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第六話 疲れた身体で少年は考える

「ええと、健太さんのお家は……」


 店を後にした二人は、通りを挟んで向かい側へ移動し数分歩く。そして、ベージュ色をしたレンガ造りのアパートが立ち並ぶ一角までやって来た。


「あ、ここですね!」


 テンシが指さしたのは、道の角に位置する四角の建物だ。五階建てくらいの高さだろうか。


 レンガはところどころ黒ずんでいるが、それが歴史の重みを感じさせ、見上げる健太のテンションは(いや)(おう)でも上がっていく。


「では、入ってみましょう!」


「う、うん」


 開けっ放しの入り口から中に入ると、すぐ右にカウンターがあり、そこには水色の髪をした少年が椅子に座ったまま机に頭から突っ伏し、すうすうと安らかな寝息を立てている。


「あら、管理人さんでしょうか。寝てますね……」


「どうしよう、テンシさん」


「こういう時は、やっぱりこれですよ、これ」


 と、カウンターの呼び鈴を指さし、そのままの勢いで中央の出っ張りを勢いよく押し込む。


 じりりん、じりりん、と小気味のいい音がエントランスに鳴り響くと、


「ほひゃあっ!」


 ()頓狂(とんきょう)な声を上げ、少年が飛び起きる。反動で背もたれのほうにぐらりと椅子が大きく傾くのを両手をばたつかせて何とか立て直す。


 ほっ、と息をつき、来訪者の二人を視界に捉えると、まるで何もなかったかのように、にっこりと微笑み、こう言うのだった。


「『アンバーツリーコーポ』へようこそ! 僕は管理人兼オーナーのラズリなのです。当ハウスは、ルーキ―の健太さんを歓迎するのです」


     *


 ラズリに連れられ、二人はカウンター横の階段から二階へ上がる。


 そして、一番奥の【205】と記された部屋の前に立つと、


「はい、こちらが健太さんの部屋なのです。どうぞです」


 管理人はそう言って、ドアを開けると、そこはまるでビジネスホテルの一室のような空間だった。


 入ってすぐが廊下になっており、右手にバスやトイレ、奥には部屋のサイズにしては大きめのベッドがあり、左手の壁際には長机や椅子が据え付けてあった。


「おー!」


 健太は興奮冷めやらぬ表情で、部屋の中を見て回る。


「すごくいい……」


「うんうん。一人で住むには実に快適な雰囲気ですね!」


 テンシは部屋を一瞥(いちべつ)した後、ベッドに腰かける。健太もひとしきりあちこちを見た後、隣に座る。程よい弾力を持ったスプリングが心地よい。


「私がここに来た頃はベッドがもう少し小さくて、お部屋自体も手狭(てぜま)な感じだったんですよ」


 だが、ここ数年で一気に宿泊施設のリフォームが進んだようだ。


 この世界に流れ着いたホソカワというデザイナーが、ホテル関係の内装を勉強しており、以前の古めかしい内装の姿に怒りを覚え、一念発起いちねんほっきしたのだという。


 才能と気概のあるものが流れ着くと、技術革新など良い結果をもたらすという好例である。シバではこういう事例があちこちにあり、着実に進化し続けているらしい。


     *


 一息ついたのを見計らって、ラズリは健太に近づく。


「健太さん、お部屋のキー登録をしますので、カードケースを出して頂けますか?」

「あ、はい」


 健太は、先程もらった青色のカードケースを取り出す。


 ラズリは、自分の頭からぶら下げている黄のカードケースをそれに近づける。


 両方のカードケース内のカードが淡く光ると、ラズリは小さく頷く。


「はい、大丈夫なのです。これで健太さんは、ドアノブをひねるだけで鍵が開くのです」


「え、こんな簡単なので?」


「ええ。シバの街はここら辺の技術進歩が凄いのです。あと、テンシさんも初日ナビ役なので、念のため入れるようにしておくのです」


 テンシも同様に登録処理を行う。


 ラズリは部屋の使い方について簡単な説明を行った後、もしお困りごとがあれば何でも申し伝えてくださいね、と言い残し、ひと仕事終えた充実の表情を浮かべ、部屋を去った。


     *


 ラズリが去った後、健太はベッドの縁に座り、テンシはその向かい側にある備え付けの椅子を逆向きにして座ると、椅子の背に両腕を乗せたまま一息つく。


 と、急に二人の間に会話が無くなり。



 ……。



 妙な間が、部屋の中を支配する。


 お互い、見つめ合っているわけではない。


 健太はテンシの横の白い、何があるわけでもない、ただの壁を眺め、

 テンシは健太の横の白い、何があるわけでもない、ただの壁を同じように見つめる。


 考えてみれば、と健太はふと思う。今しがた自分の部屋になったとはいえ、男子の部屋に女の子を招き入れており、しかも近くにいるのだ。


 その事実を認識した瞬間、彼の全身がじわりと熱くなる。


