夜。冒険者としての初日を終えたクラリスは
夜。冒険者としての初日を終えたクラリスは、月明りの中で心地良い疲労感に包まれていた。
『緑の刃』パーティが借りている一軒家の一室でベッドの上に寝転ぶ彼女は、しかしなかなか寝付けずにいた。
目を瞑れば、ふと野ウサギの感触が蘇り、すぐに首をナイフで切った手触りが浮かんでくる。
別に訓練で藁束を切った時と感触は変わらないのだが、何故かあの感触が忘れられないのだ。
「別に嫌ってわけじゃないのよね」
正直訓練では対人で思いっきり人を切ったことはあったし(もちろん刃を潰した剣でだが)、そこまで抵抗があったとも思えない。
さらにアルマーク家は罪人——死刑囚の処罰を請け負っているので、クラリスとて人の命を奪ったことは既に経験済みである。
けれど、命を自らの目的の為に、自分の手で奪ったという事がクラリスの心にしこりとして残っていた。
おそらくいつかはこの気持ちも忘れるのだろう。けれど冒険者初心者の自分はまだまだ覚悟が足りていないと自覚させられる。
「——起きよう」
寝られないのであれば無理して寝る事もない。
お腹は満たされているので、どうせすぐに睡魔が襲ってくることだろう。
ちなみに今日狩った野ウサギはすべてクラリス、フィーネ、エルの夕飯へと消えた。
ギルドの依頼はどこへ行ったという話だが、明日も狩ればいいかということで全てたいらげてしまったのだ。
クラリスは壁に立てかけてある長剣とナイフを手に取り磨いていく。
乙女の趣味が武器磨きというのは殿方からしたら嫌な顔をされるかもしれないが、実力主義のドラゴニア帝国ならまだ理解がある方だ。聖リーサリティ学園で微笑みながら長剣を磨いていたら、男子生徒から教師を呼ばれたのはいい思い出だ。
次の実技の試験でみっちりその男子生徒にはお返ししておいた。
「そういえば、スキルは使えば使うほどいいんでしたっけ」
昼間のエルの言葉を思い出す。
そうであるならと長剣とナイフに簡易鑑定を実施する。
『鑑定結果
種別:長剣
状態:新品
どこにでもある普通の長剣。特色すべきことは何もない』
『鑑定結果
種別:ナイフ
状態:中古
どこにでもある普通のナイフ。これを使って薬草を採ると、薬草の鮮度が通常よりも一日長持ちする』
「——ん?」
ナイフを持つ手が止まる。
今何か変なものが見えなかったか。
「か、簡易鑑定——」
『鑑定結果
種別:ナイフ
状態:中古
どこにでもある普通のナイフ。これを使って薬草を採ると、薬草の鮮度が通常よりも一日長持ちする』
「……見間違えじゃあ、ないわよね」
再度鑑定してみた結果も同じ。
「ナイフで薬草と取ると?草刈りの様に刈り取るってことかしら……?いえ、それよりも本当にそんな効果があるのかしら」
しかしスキルがそう告げているのだ。
スキルが嘘をつくなんて聞いたことが無いし、そもそも学園ではメジャーな職業のスキル程度しか習っていないので、鑑定士というロマンだけで選んだマイナー職業のスキルについては何も知らないのだ。
「……とりあえず明日フィーネさんに聞いてみよう」
そこでエルの名前が出ないのに、深い意味はない。