第6語り 6倍と6ぶんの1【リレー】
【氷】→【リレー】
足、速くないです。
ねえ、見て見て。あの男のコ。
すっごく、足速いんだよ。
駆けっこだと、いつもいちばんで。
足速い男のコって、かっこいいよね♡
あたしは、足の速い男のコと、手の早い男のひとには気をつけるようにって、よくいわれるけど。
どうゆう、意味だろ?
そうそう、あの男のコ。
すっごく、足が速くて。
こんど、学校のクラス対抗リレーがあってさ。
6人ひとチームのなかにも、もちろん選ばれたの。
足が速いひとがあつまっても。あの男のコがいれば、優勝まちがいなし! って、あたしはおもってたんだけど。
なんか、ようすがおかしいんだよね。
「なあ? どうしちゃったんたんだよ?
おまえ、ひとりで走るときは、あんなに速いのに。リレーだと、ぜんぜんじゃんか?
まさか、手をぬいてるんじゃないよな?」
そうなの。
あの男のコ。すっごく、足が速いはずなのに。
きょうのリレーの練習見てると、なんか別人みたい。
きのうは、そんなことなかったんだけど。
あ! でも、おもいあたることがひとつ!
あの男のコ、きのう練習中にころんじゃって。
ひざをけがしちゃったんだよね。
四角いばんそうこう、貼ってあるのがわかる?
ひょっとして、まだ、痛むのかな?
そんなあたしの心配は、知らないでしょうに。あの男のコは。
チームのなかまから、責められても、しばらく黙ってたんだけど。
ついに、くちをひらいたんだ。
こわいんだ——って。
「ころぶのがこわくて、速く走れなくなっちゃったのかよ?
そのわりには、お昼やすみの鬼ごっこなんか、いつもどおり、めちゃくちゃ速く走ってただろ?
けっきょく、だれもおまえをつかまえられなかったのに。
なんで、リレーの練習のときだけ、走れなくなるんだ?」
そうだよ。
なんで? なんで??
あたしたちの疑問に、男のコはこたえる。
きのうの練習中に、ぼく、ころんじゃったろ?
そしたら、きづいたんだ。
ひとりだけで走るかけっこなら。それで負けたって、ぼくひとりが悔しい想いをすればすむけど。
リレーだと、6人みんなが、悔しい想いをしなきゃなんなるなるじゃないか。
ひとつの失敗が。ひとりだけで走るときの、6倍の失敗になっちゃうんだ。
それに気づいちゃって。ぼくは走るのが——走ってころぶのが、こわくなっちゃった。
それを聞いて、チームのみんなみんなは顔をみあわせてたんだけど。そのなかのひとりが、やがてこう言ったの。
「ばかだなぁ。
たしかに、ひとりがころんじゃえば、それはチームみんながころんだのとおなじことだよ。
だけどね。
だからって、それは。ひとりのの失敗が6倍になるんじゃなくて。ひとりの失敗を、ぼくら6人でカバーすればいいってことなんだ。
チームってさ、ひとりの失敗を6倍にすることじゃない。 6ぶんの1ずつわけて、チームみんなでとりもどせばいいんだよ。
だから、もうこわがらなくていい。
失敗したって、6人でとりもどせばいいんだし。
いままでどおり、おもいきり走ってくれればいいんだ。
そのかわり、ほかのだれかが、ころんだり失敗しちゃったら。
こんどは、きみも6ぶんの1をカバーするために、がんばってもらうからね」
それを聞いて。あの男のコは、さいしょはびっくりしてたけど。うん、わかったって言ってスタート位置にもどっていったの。
その顔は、さっきまでとはちがって。
走ってころぶのがこわいなんて。そりゃ、まだちょっとくらいは、おもってるんだろうけど。
だけど、きのうまでとおなじ。足の速い男のコだけがもつ、自信にみちた顔をしてたんだ。
ちゃんと見てるから、こんどはおもいっきり走ってみて。
またあの、めちゃくちゃ足が速いところを見せてほしいな。
そしたらきっと、優勝できるから。
あたしも応援するよ。
そんで、クラス対抗リレー当日。
ほうら、やっぱりあたし、言ったでしょ? あの男のコがいれば、優勝まちがいなしだって。
練習のときとはちがって、チームのだれもころぶことなく。みんな、いっしょうけんめい走って、あの男のコのチームは優勝したの。
そしたら、チームのほかの5人は。すごくうれしそうに、はしゃいでたんだけど。
あれあれ?
あの男のコだけは、そんなにはしゃいでないよ。
うれしくないはずなんかないんだけど、おかしいよね。
そしたら、不思議におもったチームのひとりが、あの男のコにちょっと聞いてみたんだよね。うれしくないのかって。
男のコのこたえは、こうだったの。
もちろん、うれしいさ。
だけどさ、勝ったのはぼくひとりじゃなくて、チームなんだもん。
「なんだよ、それ?
ひとりで勝ったほうがうれしくて。チームで勝ったんじゃ、たいしてうれしくないのかよ?」
そんなふうに、むっとするひともいたけど。
男のコは、はなしをつづけたんだ。
そうじゃなくて。
勝ったのはチームみんななんだもん。
だからこのよろこびって、チームみんなのものでしょ?
だったら、ひとりじめしちゃいけない。よろこびすぎて、みんながよろこぶぶんまで、とっちゃうといけないから。
だから、ぼくはじぶんの感じてるよろこびの6ぶんの1だけ、ちゃんとよろこんでるよ。
それを聞いてチームのみんなは大笑いしたの。
あの男のコは、じぶんがなにか、へんなことを言ったのかなって、よくわかんなくて。きょとんとした顔してた。
私も笑ったよ。
だってチームのみんなは、ほかの5人に遠慮なんてすることなく、めいっぱいよろこんでるじゃんか。
だからって、ほかの5人のよろこびが、じぶんのせいで減ったりしてないのは、ちゃんとわかってる。
なんでかっていうと。
勝ったのはひとりじゃなくて、チームの6人なんだから。よろこびだって、ちゃんと6倍になるの。それを6分の1ずつ、6人でわけたって。6わる6は1だから、ひとりに1人分のよろこびが、ちゃんといきわたる。
だから、もっとちゃんとよろこんでいいんだよ。
それをおしえてもらった、あの男のコは。6ぶんの1じゃなくて。
じぶんの感じてるよろこびのぶんだけめいっぱい。だれにも遠慮なく、よろこんだんだ。
すっごく、すっごくうれしそう♡
あたしは、リレーのチームの一員じゃなくても。
あたしのぶん、すごくよろこんじゃった。
でも、チームのみんなのぶんのよろこびまで、よこどりしてないよね。
チームのみんなは、ひとりずつひとりぶん。
あわせて6人ぶん。
みんな、きっちりよろこべたの。
よかった。
勝てたこともそうだけど。
ちゃんと、よろこべたことは、もっとよかった。
おめでとう♡♡♡
つぎは「れ」!
手も早くないです(汗)
あ、あいてしてくれるひとがいないだけかも(苦笑)