この町に、かつて私が追放された面影はなく
この町に、かつて私が追放された面影はなく、通りには人々の笑顔が溢れている。
緑の国と言われなくなったのはいつごろだろうか。
通りの左右には近代的な建物が建ち並び、大きなショーウィンドウが学生たちを惹きつける。
土がむき出しだった道路は石やコンクリートによって整備され始め、町から茶色を消していく。
とくにここ五十年の進歩は目を見張るものがあった。
中でも最たるものはこれから乗り込む魔石列車だろう。
もくもくと煙を上げる機関車両。その後ろには十二両の車列が並び、多くの人が乗り込んでいる。
「お嬢様、こちらの席でございます」
メイドのコレットに促されるがままボックス席に腰を落ち着ける私、クラリス・アルマークはゆっくりと流れだす車窓からの景色に見入っていた。
広大なユビク大陸を輪の様に結ぶこの列車は、これから隣国であり故郷でもあるドラゴニア帝国へと向かう。
「便利な世の中になったわね」
黒を基調とした清楚な服に身を包み、男性なら誰もが見とれてしまうだろう容姿をしたうら若き乙女のクラリス。しかし彼女から漏れた言葉はとても十代後半に見える彼女とは似ても似つかぬものだった。
「お嬢様、年齢がバレます」
「別にいいじゃない。気にするのなんて貴女しかいないわよ」
コレットは大きなカバンを網棚へと移し、隣りに座る。
端から見れば貴族のお嬢様がメイドを連れて旅行へと出かけるようにしか見えないだろう。
魔石列車に乗れる者はお金持ちと呼ばれる地位を得た人だけであり、列車内の治安は良い。視線の先には警備員が車掌を兼ねて切符を拝見しているので、お嬢様とメイドだけの旅路でも不審がられたりはしないだろう。
「正直申しまして、お嬢様がドラグニア帝国に行きたいと言い出すとは驚きでした」
「……でしょうね。けれど、腐っても帝国は私の故郷。嫌な事もたくさんあったけど、それ以上に優しいこともたくさんあったわ」
「では、しばらくドラグニアに?」
そうね、と言いかけて私は車掌と目が合った。
柔和な顔つきで帽子を下げ、コレットが二人分の切符を見せる。
カチャリと音を立てて切符が切られると「良い旅を」と去っていく。
「快適ね」
呟きを残して再び窓の外に視線を向ければ、平原の中を通る一筋の道が遠くに見えた。
時折馬車らしきものが走っているのを見て、懐かしく思う。
一昔前までは馬車しかなかった。
魔石列車の始発であるニア国とドラグニア帝国は、馬車でおおよそ二週間の旅となる。
主要街道であるため野営することはなく町から町へと走っていくのだが、国境沿いにはいまだに山賊が出るという話も聞く。
はるか後方へ追い越していく馬車を尻目に私は眼を閉じて、私の出発点たる記憶を辿ってみる事にした。