られない物をねだっても仕方ない。
スライムがこちらに気付いた。
私は構わず歩みを進め、逃げられる前に鞘ごと長剣をスライムに突き立てる。
「せいっ!」
その後の作業は簡単だ。
ひたすら長剣をぐるぐると回し、スライムの体をかき混ぜていく。大きな鍋をお玉で混ぜる要領だ。
これによりスライムは触手を伸ばすことが出来ず、また核も体内の渦巻きによって内側に吸い寄せられるか、外にはじき出されるかのどちらかになる。
今回は回転の中心に核がきたので、ある程度渦を強めたところで中心を数度勢いよく突く。
二撃目で柄の先が核に当たり、はじき出された。
瞬間、半透明の体は形を保てなくなり崩壊。あたりにオレンジ色の液体が流れる。
スライムのまん丸な核を拾いあげるが、辺りには他に何もない。
「おいエル。話と違うぞ。なにも出ないじゃないか」
「あっれー?おかしいなぁ」
バルとエルも辺りを探してくれるが、何もない。
そもそも私にはオレンジスライムが何かを抱えていたようには見えなかったので、当然何かを落とすとも考えられない。
「まぁオレンジスライムという貴重な物が見れたという事でいいじゃないですか」
「……そうだな、クラリス君の言う通りだ。これで討伐数も達成したし、帰るか。——おいエル。そんな血眼になって探しても何もないぞ」
「やだやだ諦めきれない!絶対なにかあるはずだって!」
「うっさいわ」
「ひっどーい!年上に向かってそんな口の利き方でいいと思ってるの!?」
「普段は散々年上扱うするなって言っておいて、調子よく年上扱いしてもらえるなんて思うなよ。それにエルの精神年齢はクラリス君より下だ」
「がびーん!」
この状態のエルにはどう接すればいいか分からないので、バルに任せるとしよう。
回収したスライムの核をポーチにねじ込み、長剣に着いたスライムの液を振り払う。
溶けるような事はないのだが、何とも言えない臭いがるので、出来るだけ早く洗いたいところだ。
森を抜け、町に着く。
ふと、城門にフィーネの姿があった。
まだ百メートルは離れているかとの距離でフィーネはこちらに気付くと、こちらに来るな、というような手でバッテンを作って見せた。
「どういう事かしら」
とりあえず歩みを止める。
すぐにフィーネがこちらに飛んできた。
駆け寄ってきたではない。風魔法を使って文字通り飛んできた。
「——良かった。クラリス、貴女の実家の執事が町に来ているわ」
「えっ、どうして?」
私は公には死んだ存在だ。
二週間もなにも音沙汰がなかったので実家も特に私を探すような事はしないと踏んでいたのに、今このタイミングで来るとはどういう事か。
「それがどうやら、貴女の妹さんのお願いみたいよ。貴女が最後、どういうふうに過ごしたのか知りたいのだそう」
「あの子が……?」
「内密のお願いらしくて執事一人しか来てないとは言っていたけど、それもどうだか。万が一貴女が街中で見つかったらまずいと思って」
フィーネが差し出してくるのはローブととんがり帽子だ。
「私の予備よ。つば広のこれなら顔を見られるのも限られるわ」
「あ、ありがとうございます」
「バル、ギルドへの報告を終えたらなるべく直ぐに戻ってきてね。私が一緒にいると『緑の刃』とすぐ分かるから、私は先に帰っているわ」
それだけ言い残し、ふわりと空を飛んでフィーネが戻っていく。
「……いや、それよりもまず私は驚きで一杯なんですが、フィーネさんて空飛べるんですか」
「見るのは初めてだったかな?彼女の職業は風魔法使いでね。ああやって自在に風を操ることが出来るんだ。ちなみに僕の職業は斥候で、エルはご覧の通り弓使いだ」
「バルさんって斥候だったんですか?」
フィーネから受け取ったローブと帽子をつけ、三人は歩き出す。
「まぁこのパーティにいると前衛みたいなもんだけど。そもそも『緑の刃』は敵と正面切って戦うようなパーティじゃないんだ。どちらかと言えば潜入任務とか攪乱とか、絡めてが得意なんだよ僕らは」
そんな素振りを今まで見たことが無いので意外だ。
けれど思い出せば、私が助けられた時も鍵のかかった扉をなんなく開けていた気がするし、そもそも隠れて行動しているようにも見えた。
いや、まだバルだけならそういうスタイルを取っていてもいいのだ。どうみてもエルはそんな性格じゃないだろうと、チラリと見てしまう。
「あっ!クラリスちゃん今私を疑ったでしょ!」
「そんなことはありません。少し、ええほんの少し意外に思っただけです」
「うそ!誤魔化し方が貴族のそれだよ!」
「貴族のそれとはなんですかそれとは。それに元々貴族でしたので」
いけない。明らかに動揺がバレている。
面白そうに笑うバルを睨みつけ、一行は町に着く。
「まぁこればっかりは日ごろの行いかな、エル。どうせなら君の実力を見せてあげたらいい。クラリス君を抱えて屋根伝いにでも走っていけっば否が応でも認めるだろうさ」
「その話乗った!」
え?と疑問を挟む余裕はなかった。
視界が地面に向く。
いつの間にか私はエルの小脇に抱えられていた。
「ちょ、ちょっとエルさん!?」
「喋らない喋らない。下噛むよ」
薄暗い裏道へと入るとエルは壁蹴りを重ねて瞬く間に住宅の屋根へと上る。
人が屋根にいれば逆に目立ちそうなのだが、下を歩く人は誰もこちらを見上げず、さらに足音立てずに駆けるエルもすごい。
エルの隠密行動により私はギルドへの報告を素早く済ませ、家に屋根裏から帰ってこっぴどくフィーネに怒られるという貴重な経験をした。
エルさん、恨みますからね。
しばらくインフルエンザで寝込んでました。