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 星空は朝を迎えると共に眠りに落ちる。雲一つ無い清々しい青空が広がったが、ベリティは相変わらず家の雰囲気が重い。昨晩ベリティが騒がせたから尚更。正確に言えば、彼女は強盗に襲われている男女を身を挺して助けたのだが。

「おはよう」

「おはようございます、お嬢様」

 挨拶の返事は使用人だけ。両親にも聞こえているだろうが、彼女の顔を見るなり怪訝そうにしてその場から去ってしまう。ベリティは大きなテーブルでぽつんと一人で朝食の時間を迎えた。

「みんなはもう朝ご飯食べた? まだの人は今のうちに食べて。ここなら私が居る間はパパもママも来ないわ。食欲が無いからいらないわ。みんなで食べて。せっかくの朝食が無駄になっちゃう」

「しかし、お嬢様の御身体によろしくないです」

「今日は特に食欲が無いの」

 昨日父親に叩かれた痛みがまだ心に残っている。今日も今日で存在を無視され、ベリティも全く気にならない程には心が頑丈には出来ていない。

「ですが」

「お皿ひっくり返しちゃうかもよ? 私悪戯っ子だから」

 スープ皿の端を軽く指で摘み、ベリティは僅かに持ち上げた。

「お嬢様っ! わかりましたっ! わかりましたからお止めください!」

 ベリティは満足そうに微笑み、そっと皿から指を離した。それからお皿を空席の前にずらし、自身はご馳走様だと合図をした。

「ベス、あなた食べたら? 今朝から奥様のご用事が立て続けだったから食べてないでしょ」

「マリーさんもですよ。半分こ、しましょう」 

 ベリティの両親は使用人使いが荒い。ベリティの親に限らず貴族とはそういうものだ。彼等を雇って賃金を払う分、身の回りのことは全て使用人任せ。貴族が自分たちでやるのは寧ろはしたない。そんな文化が根付いている。

 ベリティよりも年上のメイドのベスとマリーが横に座り、有り難く手を合わせてからベリティが口をつけなかった料理を食べ始めた。

「ですがお嬢様、一口だけでも召し上がったらいかがですか。御身体が心配です」

「そうね…ヨーグルトだけでも食べようかしら」

「ええぜひ!」

 ベスとマリーは喜んでヨーグルトが入ったグラスをベリティの前に置き直した。白いヨーグルトに赤いイチゴのジャムがかかっている。

「………そうだわ、後で部屋で果物をいただきたいわ。イチゴはあるかしら」

「ございますよ。洗濯をしたお召し物を届ける者にイチゴが入った瓶もこっそりと置くようにさせておきましょう」

 そうすれば、ベリティの両親に気付かれないから。彼女が叱られることを一つでも減らすために。

「ありがとう。みんなは本当に優しいのね。ベス、マリー、一緒にいただきましょ」

「いただきます、お嬢様」

 ベスとマリーはパンとサラダとベーコンを、そしてベリティはヨーグルトを食べ、静かな朝食の時間を過ごしたのだった。

「ごちそうさま。今日も美味しかったわ」

 食べ終わるとベリティは一人で自室へと戻る。階段を上り、屋敷の一番奥の部屋へと。そして彼女は自身の手で部屋の扉を開けるのだ。使用人にそんなことまでさせる貴族になりたくないと抗うために。


「おかえり、先に食べてたぞ」

「ハック、口の周りが真っ赤よ」

 ベリティが部屋に戻ると既にイチゴが入った瓶が届けられていて、小さな身体のハックが食い意地から湧き出る底力でこじ開けてイチゴを貪っていた。普段ベリティが一口で食べれそうなイチゴもハックは抱え持ちながら頬張っている。

