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「お嬢様、ルフィア様がいらっしゃいました」

 自室でさっさと宿題に手を付けている最中に侍女に婚約者が来訪したと声をかけられる。

「わかったわ。すぐ行く」

 机に教科書等を開きっぱなしにし、ベリティは立ち上がって玄関へと向かう。彼女の部屋は屋敷の奥。悪戯好きな彼女の行動を恥じる両親になるべく人の目に触れない様、玄関から遠くに追いやったのだ。

 ドレスを裾を持ち、ヒール音を奏でながら廊下を駆け、階段の手摺に腰を掛けると、そのまま滑らかに下へと降りて行く。

「ルフィア様、いらっしゃったのに大変申し訳ございませんが、娘は体調を崩して伏せっておりますので、本日はお引き取り願いますでしょうか」

 そう言うのはベリティの母親。滑らかに嘘を並べる母親にベリティは怒りでぐっと手摺を掴みつつも、

「あなたの訪問の知らせを聞いて回復したわ。お母様、ご心配ありがとう」

 偽りの笑顔で声をかけた。

「なっ! はしたない! すぐに立ちなさい!」

 階段の手摺に腰掛けたままのベリティを見て母親が声を荒げる。

「元気そうで良かった。ベリティ、突然来て申し訳ない。お茶でも飲まないかい。今日は天気がいい、テラスにしよう。外の空気を吸った方が身体にも良い」

 ルフィアはあまり感情を表に出さない。今も何となく微笑んでるようにも見えるし、無表情にも見える。

「ええ、喜んで」

 だが、ベリティがどんなにじゃじゃ馬な行動をしても、ルフィアが眉をひそめたことは一度たりとも無い。単に感情を表に出さないだけかもしれないが…。

「お姉様は元気?」

 庭のテラス席にて二人は座ると、まず始めにベリティが聞く。

「元気だよ。初めての育児で大変そうな時もあるけれど、皆に支えられて笑顔を見せている」

「そう、良かったわ」

 姉の具合を聞いて安心したようにベリティが紅茶を一口飲む。釣られるようにルフィアも一口。

「今日は突然どうされましたの?」

 今日の学校での出来事を聞いて嫌気を差して婚約破棄にでも来たのだろうか。ベリティは婚約を破棄される覚悟は常に持っている。いつ自分が嫁に来てほしくないと言われても仕方がない。それに、彼ならもっと良い家柄の令嬢と結ばれた方が幸せになれるだろう。単に彼の兄と自分の姉が婚姻関係のためについでの様な結婚をさせられるなんて哀れな男、とベリティは同情さえもしていた。

 しかし、彼女の本音はこうだ。

 彼の幸せを願い、彼女は常に婚約を退きたいと願っているのも事実だが、彼を密かに想いを寄せているのも事実。

 ルフィアは口数は少ないものの、何かを否定したり蔑む様子がまず見られない。何度か悪戯をしたのを彼にも見られたことがあったが、彼は何も追求せず、黙って見守ってくれた。けれども、彼から好意を寄せられていると感じたことも無い。

「最近、令嬢や子どもを狙った誘拐が多発していると聞いた。君も気を付けて欲しい」

 話の内容はベリティが全く予想もしていなかったもの。彼女はカップを持ったまま少し黙ってしまった。何か返事しなくてはとハッとし、

「ご忠告ありがとう。気を付けるわ」

 微笑んでカップを皿の上に置いた。

「仮に誘拐犯を見つけても捕まえようとしないで欲しい。君の身の安全の方が大切だから」

 ああ確かに…………とベリティは思う。もし誘拐犯を見つけたら捕まえて街の平穏を取り戻そうとしかねない。ルフィアに見透かされ、ベリティは唇を軽く結んだ。

「今日はそれだけ伝えに来た。お暇するよ」

 そう言うと、彼はあっさりと立ち上がって玄関へと歩き出してしまったのだった。

「それだけ…?」

 思わず彼の背中にささやかな本音をこぼしてしまう。彼はベリティに振り向くと、

「今日は宿題も多い。ゆっくり休んで」

 またもや短く答えて歩き出してしまったのだった。

 体調を崩したなんて母の嘘よ、そう言えたら良いのに、女は彼女以外を悪者にすることに酷く抵抗感を覚えてしまう。

「そうね、反省文も書かなくてはいけないし。丁度いいわ」

 もっとあなたと話したいのに、そんな乙女の我が儘など自分には不釣り合いに思えてしまうのだ。

 ベリティは玄関で彼を見送り、急いで屋敷の上の階へ行き、彼が乗る馬車を眺める。馬車の姿が見えなくなるまで。




「はぁあぁぁあぁ、終わった〜」

 自力で宿題と反省文作成を終えたベリティは腕を上げて背筋を伸ばした。気付けばすっかり満天の星が輝く夜。カーテンを閉めようと窓辺に立ち、ついでだから開けて夜風を浴びる。

