フィーネがギルドから帰ってくると、見知らぬ壮年の
フィーネがギルドから帰ってくると、見知らぬ壮年の男性が家の前に立っていた。
燕尾服に身を包み、黑いポーラーハットを被る姿はどこからどう見ても貴族のお付きの人という印象だ。
現に、目の前の彼も胸ポケットの所に家紋か何かがの刺繍がされている。
「うちに何か用かしら、、お兄さん」
「おお、もしや貴女様がBランクパーティ『緑の刃』の方でしょうか」
そうよ、とフィーネは男性に構わず玄関へと向かう。
すれ違い様に彼の服装を風魔法でチェックするが、怪しいものは何もない。
であれば、本当に貴族か何かの使いだろうか。
「もしかして私たちを待っていたのかしら。ごめんなさいね、よかったら上げってお茶でもいかがかしら」
「これはこれは、かたじけない。この年にもなってくると長時間立っているのがきつくなってきましってな」
男性を家にあげ、フィーネはお茶を淹れる。
男性の態度によってはお茶菓子を出そうかどうか迷っていたところで、向こうから口を開いた。
「申し遅れました。私、アルマーク伯爵家につかえます執事のジルと申します。この度は、伯爵様のご息女であるクラリス様についてお聞きしたく、ご訪問させていただきました」
「——ああ、あの子の」
決めた。お茶請けは出さない。
「クラリス様がファーブルにある商家へと赴く途中、山賊に襲われ、あなた方に助けていただいたとギルドでお聞きいたしました。そのお礼をと思いまして」
「……やめて頂戴。あの子は死んだのよ」
そう、世間一般にはクラリスは死んだとなっている。
山賊から救われ、しかし一人で洞窟に戻り、魔物に食い殺された。その手には一対の指輪が握りしめられており、遺髪と共にメイド達に渡っている。
「それでもアルマーク家の者にとって、あのまま山賊の慰みものになるよりかは戦場で死ねた事が、幸福でございます」
「わからないわね。命あっての物種でしょう?それが貴族という生き方なの?」
もともと『緑の刃』パーティは隣国であるラス連邦にいたパーティだ。ドラゴニア帝国に来てからまだ一年も経っておらず、この国の貴族というものがあまりよく分からない。
少なくともフィーネが生きてきた二百年において、貴族というのは得てして無意味なプライドを大事にして生きている、ということだけは理解したが。
「エルフである貴女から見れば、いえ庶民からみても貴族というものはおそらく異様に見えるでしょうな。けれどその異様さがあるからこそ、国が成り立っているとも言えます」
「お上が異常者集団っていうのを肯定されるとあんまりいい気はしないわね……。で、こんな詰まらない話をするためだけに、お兄さんは遥々《はるばる》こんな所へ来たのかしら」
クラリスが死んだことになって三週間弱。今頃になってアルマーク伯爵がなにか動くというのも考え辛い。もしクラリスの最後を調べに来たのであればもっと早く使いを寄越すだろう。
だが、男の口から出た言葉は意外なものだった。
「はい。今回アーライに来た目的はクラリス様の最後を知ること。知って、クラリス様の妹君と弟君に、真実をお伝えするためでございます」
「あの子に妹がいたの?けれどお姉さんの死を知って、いえ、伝えてどうしようというのかしら」
「正直申しまして、アルマーク伯爵はクラリス様については屋敷内で緘口令を敷かれているようなものでございまして。しかしどこから漏れたのか、妹君が私に尋ねて来ましてな。『何故、姉上は死んでしまったのか』と。クラリス様は妹君と弟君を大層可愛がっておいででした。だからそこ、私は彼女達には知る権利があると思ったのです。そして、勝手な思いですが、忘れてほしくないとも」
「不思議な事を言うのね。それは当の本人たちが一番分かっている事じゃないの?」
「貴族の世界というのは悪鬼が跋扈する世界です。そんな中でも、たしかにクラリス様は妹君を大事にされていた。けれどそんなものは教育によっていくらでも上書きされてしまう。例えば、クラリス様が死んだのは妹君を罠に嵌めようとして失敗したからだ、などと」
嫌な世界だ。
そんな中で育ってきたクラリスを思うと、よくあれだけ品行方正な性格でいられたものだとフィーネは感心する。
いや、あの胆力があればこそ、正しいものを正しいと信じてこれたのだろう。
「そう……。けれど私から教えられることは少ないわ。確かに私たちはあの子を助けたけど、実際に助けたのは他のメンバーだし、私なんて少し町を案内しただけよ」
「それで十分でございます。どうかこの老いぼれに、お話いただけないでしょうか……」
どうしたものかと悩む。このまま嘘の話を続けるのは構わないが、そこにクラリスの意思が必要なのではないか。本当に彼女をこのまま実家と断絶させてしまっていいのだろうか。
ここでフィーネが全てを話し、彼を帰らせてしまっていいのだろうか、分からない。
「……今日はこれから予定があるの。そうね、明日の午後であれば落ち着いて話が出来るかと思うのだけど、どうかしら」