「1階分ぐらいなら離れることが出来るみたいね」

「そうだな。割りとギリギリだったけど」

 指輪を見ながら呟くベリティ。それからクローゼットを開けて制服を出す。

「学園の教室が2階なの。鞄の中か、木に隠れるか、どっちがいい?」

「今すぐに3つの願い事を言う」

「却下」

 さっさと願い事を叶えさせて自由の身になりたいハックだが、ベリティは一晩眠っても願い事など思いつかなかった。

「ま、人間の学園ってのもどんなもんか気にはしてたし、今日は鞄の中で観察してみよっかな」

 もぐもぐとイチゴを食べながらハックが答えると、ベリティはフフッと微笑んだ。

「決まりね。着替えるからこっち見ないでね」

「は? なんで」

「何でって、あなただって男でしょ」

 茶髪の短い髪、子どもの様な年齢にも見えるが切れ長の瞳は将来の美貌が覗える。シャツに短パン姿にブーツ、そして一人称が「オレ様」のハックはどう見ても男。

「別に着替えぐらい気にしないのに」

「あなた、妖精の女の子に怒られたことないの?」

「ない。妖精は命の危険さえなければ何も気にしない」

「良いわね。でも私は人間だから気にするわ。悪いけど振り向かないでね」

 つくづく妖精は自由だ。羨ましさを内に秘めながらベリティは幸せそうにイチゴを頬張るハックの背後で私服から制服へと着替えた。学園に指定され、学園の全ての女子と全く同じ服装へと…。


 着替えを終え、鏡を見ながら髪を梳かし、化粧を自分で済ませるとベリティは鞄を用意した。

「忘れ物は無い……と。ハック、そろそろ行くわ。入っちゃって」

「へいへい」

 ハックは無愛想に返事をしつつもすぐに飛んで鞄の中に入った。

「まだ余っているわね。イチゴも持って行くわよ」

「よっしゃあ!」

 イチゴが入った小瓶を詰めると燥ぐハックを見てベリティはじーっと目を細める。

「だけど鞄の中では食べないでよ。中が汚れてベタベタしちゃうわ」

「ちぇ」

 明らかに拗ねるハックを見て微笑むベリティ。

「ムースを食べたことある? ランチになったらカフェテリアで買ってあげるわ。とっても甘くて美味しいわよ」

「ムース! オレ様食べてみたかったんだ!」

「ランチのデザートは決まりね。せっかくだから今まで味わえなかった世界を存分に楽しみましょ!」

 丁寧に鞄を閉じ、ベリティは部屋から出て一人玄関へ向かった。


 一つだけ、使用人たちにベリティから毎日のお願いをしていることがある。


「お嬢様、どうぞ」

「いつもありがとう。ロッソ」


 毎朝布巾に包まれる手作りのお弁当。


「お気を付けて行ってらっしゃいませ」

「行ってきます」


 玄関扉を開けながら陽だまりのように優しく微笑む執事達。外では馬車の前に数人のメイドが見送りに立っていた。


「お嬢様、行ってらっしゃいませ」

「行ってきます。今日もお見送りありがとう」


 自身で馬車の箱扉を開けて乗車。

 窓から顔を出してベリティは使用人達に手を振りながら今日も屋敷を出発する。


『忙しいと思うから一人だけでいいの。毎朝行ってらっしゃいって誰かに見送ってもらいたいわ』


 悪戯が好きなのに遠慮がちなお嬢様。

 使用人達は彼女のお願いを毎朝欠かさず叶えている。一人だけで見送った日など一度たりともない。

「今日は特に食欲が無いと仰っていて心配したけれど、何だか顔つきも良いように見えたわ」

「僕もそんな風に見えたよ」

「今日は学園で何か楽しみなことがあるのかしらね」

「ええ、目に輝きがありましたわ、お嬢様に」

 馬車が見えなくなるまで使用人たちはベリティを見届ける。彼女の1日が素晴らしい日であることを願いながら。


「誰かいないのー!? 部屋を出たいから来てちょうだい!」


 使用人たちの雇用主に呼ばれ、彼等は玄関扉から中へ入る。貴族達に仕える1日を過ごすために。 




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