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こんな悪戯令嬢と婚約は不憫だと思ってはいたが、いざルフィアに他に想い人がいて相思相愛ということもこの目で見てしまうとベリティも心が折れかけていた。
「おーい、大丈夫か?」
「うん………」
ハックに声をかけられても上の空。結局ベリティはほとんど食べずに昼食を片付けた。
「こんなに残しちゃった……作ってくれたのに」
「オレ様はムース2個も食べられて満腹♪」
一方膨れたお腹を幸せそうに撫でるハックを見て、ベリティはうっすらと笑顔を取り戻す。
「そんな大きなお腹で飛べるの?」
「もちろん! ちょっとふらつくけど」
「ランチバッグの中に入る? 連れてってあげるわよ」
「じゃあお言葉に甘えて〜♪」
ヒラヒラとハックはお弁当箱を入れた手提げに一緒に入ったのだった。
倉庫の屋根から撤収しようと思ったその時、
「やめてよ………!」
何やら不穏な声が聞こえてきた。ベリティが居る校舎裏に声が近付いてくる。
「いいからとっとと金出せよ」
「今日も持ってきただろうな!?」
気弱そうな背丈の低い男子が一人と、いかにもカツアゲをしている男子が三人。どちらもベリティと同じクラスではない。校舎裏の壁に気弱男子を押し付けて集団で囲っている。
「婚約者とデートに行く金が必要なんだよ。てめぇ婚約していないから金なんか必要ないだろ?」
「だ、だけど、もうこっそり持ってこれないよ!」
あーあ、両方共情けない、とベリティは呆れて上から眺めていた。だが今女の彼女が仲裁に行っても力には敵わなくて何をされるかわからない。けれど、走って誰かを呼んだところですぐに信じて助けに来てくれるとも考えられない。
自分で何とかするしかない。
「ハック、1つ目の命令よ」
妖精を捉えた契約で願い事は3つ叶えられる。その1つを今消化することを選んだ。
「命令って何だよ! 願いだろ、ね・が・い」
ハックは何をされるのかと内心ヒヤヒヤ。たとえ3つの願いをさっさと叶えさせて自由になりたくてもだ。
「私の頭の中で描いている新しいパチンコを出して!」
願いが告げられた。
ベリティの指輪が輝きを放ち、ハックもまた指輪とまるで光の糸で繋がれながら光を放つ。
そして指輪の宝石が1つ、パキンと割れた。
「叶えよ! 想像の武器の生成!」
ハックが手の平をベリティの額から手の平へと向けた。彼女の頭の中で描いていた物が、今、手の平で現実になろうとしている。
手に現れたのは、超小型、超薄型、超軽量、なのに超頑丈で超威力が強い不思議な金属のパチンコ。投石するためのゴムベルトも厚さもあって頑丈だ。
「最高よ!」
ベリティは立ち上がった。悪戯な笑みを存分に浮かべて。
まずは小石をゴムベルトに引っ掛け、三人組の背中に射った。
「痛っ!」
彼等が振り返ると倉庫に仁王立ちするベリティの姿があった。
「ランチタイムはお食事をいただく時間よ。お金を巻き上げる時間ではなくてよ」
「こいつ!」
男達がベリティに向かおうとすれば、
「私の方じゃなくて、逃げた方がよろしくて?」
少し大き目の石をゴムベルトに引っ掛けるとパチンコをやや上に向けて力強く射った。空き教室の窓ガラスを目掛けて。
ガチャァアアアンッッッッッ!!!!!!
