第1語り 旅人とふたつのリンゴ【リンゴ】
まずは【はじまり】の「り」から。
【はじまり】→【リンゴ】
旅人が、ひとり。
おなか、ぺこぺこで歩いてたの。
もう、今にも倒れそうで。
米、食いてえ! 肉っ! 肉っ!
いや、そんなぜいたくは言わない。
このさいだから、嫌いな人参だって食べてやる。
だから、なんか食わせろぉ!
って、たぶん、そんなかんじ。
人参、嫌いかどうか知んないけど。
あたしは好きだよ、人参。
とにかく、旅人が。
おなか、ぺこぺこのまま、ひとり歩いてたんだって。
そしたらさ、道のさきに、赤と緑。色のちがう、ふたつのリンゴをみつけたんだよね。
旅人、おおよろこび!
さっそく、わしづかみにして、かじってやろうと近づいたんだけど。あれ? なんか、ふたつのリンゴが、いざこざ、もめてるみたい。
「そんないいかた、ないだろ?
ぼくだって。リンゴなんだから!」
はげしくつめよる、緑リンゴ。
「はぁ? なにいってんの?
そんな色しちゃってるくせに!
おれたちはリンゴだよ?
リンゴっていったら、赤に決まってんじゃんか」
それを、冷たくつきはなす赤リンゴ。
ははぁ、そういうことね。
緑リンゴったら、みんなと色がちがうから、赤リンゴから、いじわるされてんだ?
あたしだったら。ひとりだけみんなと色がちがうなんて、かっこいいって、そう思っちゃうけど。
世のなか、あたしみたいに人間できたリンゴばかりじゃないってことよね。
んで、リンゴたちのいいあいに。おなか、ぺこぺこの旅人がいあわせることになったんだ。
旅人としては、そんなのどうだっていいから、はやくおまえたちリンゴを食べさせろ、って思ってるんだろうけど。
リンゴたちのようすをみてると、よこからわしづかみにして、かじってやるなんてお行儀悪いことは、ちょっとしにくくなっちゃったみたい。
んで、なにをおもったか。
その旅人は、リンゴたちの仲裁役を申し出たんだ。
じぶんにまかせてくれれば、おまえたちが仲良くできるようにしてやるよ。
「なんで人間なんかに、仲裁されなきゃなんないわけ?
これはおれたち、リンゴの問題なんだよ?
てゆうか、べつにこいつと仲良くなんてしたくないし!」
さいしょは、気乗りしなかった赤リンゴだったけど、藁にもすがる想いの緑リンゴにも説得されて。
「……じゃあ、やってみれば?
いっとくけど、人間なんかの話をいくら聞いたって。おれたち赤リンゴが、こいつをリンゴと認めることなんてないからな!」
なおも、つっぱねる赤リンゴだったけど、旅人はそんなのおかまいなしに。
ふたつのリンゴを、両手それぞれに、わしっとつかむと。
しゃくっ!
しゃくっ!
なんと、両手にそれぞれつかんだふたつのリンゴを。ひとくちずつ、かじっちゃったんだよね。
……けっきょく、真正面から、かじるんだ?
「うわぁ! てめえ、なにすんだよ?!」
赤い皮を、さらに真っ赤にして怒る赤リンゴ。
だけど、緑リンゴは怒ったりしなかった。怒るんじゃなくて、なにかに気がついたみたいに。
緑リンゴのぼくと、赤リンゴのおれの。ふたつのリンゴのかじられたあとに、目をうばわれていたんだ。
緑リンゴのぼくも、赤リンゴのおれも。かじられたあとからのぞく、皮のしたの実の色は。
おんなじ、白色をしてたんだよね。
赤リンゴも、それに気づいたみたいで。赤と緑。色のちがう、ふたつのリンゴはしばらくにらめっこをしてたけど。
どっちからともなく、笑いだしちゃった。
赤でも緑でも。
それはほんの薄い皮いちまいのはなしで。
そのしたの、ジューシーな実は、おんなじ白色をしてた。
なんだ、おれたち、仲間じゃないか。
やっぱり、ぼくたち、仲間じゃないか。
ふたつのリンゴは、じぶんとあいて、おたがいのかじられたあとを見て、笑いつづけた。
その理屈でいくと、梨も仲間になっちゃいそうな気がするんだけど。それをつっこむのは、やぼってもんだから。あたしみたいに、空気の読める人間は、けっして口にしない。
とにかく、あんなに冷たくあたってた、赤リンゴが。今じゃ、ちゃんと仲間だって、緑リンゴのことを認めちゃってる。
これは、めでたし、めでたしコース!
ふたつのリンゴが、旅人にお礼のひとつでも告げようとした、そのとき!
しゃくっ!
しゃくっ!
なんと、旅人ったら、また、それぞれひとくちずつ。
両手のリンゴを、かじっちゃったの。
これには、リンゴたちもおおあわて。
「おいっ!
なにすんだよっ?!」
「そうだよ。
ぼくたちの皮の色はちがっても、なかみはおんなじリンゴの仲間だって。もうちゃんとわかっから、これ以上かじらなくていいんだよ?!」
リンゴたち、必死に旅人を止めようとしたんだけど。
しゃくっ!
しゃくっ!
しゃくくっ!!
しゃくくくっ!!!
旅人ったら、リンゴたちをかじるのをやめようとはしないで。
ついに、ふたつのリンゴを、芯だけのこして。
ぺろりと食べちゃったんだよね。
あ〜あ、なんてことしてくれるの?
せっかく仲裁されて、これからは仲良くできそうな赤と緑のリンゴだったのに。
これじゃ、だいなしじゃんっておもったあたしたちに、のこされたのは旅人の捨て台詞。
どうだ?
これでおまえたちは、おれのはらに仲良くおさまったわけだ。
おまえたちも、満足だろう?
ごちそうさま。
リンゴたちが、それに満足できたかはわかんないけど。
とりあえず、旅人はおなかいっぱいになって、満足はできたみたい。
元気に、旅のつづきへと。
また、ひとりで歩いていったよ。
でも、なんかめでたくない気がするのは。
ひょっとして、あたしの気のせい?
……気のせいだといいんだけど。
つぎは「ご」です。