「いい風ね」

 すると、

「きゃあぁ……………っ!」

 一瞬だが悲鳴らしき声が聞こえた。屋敷の裏の森の方から。鳥たちが慌てたように飛び立つ影も見える。

 ベリティは咄嗟に机の下に隠してあったゴム製のパチンコと玉らしき物を腿までの白ストッキングに上から忍ばせて突っ込み、次に鏡台の裏からロープの梯子を取り出して勢い良く窓の外に下ろし、爪を窓枠に引っ掛けて下へと降りて行った。ドレスがふわりと浮こうがお構いなしに飛び降り、実に手慣れている。

「誘拐犯かしら…っ!」

 昼間のルフィアの忠告などお構いなし。彼女の身体は頭よりも先に彼女の心で動いてしまうのだ。


「さぁて、彼氏くんもボロボロでもう立てないみたいだし、連れて行こうか」

 木の陰に隠れてベリティは様子を窺った。強面の男が三人、彼女と同い年ぐらいの女性が彼等に捕まり、口を手で抑えられ、無理矢理抱き寄せられている。側には傷だらけの男性が口の端から血を流して倒れていた。恐らく彼女の恋人だろう。

「ふっっ…んんん〜ーっっ」

 女性が叫び声を上げたそうにするが、口元を抑えられて抗えない。

「やめ……ろ………」

「あ? 耳障りなんだよ、ザコが」

 絞り出すように声を出す彼に対して、男達は靴のままさらに踏み潰していく。

 

 さて、どう出ようか。


 時間がない。ベリティは音を立てぬよう、慎重にドレス内の腿に隠してあったパチンコと玉を取り出した。

 誘拐犯だと叫べば警備頼みで屋敷から出てこない大人が多いだろう。このゲスな男達が誘拐を諦めさせるには、多数の人間が一気に集まって来る状況を作ること。今回は捕まえるのではなく、逃がす手段を選ぼう、とベリティは閃き、持っていた特製の火薬玉を足元の石にジュッと勢い良く摩擦を起こして点火。それから、パチンコで天高く打ち上げた。たとえ指先が燃えるように熱くても。


「火事だぁああああああ!!!!!!」


 パンパァアァァンッッ!!!

 火薬玉は打ち上がって赤い花火を夜空に燃やした。

「森で火事だあああ!!! 火事だああああ!!!」

 ベリティが令嬢らしからぬ大声を張り上げ、男達たちがギョッとしながら彼女を見た。それから止めようと腕を伸ばそうとする。

「何だ!?」

「あの女か!? 黙れ!!」

 しかし、ざわざわと辺りから声がしてきて、男達は悔しそうに舌打ち。

「チッ!! 逃げるぞ!!!」

 慌てながら男達は退散していく。三人共ベリティを睨みつけながら。

「た、助かった………っ。ありがとうございます」

 涙ぐみながら女性がベリティに震えながら頭を下げる。だが、ベリティは星空の下で浮かべたのは、悪戯な笑み。

「何言ってるの。あなた達もすぐに逃げなさい。火薬打ち上げたんだから、本当に火事になるわよ」

「えっ!?」

 助かったと思ったのに、まさかの命の危機が迫って来ると言われ、男女は慌ててその場を去ろうとした。全身に痛みを負った彼も必死に彼女の手を取って逃げ出すのは、正に火事場の馬鹿力。

 木々の間に見える彼女達の後ろ姿に、

「おしあわせに。こそこそ会っていないで堂々とお付き合い出来ますように」

 ベリティはエールを送りながら見送ったのだった。


 頭上ではバチッと背の高い木の葉に火花が燃え移る。消火活動しようと大人が来るだろうが、少しでも延焼を抑えるべく、彼女はしゃがんで素手で土を掘り起こし、パチンコのゴムベルトに引っ掛けて湿った土を火花へと撃った。


 その時、夜の森に水色の小さな光の粒が輝き出した。


「何、これ」

 美しく幻想的な光にベリティは口を開けて見上げた。煌めきながら水色の光は瞬く間に火を消してゆく。まるで童話の世界のように。

 次の瞬間、動体視力の高い彼女の瞳に一瞬だけ光に見たことの無い大型の虫のような透明な羽が映った。彼女は頭よりも身体が先に動くタイプ。直ぐ様に小石を摘み、パチンコのゴムベルトに引っ掛けて放ったのだ。

「痛っっ!!!」

 見事に命中。痛みを上げながらぱたりと何かが落下した。ベリティは急いで落下地点に駆け付け、しゃがんで落下物を確かめる。

 とてもとても小さな身体。人形のように。そして蝶の形に似た汚れのない羽根が背中に生えている。すっかり頭に大きなたんこぶが出来て伸びてしまっているが。

「まさか…………」

 ベリティはそっと両手でソレを包みながら掬い上げた。怪我をした小鳥を愛でるように。


「妖精?」


 

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