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ミッドナイト、星空よ輝け。
月夜の下、魔法を唱えろ。
心臓たちよ、高鳴れ。
「きゃっ!?」
突然、女性の驚いた声が森に響く。こっそり真夜中に落ち合う男女が驚かされていた。
「今髪の毛引っ張った!?」
「僕はしていないよ!」
「やだ、怖い。お化けかしら」
「そんなのおとぎ話だけさ。さぁ、僕の腕の中へおいで。怖くないよ」
「うん………」
そして驚いた後は、男が自身の胸で女を安心させようと誘う。次第に抱き締めながら温もりを感じ、唇を重ねるのだ。
今宵も心が動かされていく、妖精たちの悪戯に。
「こうして森の妖精のいたずらをきっかけに、エミリーとロバートは特別な関係になり、いつまでもいつまでも仲睦まじく暮らしていったのでした」
「はい、ナタリーさん、素晴らしい音読でしたね」
つまらない貴族学校の授業。片肘を付けながら貴族の娘、ベリティは窓の外を眺めている。衣替えをしても汗が止まらない季節、青空を見つめながら彼女はティータイムにはアイスクリームにしようかジェラートにしようかと考えていた。
この国で結婚が可能となる15歳。学校に通う令嬢や子息たちは結婚相手を探すべく、教養もしっかりと身に付け授業中も抜かりなく各自アピールしている。そう、このクラスの生徒は15歳や間もなく成る者。女子は見初めてもらおうと、男子は声をかけてもらおうと日々生徒たちはやる気に満ち溢れていた。
「ふぁぁ………」
手で口元を抑えてあくびをするのはベリティ。髪は濃い紫で長く緩やかにウェーブがかかり、顔は瞳も大きく睫毛が長い。一見すると、気高く美しき貴族令嬢だ。
「では次、マリアンナさん、読んで」
「は、はい……っ」
先生に指名されてマリアンナが起立する。彼女は震えながら教科書を持ち、返事した声も裏返っていた。
文学の授業で毎回彼女は先生に指される。
「も、森の妖精には、ひ、秘密がぁりマス………っ、そ、それは、もし、彼等を、とら、捕えることが、出来た、ら」
そして毎回彼女は震え、上ずった声で朗読をする。普段控え目な性格のマリアンナは人前で話すことなどは苦手。優しい性格の持ち主で、友と話す分には問題なく過ごし、どんな相手にも朗らかな対応をするのが彼女の長所だ。
「マリアンナさん、しっかりしなさい。社交場でもそんな話し方をしては、夫に恥をかかせますよ。まぁ、まだ婚約もしてない様子ですけどね。ほら、続きをしっかりお読みになって」
先生の嫌味に一部のクラスメイトがクスクスと笑い、マリアンナは気の毒なくらいに顔を赤らめる。
そして、毎回先生は彼女の朗読をまともに聞かずに黒板に板書を始めるのだ。
そう、毎回。
「あら…?」
先生がチョークで書き始めた瞬間、動きが止まった。ギリギリとチョークを揺らしている様子だが、チョークの先が黒板にくっつき、びくともしない。クスクスと笑っていたクラスメイトの声も止み、先生の様子を見守る。マリアンナは懸命にまだ読み続けていて、読み終えるも先生が生徒たちに背中を向けてチョークを引っ張っているものだから、彼女は静かに着席をした。
「ふふふっ、あはははははっっ!!!」
窓際の1番後ろの席、高らかな笑い声が教室に響く。
「板書をするタイミングがもう少し遅かったら声をかけたのですが、間に合いませんでしたわ。ごめんあそばせ」
「ベリティさん!!!!」
ようやく先生が生徒の方に向き直すと思うと、今度は顔を真っ赤に燃やして教卓を力強く叩いた。ベリティ本人以外が萎縮してしまう。
「赤くて可愛らしいヤドリギの実を潰してチョークに付けてみましたの。今の先生みたいに真っ赤な実を」
「教師に悪ふざけをするとは許しません! 貴族界の恥晒しが!」
こうしてベリティは今日も学校に親がやって来る。校長室に呼ばれ、母親がひたすら謝罪をするも、彼女は胸を張り、凛として美しい紫の髪を揺らしていた。その清々しい表情はまるで物語の妖精のよう。
「いい加減にして、ベリティ。あなたにはもううんざりよ。婚約も決まったのだから、恥をかくのはやめなさい」
追い出されるように学校から馬車に乗り、ベリティは母親から説教を食らっていた、今日も。
「私は私のまま生きていきたいわ。全てに黙って頷く令嬢なんて無理よ」
「だからって悪ふざけをする必要がないでしょ。どれだけの人に迷惑がかかっていると思っているの。先生にもご迷惑をかけて」
「先生は誰かに迷惑をかけたりしないの?」
「かけるわけないでしょ。もしかけたとしてもきちんと謝りますよ、先生なのですから」
本当に社会って馬鹿みたい、とベリティは鼻からため息を漏らし、毎日見る窓の風景を眺めていた。
婚約だって自分の意志で決めたことではない。ベリティには3つ歳が上の姉、ティファがいる。ティファが婚約し結婚をした相手がアリウム家の長男。その家の次男とベリティは先日婚約をしたのだ。勿論、彼女に相談などなく、突然両親に告げられて婚約を知った形にはなる。
だが、全く知らない相手でもない。姉の嫁いだ先なのもあり、結婚式だけでなく何度か顔を合わせたことはある。次男でありベリティの婚約者の名はルフィア・アリウム。日に当たれば白く見える程繊細な金髪の髪に、鼻筋も長く切れ長の瞳。口数は少ないが立ち姿だけでも誠に絵になる貴族である。ベリティの家よりもアリウム家の方が格式が高く、彼女の両親としては何としても自分の次女にも嫁いでもらいたいもの。
だが、当のベリティは結婚に全く願望など抱いていない。紫色の宝石、アメシストの様に瞳を輝かせるのは、悪戯心。何にも酔いしれず、ただ彼女は常に自分と誰かの心を弾ませ動かすことに生きる喜びを得ているのだ。馬車も一歩一歩確実に歩くよりも、躍動的な方が生きている実感が湧く、ベリティという少女は我がままに生きる、そんな貴族令嬢。
数ある作品の中からご覧下さり、ありがとうございます。
悪戯好きだけど、ちょっぴり生き方が不器用な令嬢ベリティの勇姿を楽しんでいただけたら幸いです。
ご感想等いつでもお待ちしておりますので、お気軽にいただけたら有り難いです。
では、これからどうぞよろしくお願いします。