第5語り とけるのがこわくない氷【氷】
【猫】→【氷】
もうすぐ春だよっ♪
うきうき、うききっ♪ 頭んなか、おさるになりそうな、きょうこのごろだけど。
学校の帰り道かな?
あの男のコ、元気なさそう。
ふむふむ、なんでもね。
春になると、学校のクラス替えや、卒業とかあって。
いままでのクラスメイトが、クラスメイトじゃなくなっちゃうことがあるじゃん。
そしたら、これからも友達でいられるか、不安なんだってさ。
クラスメイトってかたちが、いままではあったけど、それがなくなっちゃうんだもん。
不安になるのは、しょうがないよね。
だから、春が近くても。うきうき、うききっ♪ のおさるになったりしないで。
あの男のコは元気なく、歩いてたんだ。
そしたらさ。
とぼとぼ歩く男のコの通り道に、でっかい氷があったの。
男のコはおもうわけ。
あしたはあったかいから、このでっかい氷も、きっととけちゃう。
氷ってかたちがなくなって、水たまりになっちゃうのは。じぶんがじぶんでなくなるみたいで、氷はこわくないのかな、って。
だけど、氷ったら。
そんなの、ぜんぜんこわくないっていうんだ。
「だって、ぼくがとけちゃっても。
そのあとに、水たまりがのこるんだろ?
氷っていうかたちがなくなったって。
水たまりがのこるんなら、ぼくのだいじなものはなくなったりしないよ。
氷であるぼくをつくってる、水は。ちゃんとのこってるんだもんね。
だから、またあした、またあいにきてくれるかな?」
そう言って、氷はとびっきりの笑顔を見せてくれたから。
男のコは、氷と約束して、おうちに帰ったの。
そして、あした。
やっぱり、あったかい日で。
学校帰りに約束どおり。氷にあいにいった男のコだったんだけど。
氷はすっかりとけて、でっかい水たまりになっちゃってた。
水たまりは、きのうの氷みたいに、もうしゃべることはできなくなっちゃったんだけど。
それでも。
とけたくない、とけたくないって、こわがるんじゃなく。
とけてかたちがなくなったって、だいじなものがなくなるわけじゃないって。笑ってこたえてくれた、氷のことば。
男のコは、はっきりと思い出せたんだ。
だったらさ。
春になると、学校のクラス替えや、卒業とかあって。
いままでのクラスメイトが、クラスメイトじゃなくなっちゃうことは、たしかにある。
そしたら、これからも友達でいられるか、不安になるのもしょうがないよ。
クラスメイトってかたちが、いままではあったけど、それがなくなっちゃうんだもん。
不安になるのは、しょうがないの。
でも、氷がとけて。
かたちをなくして水たまりになっても、氷をつくってた水はちゃんとのこってる。
かたちをなくしたって、だいじなものがなくなっちゃったわけじゃない。
友達だって、それはいっしょじゃないかな?
クラスメイトってかたちがなくなったって、友達は、変わらずに友達でいられるよ。
とけてしまっても。
氷だったときと変わらない笑顔が、その水面にうつってるような気がする、でっかい水たまりを見て。
男のコはそう思ったの。
ありがとう。ぼく、もうこわくないよ。
男のコは、元気をとりもどして。
うきうき、うききっ♪ 春を待つ、おさるに仲間入りして、おうちへ帰ったんだ。
でも、男のコはまだ、知らなかった。
あのでっかい水たまりも。
さらにあしたには、地面に吸われちゃって、すっかりなくなってしまうことを。
かたちをなくしても、ちゃんとのこるものはあるけど。
かたちをなくしたものが、ちゃんとのこりつづけるのが、どれほどたいへんなことなのかを。
あの男のコは、まだ知らなかったんだよね。
クラスメイトじゃなくなった友達と。
クラスメイトってかたちをなくしても、これからも友達でいられるかは、男のコとその友達しだい。
かんたんなことじゃないかもしれないけど。
ずっと友達でいてくれたらいいなって。あたしは心の底からそう思う。
そしたらあの氷も。
とけて、かたちをなくしちゃって。
そのうえ、水たまりになってから、地面に吸われちゃったから。
氷をつくってた水——そのだいじなものまで、どっかに消えちゃったように見えるんだけどね。
消えちゃったはずの、その氷のだいじなものが。
あの男のコのなかに、ちょっとだけ、のこされたみたいなかんじになるんじゃないかって。
あたしはそう思うの。
そんなの、気のせいかもしんないけど。
あたしはそう思いたいから。
そう思うことにしといたんだ。
そしたら、きっと。
めでたしめでたしになるかも。
つぎは「り」(2回め)!