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第4語り 九死で一生[童話版]【猫】

【虫メガネ】→【猫】


好事百景【川淵】第一景 九死で一生【猫】


の童話版です。

 縁側で、ひなたぼっこしてるおばあちゃんのひざに。

 そのおばあちゃんよりも、年をとった猫ちゃんが眠ってた。


 眠ってる……んだよね?


 聞こえるべき猫ちゃんの寝息や、上下するはずのおなかのうごき。

 そんなのが、ひどく弱々しく感じるのは、あたしの気のせい?


 ううん、気のせいなんかじゃない。


 この猫ちゃんはまさにいま。

 眠るように息をひきとろうとしてるんだ。


 猫ちゃん。

 まだ、十年ちょいしか生きてないじゃん。

 なんで? こんなの悲しいよ。


 でも、しかたない。

 あの猫ちゃんのしっぽをよく見てみて。

 何本ある?


 ひとーつ、と数えるまでもないよね。

 ひとつは、ひとつだもん。

 おばあちゃんのひざのうえの猫ちゃんには、尻尾がひとつしかないんだよ。


 あたりまえ?

 え? 知らないの?


 猫のしっぽって、本来、ここのつあるんだってさ。


 え〜っと、てことは……きゅうひく、いちは——はち!

 あの猫ちゃんは、もう8回死んだことがあるってことか。


 猫は9回生きるって迷信があるんだって。

 でも、そんなのはあくまで迷信。

 事実とはちがうもん。


 事実は、1回の生で、9回死ぬ。

 死んでも8回うまれかわって、9回目めにはきちんと死んじゃう。

 それこそが、猫の生のおわりなんだ。


 その猫が、何度めのうまれかわりの姿をしているのか? それを知りたいなら、おしりからはえてる、しっぽを数えてあげればいいんだよ。


 どの猫も。さいしょのしっぽの数は、ここのつ。

 死んで、うまれかわるごとに、その数は減ってくの。

 それといっしょに、猫が本来もつ霊力も、そのちからがガタ落ち。

 ここのつのしっぽをはやす猫は、神さまみたいな、すごいちからがあって。この世の安定? と循環……だっけ。そんなのを護る役目をがんばる猫のなかでも、また特別な存在なわけ。肉体ぢゃなくて、高次な霊体でできてる存在の猫は、あたしたち人間には見えないんだって。

 みっつより多いしっぽの猫を見られた人間なんて、いたのかなぁ?

 しっぽがふたつの猫をなら、なんとか見えるひともいるっていうんだけど。しっぽがふたつの猫はねこまたと呼ばれるの、きいたことあるでしょ? その霊体は人の姿と猫の姿の、好きなほうをとることができるらしいから、便利だよね。

 ふたつよりしっぽが多ければ、いいそう。


 だけどさ、しっぽがたったひとつしかない猫になると、そうはいかなくなっちゃう。

 神さまみたいだった霊力のほとんどを、やっつの尻尾といっしょになくしちゃって。あたしたち人間と、ほとんどかわらない存在にまでなりさがっちゃったのが、あの姿なの。

 ふたつより多いしっぽをもつ猫とはちがって。霊体だけで生きることは、できなくなっちゃってる。

 お母さん猫からうまれることで、肉体をもらって。あかちゃん猫として、さいごのうまれかわりをするんだ。

 その寿命は、長くて十数年だもん——しっぽがふたつのときでも何百年。ここのつなら、寿命ってなに? ってかんじみたいだよ。

 だけど。

 小さくてか弱い肉体におさまった、わずかな期間でその命を燃やし尽くしちゃう存在。

 それこそが、あたしたちが「猫」と呼ぶ、しっぽがひとつのいきものなの。


 この世の安定と循環を護るための、おっきなたたかいがいくつもあってね。死んじゃった猫は、しっぽをひとつへらしてうまれかわる。そのたび、ともに失われていく霊力。神さまみたいなちからは、なくなっていっちゃうんだ。

