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「ここなら誰にも見つからないわね!」
ベリティと妖精ハックが秘密の昼食に選んだ場所は、校舎の裏……にある木を登って倉庫の上に飛び移り、彼女の自作の長い草を何本も束ねた葉の壁の中。倉庫の屋根にハンカチを広げてベリティが座り、ランチョンマットも広げて置く。
「いいね、オレも普段は森に居るから草に囲まれた方が心地が良い」
「気に入ってもらえて嬉しいわ! はい、イチゴと…」
彼女はお弁当の入った巾着袋からイチゴが入った瓶も取り出し、さらに
「お目当てのムースよ」
カフェテリアで買ったばかりのデザードカップに乗った紅茶のムースを出してランチョンマットに置いた。途端にハックの瞳がキラキラと輝き、口の端からはよだれを垂らしている。
「最っ高かよ! いただきます!」
「召し上がれ。あ、人間のスプーンじゃ大き過ぎるかしら」
「魔法で小さく変えるから大丈夫っ!」
パチンッ☆
ハックが指を鳴らすと透明なプラスチックスプーンは玩具のように小さくなり、ハックサイズになった。ベリティは自分の願いが削られたのではないかと心配し、指輪を見るもまだ宝石が3つ顕在し、安堵する。
「私が願わなくても魔法は自由に使えるのね」
「オレ様だけに影響があることならな。誰かを巻き込む魔法は指輪の契約者を介してしか使えない。契約者が居ない時も」
「あらそうなの。破ったらどうなるの?」
お弁当箱を開けながら尋ねるベリティ。ハックと同じ大きさぐらいの小さなお弁当箱に彩り良く中身が敷き詰められていた。
「そもそも魔法が発動しない」
「制御機能が完璧ね」
「………あのさ、そんだけで満腹になる?」
妖精でも人間のベリティが少食なのだと察してしまう。それだけベリティのお弁当箱はペンケースの如く小さい。
「………いつも食欲が無いのよ。でも今日はハックがいるからムースなら食べられそう」
お弁当箱には手を付けず、デザートスプーンを持ってムースのカップを持ち上げるベリティ。
「…………っ」
ハックは何か言いたげではあったが、飛びながらムースを掬い、初めて口にする。今まで食べたことのない上品な香りと柔らかな口溶け! ハックは何度も何度もスプーンを掬ってバクバクと食べている。
一方でベリティはようやく小さな一口分を掬うと、口に運ぼうとしていた。
その時、カサカサッ、と足音が近づく音が聞こえた。
「ハック、誰か来る」
小声でハックに注意し、二人は身を屈めて息を潜める。
足音が次第に大きくなり、速歩きなのか忙しなく聞こえてくると、
「……ここにも居ないか」
姿を現したのはルフィア。ベリティの婚約者である。
―――――何故、彼がこんな場所にわざわざ来たの!?
普段はベリティが昼食時に過ごす場所は教室。学園内では会話をしないと決めてある婚約者が普段どのように過ごしているのか彼女は知らない。まさかこんな人の居ない校舎裏にやってくるとは予想外だ。
ルフィアが辺りをきょろきょろと見回すと、
「どこに居るんだ………ッ」
切羽詰まった表情を浮かべ、再び校舎の方へと足早に戻って行ったのだった。
「………ふぅ、ドキドキしたなぁっ!」
ルフィアの姿が完全に見えなくなると、ハックが草の壁の間から外を覗き込んだ。かくれんぼを楽しむあどけない子どものように。
「…………」
「…………おーい?」
ぼーっとするベリティにハックが声をかけると、彼女は抜け殻のようにぼそりと呟いた。
「今の彼、私の婚約者なの…………」
「こんやくしゃ? えーっと、妖精で言うパートナーか? 一生愛し合う約束をした特別な男女ってこと?」
「うん、そう。だけど………私の場合は形だけ。私達の間に愛は無いわ」
「今のヤツ誰か探していそうだったじゃん! お前のことを探していたんじゃないのか?」
ハックの質問にベリティは静かに首を振る。
「有り得ないわ。今まで一度も教室に来たことすら無いもの。あんなに速歩きで私を探すなんて、考えられない」
するとまた別の足音が聞こえてきた。再びベリティとハックが身を屈めて隠れる。
「こちらにいらっしゃったと思ったのに……どちらへ行かれたのかしら、ルフィア様」
ベリティが普段見かけない令嬢が姿を現した。恐らく他のクラスの生徒、つまりルフィアと同じクラスの令嬢かもしれない。
制服を清楚に着こなしているのは勿論、長い髪は艷やかで毎日手入れをしている証を放ち、化粧も品良く名高い貴族の令嬢であるオーラさえ感じる。
―――――彼女とルフィアが密かに会う約束をしていた…?
令嬢の姿もまた見えなくなると、ハックは遠慮がちに外を覗いた。それからベリティを見る。口にムースを運ぼうとしていたデザートスプーンは、気力を失い、ムースの上に無気力に下げられた。