 これ以上意識しないように、表情に出ないようにと、努めて冷静をなろうと深呼吸し、そして、とにかく何か話をしよう、と口を開いたその瞬間、


「ふわああーっ、疲れましたねー!」


 テンシはその場で大きく体を反らせ、背筋を伸ばす。


 そして健太を真っすぐ見ると、優しい笑顔で語り掛ける。


「お疲れ様です、健太さん。疲れたでしょう?」


「あ、うん、はい、お疲れ様です」


 健太は、今何を言おうとしたのかそれすらも忘れて言葉足らずな受け答えになってしまった。


 ……それは、ともすれば、タイミング的に救われたのかもしれないけれど。


「ではでは、私はミオリちゃんのところに顔を出さなきゃなので」


 テンシは椅子から勢いよく立ち上がると、


「健太さんは少しお休みしていて下さいね。夕方になったらまた来ますので!」


 そう言って、手を振り、勢いそのままに部屋から出ていった。


     *


 後に残された健太は目を閉じると、そのまま仰向(あおむ)けに倒れこむ。


 その反動でベッドのスプリングが軽く(きし)む。清潔なシーツの、石鹸のような優しい匂いに包まれ、そのまま全身を脱力させる。


「あー……」


 そして、今日の出来事を反芻(はんすう)する。



 まず、自分自身のことだ。


 健太は、天井へ向け右手をかざす。



 ――これが、自分の手。


 健太は自分自身の記憶があまりにも希薄なことに、改めて気づかされた。


 手を見ても、まるで他人のそれを見ているかのような違和感が(ぬぐ)えない。


 あの白髪赤眼の可憐な少女テンシと話している時も、本当にこんな口調で普段しゃべっていたのだろうか、と心の底では常に不安が付きまとっていた。


 ……鏡でも見れば、少しは自分自身と認識して安心出来るのだろうか。


 少しためらった後、洗面台へ向かう。鏡に映し出されたのは、年齢通りの少年の姿だ。



 ――これが、僕。


 自分と言われても、やはり実感がわかない。


 さして珍しくもない顔に、不揃いにカットされた黒髪。特徴があるとすれば、中央付近の髪が一房、群青色になっていることくらいか。


 元々のオシャレなのか、それともここに来てからそうなったのか。


 このまま自分のことを考えていても気が滅入るばかりなので、健太はこの世界について考えを巡らす。



 それにしても。この世界は、本当に『死後の世界』なんだろうか。


 こうしていると、シーツの匂いも、先程のランチの味、触感も、この目の前に見えている景色も、実際にあるものとして認識が出来ている。


 ……鈴を転がすような透明感のある、テンシの可愛らしい声も。


「死んでいると言われても、ね」


 今まで死んだことなんてないので、わからないとしか言いようがないけれども、先程訊かれたような死の記憶……痛みが、身体にも、ましてや心にも感じられない。


 だから、死んでいるというより、今どきの物語のように違う世界に転生したとか、地球上のどこかに連れ去られ、記憶を曖昧(あいまい)にされたとか、もしくは、仮想現実のゲームの中に実験的に取りこまれたとかのほうが、よほどしっくりくる。


「うーん」


 何かのきっかけで、ここがそういう世界なのだと実感する時が来るのかもしれない。


 でも、それは、多分。想像よりも遥かに辛い心持ちなんだろう。


 ベッドに戻り、徐々に重たくなる(まぶた)に身を任せながら、今度は先程まで一緒に居た少女のことを考える。



 ……テンシさん、か。


 世界観が世界観だけに、まさにこの世界のために生まれてきたかのような少女だった。


 白髪が光を浴びて黄金色に煌めく姿は、この世のものとは思えないほどの美しさで。


「まさに天使だよなあ」


 様々な形の笑顔を見せ、楽しそうにしている彼女。生前そのままの見た目でここに来ると言っていたから、そうなると、


「マンガとかアニメで見たことある。アルビノってやつだよなあ……すごい」


 きっと”あちら”では物凄くモテただろうなあ、と思い、待てよ、とふと気づく。


「ああ、でも、陽の光に弱いんだっけ」


 アルビノ、いわゆる先天性白皮症(はくひしょう)と呼ばれる人々は、総じて陽の光に弱い。重度になると少量浴びただけで皮膚に悪影響があるのだという。


 ……よく覚えてたなあ、と自分自身の記憶とは違い、すらすらと出てくる学問知識に苦笑する。


 もし、そうだとしたら、あちらではなかなか外には出られないだろうし、出たとしても目立つから大変だったろうな、と認識を改める。


「今は……幸せ、なのかな」


 だとすれば――、でも死んでいるのは悲しいことで……、みんな、色々な、ものを抱えているのかもしれない……な――。


 身体が沈んでいくような感覚の中、急激に眠気が増していき、意識が遠ざかっていく。


 少年は考えることを止め、闇に溶けていくそれを緩やかに手放した。

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