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彗星の旅

作者: 麻生すずな

「はやぶさ2」が持ち帰った砂や石から生命の材料となるアミノ酸が検出された というニュースを読んで、「こんなテーマで書いたことがあったなぁ」と、以前(2005年頃)自サイトで公開していた童話を思い出し、引っ張り出してきました。

星々の間をぬって一つの彗星が旅をしています。

ブラックホールや巨大な恒星たちからの誘いも振り切って、その彗星は長い長い旅を続けているのです。


「ぼくの中には『命の種』が入っているんだ。

この『命の種』を生かせる星を見つけたいなあ。」

彗星はそうつぶやくと、キョロキョロと周囲の星々を眺めてまわります。


「あの星は……まだ火の固まりだ。

あっちの星は……カラカラに乾いていてだめだ。

こっちの星は……うーん、残念、もう生き物が住んでいる。」


実は、彗星は まだ大気と海と陸地だけで生命の生まれていない星を探しているのです。

そうした星を見つけて、自分の中の『命の種』を与える。

それが自分の使命だと考えているのです。


「目的の星が見つかったら、ぼくはその星の海に飛び込むんだ。

ぼくはその星の一部になる。

そして、ぼくの中の『命の種』が海の水に溶け込んで、その星に……『生命』が生まれる。

うまく星に根付くことができるのか、どんな進化を続けてくれるのか、それがその星にとって良い結果を生むのか悪い結果を生むのか。

今まで旅の途中でいろいろ見てきたけれど、誰かがせっかく『命の種』を運んだのに失敗した星もたくさんあった。

ぼくの『命の種』もどうなるのか先のことは何もわからない。

けれど、それでも、まず始まることが大切なんだ。

何も生まれないよりは、何かが生まれる方がずっといい。

だから、ぼくはこうして旅を続けているんだ。」


『命の種』を持った彗星は、新たな生命の誕生を夢見て、広い宇宙をグングングングン進んで行きました。


ある銀河で、彗星は 表面が全て氷で覆われている星を見つけました。

彗星は首をかしげて考え込みながらつぶやきました。

うーん。ちょっと寒すぎるかな。でも、一応聞いてみるか。」


彗星は、ためらいがちに氷の星に話かけました。

「こんにちは 氷の星さん。……・あの 『命の種』は要りませんか?」


すると、氷の星は 疲れ切ったという様子で大きなため息を一つ吐き、ゆっくりと首を振りました。

「残念だけど、遠慮しておくわ。今まで何度も『命の種』をもらったけれど、みんな失敗してしまったの。

ここは恒星からちょっとばかり離れ過ぎているらしいの。

それに、ほら見て。わたしのすぐ近くにあんな大きな体をしてくっついている星があるでしょ。あいつのせいで、わたしの軌道が安定してくれないのよ。だから、せっかく途中までうまくいった『命の種』もみんなダメになってしまうのよ。」