瞬く間に大音量を上げて窓硝子は割れ、中からざわついた声が聞こえてくる。
「チッ!」
三人組は悔しそうに逃げ、震える男子だけが残った。
「あ、あの、ありがとうございますっ、」
「あら、あなたもこの場から離れたら? あなたの真上の窓硝子でも割るかもしれなわよ」
「え」
ギリギリとゴムベルトを引っ張るベリティ。その顔は満面の笑みの悪女だった。
「ひぃぃぃ!!」
残りの男子も校舎裏から去り、ベリティは静かにパチンコを下ろし、スカートの内の太腿にある手製のポケットに忍ばせた。
やがて教師達の怒号が聞こえてくる。
こうしてベリティは今日も親が迎えに来たのだった。
「で、またハンセイブンとやらを書くわけか」
机の横でハックが真ん丸のビスケットを抱えながら飛んでいる。窓が開けられ、ふんわりとした風に心地よさそう。
「うん、そう。もう慣れっこだけどね」
大きな口を開けてハックはビスケットを頬張ると美味しそうにし、どんどんと噛っていった。
「お前の悪戯の本質は妖精に似ている。悪巧みじゃなくて、お節介なところとか」
「妖精になれたら良いんだけどね」
「でもお前は人間だ。姿だって人に見られても良い。堂々と誰かを守る姿を人前に出しても良いんじゃないか?」
「………」
コンコン、絶妙なタイミングで部屋のノックが鳴った。ハックが慌てて鏡台の裏に隠れる。
「お嬢様、ルフィア様が」
「入るぞ」
いつも訪問に来ると玄関の出入り口て待つルフィアだが、今日はベリティの部屋の扉を開けて突然入って来た。勿論、こんなことは初めて。部屋を案内したメイドも困惑している。
「ちょっと、何かしら、突然」
「二人にさせて欲しい。嫁入り前に良からぬ事はしない、約束する」
ルフィアに命令され、メイドは完全には納得はしないものの、渋々扉を閉めて彼等を部屋に二人きりにした。
扉が閉まると同時にルフィアは荒々しい足取りで机に向かって座っているベリティに近寄り
「この指輪はどうしたんだ」
乱暴にベリティの左手を引っ張った。
「痛っ。何でもないわ!」
突然の行為にベリティは思わず彼の手を振り払った。
―――――しまったわ。いつもみたいに笑って誤魔化せば良かった。不自然に思われてしまう。
「今日の昼は誰とどこにいた!?」
だが今度は彼女の両手を捕えるルフィア。男の力強い手でがっしりと繊細な彼女の手を掴む。
「自由時間よ。私の好きに過ごしたって良いでしょ!」
―――――あなただって…他の女性とこそこそ会おうとしているくせに。
「君に指輪を捧げた男とか!?」
いくら婚約者相手でも妖精のことは話せない。それに、ルフィアは他の女性と密会しているのに自分には他の男と会うことをまるで許せないという態度にベリティは悲しさと腹立たしさを同時に抱いていた。
「…………だったら?」
嫌味の如く笑みを浮かべて上目遣いで見つめるベリティにルフィアは増々彼女を握る手に力を込めた。
そして突然彼女の腰に手を回し、膝下に腕を入れて彼女をひょいと抱き抱えると、ベッドにドサッと下ろし、ルフィアは彼女を覆い被さるようにしてベッドに膝を付いた。
「だったら、今すぐに君を僕のモノにする」
身体を倒し、徐々に彼の顔が、彼女の顔へと下りていく。サラリとした前髪が彼女の額をくすぐり、暖かな吐息が彼女と溶け合う。そして、唇を………
「チュンチュンチュンチュンチュンチュン!!!!」
突然、1羽の小鳥が窓から室内に入り込んでしまった。バサバサと羽音を鳴らして部屋中を飛び回る。
「なっ!?」
ルフィアもハッとなって鳥を見て、それからベリティが突かれぬ様、そっと彼女の頭を手で覆う。
彼の眼下で、彼女は瞳に涙を溜めていた。
「すまない!」
慌てて謝るルフィアを無視するかのようにベリティは無言で立ち上がり、彼に背を向けて瞳を手で拭った。
「妖精の悪戯かしらね」
机に置いてあったハックの食べかけのビスケットを砕き、窓の淵にそっと置き、小鳥を誘導して外へと逃がした。
「………今日はもう帰って。お願い」
「一つだけ教えて欲しい。君の心は他の男にあるのかい?」
彼に背を向けたままこのまま肯定すれば婚約破棄になるかもしれない。けれど、ベリティは気持ちに嘘を付きたくはなかった。首を横に振り、彼の問いかけに答える。
「他の殿方からどんなに高級なアクセサリーを渡されても私は受け取らないわ。でも、指輪のことはどうしても話せない。ごめんなさい」
そして彼の顔を見ないまま心苦しそうに話した。背後でルフィアがそっと頷き
「わかった。信じるよ」
静かに彼女に背を向けて部屋を出たのだった。