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「本当のことを言えばいいのに」

 気の毒そうにベリティを見ながら言ったのは妖精ハック。

「どうせ信じてもらえないわよ。信じてもらえるかもしれないって期待した方が傷も大きい。私は愛など信じないことにしているの」

 赤く腫れた頬を水で濡れたタオルで冷やしながらベリティが答える。こんな時でさえ、彼女は悪戯な笑みを浮かべている。

 痛々しい彼女の頬を見たハックはベリティの顔の真ん前まで飛んだ。


「オレ様は信じるからな、ベリティのこと」

 

 信じてくれる。

 ずっと側に居てくれる。

 妖精の優しさに、ベリティは今まで強がっていた気持ちが緩みかけ、思わず涙が出そうになった。

 だがぐっと堪える。

「ありがとう。あなたが居ると心強いわ、ハック」

 大きさの違う互いの額を合わせ、二人は笑みを浮かべ、ベリティはその夜安らかな気持ちで眠りに就いた。




「やだ、まだ赤くなってる」

 翌朝、鏡で見た自身の顔の頬は赤く腫れていた。

「はぁ」

 休みたいけれど、家に居ても休まらないだろう。彼女は髪を櫛でとかし、なるべく頬を隠すように努めた。

「願い事を唱えてくれたら治せるぜ?」

 ハックがさっさと自由の身を手に入れるべくニヤニヤしながらベリティに魔法を促した。

 が、勿論彼女は従う訳がない。

「結構よ。私は悪くないもの。堂々としていればいいわ」

 フンッと意固地になって鞄を持ち、いつも通り使用人達に見送られながら赤い頬のまま学園へと行ったのだった。


「ベリティお嬢様、行ってらっしゃいませ」

「ありがとう。行ってきます」

 馬車から降り、正門を通る。いつもと違う彼女の髪型を見て周りの生徒達がクスクスと話していた。


 ―――――言いたいことがあるならハッキリ言えばいいのに!


 苛つく彼女は早足になる。ずんずんと園舎までの道を歩いていると、前に金髪の男子生徒が歩いている背中が見えた。

 ルフィアだ。

 他にも金髪の生徒はいるが、彼女は婚約者の後ろ姿さえも見間違えることは無い。姿勢は良いのにどこか肩に力が入っていない自然体な雰囲気、そして朝の日差しを浴びて白く透き通っているような繊細な彼の髪。彼の姿を見えただけで、幸運とも思えるような特別感。


 なのに、ベリティの心はさらにずたずたに引き裂かれた。


 ルフィアの隣には他の女性が並んで歩いていたから。

 彼と同じく金髪で艷やかな長い髪を揺らし、まるで心も弾ませているかの様。先日、ルフィアと昼休みに密会を約束していただろう、あの令嬢だった。


 ずんずんと力強かったベリティの足は前に進むのがやっとだった。彼等を追い越して視界から消したい気もすれば、ルフィアが見られたことを気付かれないようにもしたい気もする。

「ベリティ?」

 ハックの呼び掛けにも無反応。


 その日彼女は初めて親が呼び出されることは無かった。




「お嬢様様、お迎えに上がりました」

 1日中ぼーっと過ごし、ベリティは無言で馬車に乗った。年寄りではあるが、御者も彼女の異変にすぐに気付き、

「お疲れでいらっしゃいますか? 失礼ですが、今日は特にお元気が無いように見えます」

「…………疲れたわ、とっても」

「…………」

 声を掛けるがあまりにも抜け殻のようになっている彼女を見て益々心配になる。

「………少し、寄り道をしましょう。気晴らしになるかもしれません」

 御者は彼女の家には向かわず、店が並ぶ街へと馬を向かわせたのだった。

「おーい、ベリティ!?」

「なに………」

 ハックがわざと変顔をしても無反応。これはハックの方が傷付いた。

「今日はどうしちまったんだよ!? 悪戯も全然しないし、ぼーっとしてるし」

「疲れたの……もう疲れちゃったの………」

 今にも泣きそうな彼女。ハックは何て言葉を掛ければいいのか躊躇ったが、

「よしよーし、今日はゆっくりしような」

 小さな手で彼女の頭を優しく撫でたのだった。

「ハック………」

 ベリティは頭の上にそっと手を伸ばし、ハックをふわっと手で包み込んだ。手の中に収まる程妖精は小さいが、温かい。

「ありがとう……!」

「どういたしまして!」

 ハックの優しい温もりを感じていると、馬車は繁華街に着いた。

「気になるお店がございましたら寄ってみましょう」

「ええ」

 窓から街並みを見るベリティ。すると、令嬢が一人で歩いている姿が見えた。

「一人でなんか歩いていたら誘拐犯に狙われてしまうわ。お願い、すぐに下ろし………」

 令嬢はあのルフィアと並んで歩いていた彼女だった。ベリティは一瞬心も身体も凍り付いたが、

「っ!?」

 路地裏から男達が忍び出て来るのが見えた。

「畏まりました、では」

 御者が間もなく馬に止まるように指示をすると同時に、ベリティは馬車箱の扉を勢い良く開き、無我夢中に街へ駆け出した。

「お嬢様!?」

 慌てて追い掛ける御者。しかし、年老いた身体で追い付かない。どんどんベリティと距離が開いてしまい、見失ってしまったのだった。


 路地裏から飛び出した男達の魔の手が令嬢に向けられる。彼女の背後から腕を伸ばしたところ

「逃げて! 今すぐ!」

「え?」

 ベリティが声を張り上げた。

「きゃあ!?……んんっ!」

 令嬢が叫び声を上げようとしたが、男の一人に口元を抑えられてしまう。

「でかい声出すな! 殺されたいか!?」

 ベリティが彼女を助けようとスカート内に隠してあるパチンコを取り出そうとするも

「おっと、今回は邪魔させねえぜ」

 ベリティの背後にもまだ男が居て、口元を抑えて眠らされてしまった。

「おし、さっさと運ぶぞ」

 路地裏を通り、男達が用意した馬車に乗せられ、彼女達は連れ去られてしまったのだった。

 



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