「そうですか。それは残念ですね。……それじゃあ さようなら。」

彗星は、

『そうか、近くに大きすぎる星がいてもだめなんだな。覚えておこう。』

と考えながら、氷の星に別れを告げました。



次に見つけた星は、それほど若くないようですが、大きな海を持っていました。けれど……。

「うん? おかしいなあ。ちゃんと大気と陸地と海があって、結構時間がたっている様子なのに、生き物がいるふうには見えないなあ。」


彗星は不思議そうに首をかしげながらその星に近づきました。

「こんにちは。あの……『命の種』は要りませんか?」


彗星の問いかけに、今度の海の星も残念そうに首を振りました。

「いいえ。残念だけどやめておくわ。わたしには『生命』を育てるのは無理だから。」


「えっ? そんなに豊かな海があるのに? 何故?」

彗星が驚いて尋ねると、海の星は仕方ないのよという表情を浮かべて答えました。

「つまりね、見てわかると思うけど、わたしは月を持っていないのよ。

だから、自転軸の変動がとっても大きいの。

おかげで気候の変動もすごく大きくて、せっかく生まれた『生命』が育ってくれないのよ。

月があれば、自転軸を安定させることができるのに。残念だわ。」


「そうなんですか。それは残念ですね。……それじゃあ さようなら。」

彗星は

『そうか、月のある星じゃないとだめなんだな』と

また一つ条件を覚えて、海の星に別れを告げました。


その次に見つけた星では、彗星はタッチの差で他の彗星に先を越されてしまいました。

まだ若いその星を見つけて大喜びで彗星が声をかけようとしたその瞬間、別の方向から来た大きな彗星が猛烈な勢いでその星に突っ込んで行ってしまったのです。


「えっ、あっ、うそ!」

彗星は、目の前で他の彗星がその若い星と衝突する閃光を目撃し、爆発音を耳にしました。

そして、

「なんだかなあ……。まあ 早い者勝ちと言えばそうなんだけど。

いきなりってのは強引すぎるよなあ。」などとブツブツつぶやきながら、そこを立ち去りました。


こうして、『命の種』を引き渡すべき星を探して、彗星は幾つもの銀河を巡りました。

中にはもうあとちょっとで条件を満たしてくれる星もたくさんありました。

でも、そのあとほんのちょっとが『命の種』から『生命』を育てていく為には大切なのです。

その為、彗星は少し残念に思いながらも、それらの星の横を黙って通り過ぎて来ました。

また、条件にピッタリの星を見つけても、もうそこには『生命』が育っていて、彗星の力は必要ない場合もありました。


彗星は、星探しの旅にだんだん疲れて来ていましたが、それでも、どこかできっと自分の『命の種』を必要としてくれるはずの星があるはずだと自分を励まし その長い長い旅を続けました。



そして、ついに彗星は希望通りの星を見つけることができました。


その星はまだとても若いらしく、至るところで火山が噴火を起こしています。

ですが、同時に豊かな水を湛えた海も見えます。

月も持っています。近くに大きすぎる他の星も見当たりません。


彗星は、ちょっとドキドキしながら、その星に声をかけました。

「こんにちは 若い星さん。

あの、まだ誰もあなたに『命の種』を与えていないなら、ぼくがあげてもいいですか?

あなたを ぼくの旅の終着点にしてもいいですか?」


すると、その若い星はうれしそうに笑って答えました。

「ありがとう、彗星さん。ええ、まだ誰もわたしに『命の種』を運んで来てくれていないわ。

だから、お願い、あなたの『命の種』をわたしにちょうだい。」


「よかった。それじゃ。」

そう言うと、彗星は一直線にその若い星を目指して突き進んで行きました。


星の大気に触れた瞬間、彗星は激しい衝撃を受けました。


彗星は、バーン!と、大きな音を立てて幾つかのかけらに分かれ、その一つ一つが燃えさかる炎の固まりとなりながら、海を目指して落ちて行きました。

そして、海に落ちた瞬間、彗星は今度は逆に一気にその体が冷やされるのを感じました。


「これで……ぼくの旅が……使命が……終わる。」

彗星は、衝撃と急激な温度の変化でもろくなった体がより細かく分かれて海に散らばっていくのを感じながら、静かに眠りにつきました。


彗星のかけらから『命の種』が流れ出て行きます。

ゆっくりと時間をかけて、それはその星の『生命』になっていくことでしょう。




「ねえ、目を覚まして。」

彗星は、呼びかけてくる星の声に意識を取り戻しました。


「えっ?」

驚いた様子の彗星に、星はおもしろそうに笑って言いました。

「あら、何を驚いているの? 『命の種』を与えてそれで終わりじゃないのよ。

あなたはわたしと一つになって、これから生まれる『生命』たちをちゃんと見守ってくれなくっちゃ。」


そう言われて彗星は気がつきました。

今自分がこの星の全てを自分の体として感じることができることに。

大気を、海を、大地を、そしてこの星の中の熱い力まで感じることができるのです。


「本当にぼくはあなたと一つになったんだね。」

すると、星はカラカラと楽しそうな笑い声をあげて言いました。

「そうよ。あなたはわたし、わたしはあなた。

彗星の時のあなたの使命が終わって、わたしたちの新しい使命、ううん、新しい夢が始まったのよ。」


「ぼくたちの……新しい夢……。

うん、そうか、そうなんだ。ぼくたちの新しい夢かぁ。それはとても素敵だね。」

そう言うと、彗星も幸せそうににっこりと笑いました。


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