 しっぽがここのつの猫なら、神さまみたいなちからを、その霊体に満タンにしてるんだけどね。

 たたかいのなかで死んじゃって、しっぽをなくすこと。そんで、ちからがなくなっていっちゃうこと。それでも猫としての使命を果たしていくこと。それらの意味と悲しみや悩みとかを、しっぽとちからをなくしたことがない猫は、まだ知らないっていうんだ。

 うぅん? あたしにも、想像つかないなぁ。

 だって、あたし、1回死んじゃったら、それまでだし。

 そもそも、神さまみたいなちからなんてもってないもん。


 やっつのしっぽをなくした、しっぽがひとつの猫は。霊体ではなく肉体に、その存在をおさめたいきもの。人間と、おなじレベルのいきものなんだって。それこそが、かつて神さまみたいなちからをもってた猫の一生の、さいごの姿。

 そういわれると、ちょっと、残酷なはなしかも。


 見て。

 おばあちゃんのひざの猫ちゃん、もう死んじゃうよ。

 しっぽがひとつの猫にとっては、もううまれかわりのない、さいごの死。それは、生のおわりを意味するんだよ。

 だったらさ。

 あの猫ちゃんは、なんで猫仲間とじゃなくて。人間となんてさいごを過ごしてくれるの?

 しっぽがひとつの猫は、みっつより多いしっぽをもった猫を見ることさえできないくらい、霊力をなくしちゃってるけど。

 でも、さいごの死をむかえる猫が、そのときまでの短い時間を。あたしたち人間とすごすのには、ちがう理由があるんだって。

 この世の安定と循環を護る存在の猫が。

 8回の死と、8回のうまれかわりを経験しながら護ってきた存在である、弱っちい人間といっしょに。そのさいごの死をむかえるんだよ。

 これまでの一生をふりかえり、そんでもって締めくくるために。これまで、護ってきたものに()かれて、一生を終えるの。これは悪くない、ひとつのやりかただって、猫たちもそうおもってるらしい。


 それって、なんか素敵!


 そうはいっても、あたしにもちゃんと理解できてる自信はないけど。

 この世の安定と循環を護るたたかいをいくつも経験して、しっぽとちからを減らしながら生きてこそ、その意味がわかるものかもしれない。

 だから、いまは。

 しっぽがひとつのあの猫ちゃんの、さいごの死を見守るしか、あたしにはできなかった。


 おばあちゃんのひざのうえで、それをむかえた猫ちゃんは、安らかな顔をしているように見えたよ。


 9回の死と8回うまれかわり。

 ここのつのしっぽをすべてなくして、猫としての一生がおわっちゃうまでの。

 その悲しく、悩ましい運命なんて。人間の、1回しか死ねないあたしたちには、さっぱりわからないのかもしれない。


 九死で一生。


 それが、猫たちの生きざま。


 1/9ですらないのかもしれないけどね。


 そのさいごを、猫たちがあたしたち人間とすごすことをえらんでくれたのなら。

 その意味をちゃんと理解するなんて、人間のあたしには、やっぱりできないとしても。


 あたしは、それをすごく嬉しいことだとおもうし。


 それを知って、まえよりずっと。


 あなたたち猫のこと、好きになったよ。



 ありがとう、猫。



挿絵(By みてみん)

 つぎは「こ」!


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【第4語りの小説版】
九死で一生
― 新着の感想 ―
[一言] 元の好事百景の作品がとても好きなので(設定とかとても秀逸だと思うのです)、思い返しながら読ませて頂きました。 しあわせそうにおばあちゃんの膝の上でその時を迎えようとしているねこ。彼/彼女にも…
[良い点] ……嗚呼! アイデアを物語に仕上げる手際に感心し、切なくも美しい物語の感動しました!!
[一言]  猫だけでなく。  犬にも鳥にも虫にも、こちらの知り得ない役割があるのかもしれませんね。  意地悪したら守ってもらえなくなりそうです。
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