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第四話 薄紅色の髪に碧い瞳の少女

 健康診断を終え、廊下を挟んで反対の部屋で健太は身なりや装備を整える。


 その後、二人がエントランスホールに戻ると、ちょうどカウンター左奥の通路から(つばさ)の生えた白い猫を連れた一人の少女が出てきたところだった。


「あ、ミオリちゃんお疲れ様」


「やほ、お疲れー」


 ミオリと呼ばれた少女はテンシより背が少しだけ高く、少し(くせ)がかった薄紅(うすくれない)色の髪を腰上まで伸ばし、後ろ髪の一部を束ねてポニーテールにしているのが特徴的だ。


 白衣にクリーム色をしたニットのタンクトップワンピースを合わせており、その端から見える濃紺のホットパンツと黒いハイソックスの間から(のぞ)かせる白い肌がとても(まぶ)しい。


 そして、ほんの少しだけ釣り目の青い(ひとみ)がまるで宝石のように(きら)めいている。


 もし、街で歩いていたら万人が振り向くのではないかと思えるほど、魅力的な女の子だった。


「あ、初めまして。先程はありがとうございました」


「初めまして、健太君。こちらこそありがとね。さてと、ちょっとごめんね」


 ミオリは挨拶(あいさつ)もそこそこに健太に近づき、まじまじとながめる。


「んー……?」


 さらに近づく。


 そして、手前の空中に四角と円を描き、映し出された画面の文字と、数字の羅列(られつ)を確認する。


「んー……」


「な、なんですか」


 至近距離で見つめるミオリの首筋から香る、柑橘(かんきつ)系の(さわ)やかな匂いが鼻腔(びくう)をくすぐる。


 経験したことがない(にお)いと近さに、健太はその場から動けなくなる。


 一方のミオリはというと、真剣な眼差(まなざ)しでうんうんと(うな)りながら、画面と目の前の少年を交互に見比べるが、すっと距離を取ると、白髪の少女へ視線を向ける。


「テンシ」


「何ですか?」


「後で部屋ラボに来て」


「はぁい」


 短いやり取りの後、ミオリは健太に向き直ると、軽く一礼をする。


「健太君ごめんね。じゃあ、あたしはこれで」


「はぁい、後でねー」


 ミオリが翼猫と共に通路へ消えると、健太は目を閉じ大きく息をつく。


 そしてゆっくり目を開けると、とても近い位置でテンシが下からのぞき込んでいた。


「おわっ」


「ふっふっふ、ミオリちゃん可愛いでしょ。れた? 惚れました?」


 顔をじりじりと寄せながら、少し意地悪な表情でたずねる。


「そりゃ可愛かったけど。そんな急に惚れるとかは……」


「えー。ここに来る男子はミオリちゃんスキー多いんですよ。シバのツートップですからね!」


「うん、それはわかる気がするなあ。……ちなみにあと一人は?」


「え、それはもちろん!」


 テンシは健太の言葉尻に食い気味で被せると、目を閉じ胸に右手を当て、さらさらとした白く滑らかな光沢のある髪をふわりと揺らし、自慢気な顔と共にこう言い放つ。


「超絶美少女ことわたしですっ!」


                    *


 慣れない環境の連続でさすがに少し疲れた表情の健太を、テンシはエントランス付近に設置してある待合のソファーに座らせると、バインダーに表示された画面にサインし、アミに提出する。


 そして、


「彼のこと、今日はこのまま私が引き受けますね」


 と伝えると、アミは画面に落としていた視線を上げ、少し驚いた顔でテンシを見た。


「え、テンシちゃんがやるの?」

「はい、ナビもたまにはやってみようかと思って」

「構わないけど……、たまにというか初めてよね」


 ナビは初めの数日同行し、この街やこの世界についてのレクチャーをする簡単な仕事だ。


 特に初日は、翌日出向く先や住まいの案内やちょっとした街案内程度で、ここに来て一週間もすれば誰でも出来る、初心者向けのものだ。


 テンシはその仕事をする段階はとうに過ぎており、初心者優遇の観点からもナビの仕事を請けることは、今まで一度もなかった。


 だからこそ、アミは信じられないという表情でテンシを見る。


 だが、当の本人はなぜか(みょう)にきりっとした顔で笑みを浮かべたまま見つめ返すので、アミは苦笑いを浮かべると、分かりました、とうなずいた。


「じゃあ、決まっていた方にキャンセルを申し入れるわね。明日もナビするの?」


「あ、明日は私、もう予定が入ってて。そちらは通常通りでお願いします」


「分かりました。……ふふふ、テンシちゃんがそういうチャレンジするの、私も嬉しいわ」


「……えへへ」


 アミの素直な感想に、少女ははにかむ。


 普段と少し、いや、明らかに違う姿に、アミも相好(そうごう)(くず)すのだった。


                    *


 中央官庁、エントランスホール左廊下の奥。先程、健太が健康診断を受けていた部屋からさらに進んだ先の突き当たりに、ミオリの執務室ラボがある。


 ミオリは中に入ると、部屋奥の執務机に備え付きの豪奢(ごうしゃ)椅子(いす)……ではなく、その隣にある白いソファーに座り、長い脚を前に投げ出したまま上半身を横に倒す。


 後をついてきた翼猫は、手前の黒い羊毛で編んだふかふかのラグに座り毛繕(けづくろ)いを始める。


「ぬー、なにこれ」


 ミオリの周りには数値やグラフ、文字の羅列が表示された四つの画面が浮かび、そのどれもがリアルタイムで刻一刻と変動していく。


 その全てを交互に見、所々右手で操作する。だがしかし、ミオリの唸り声は収まらない。


 左手は、左右非対称で伸ばしている横髪をくるくると巻いては解く。


「ない、とはテンシから聞いてたけど、確かに『ない』。あと、このAT値……」


 画面から一つの横グラフを抜き出し,拡大する。



 *AT:「測定深度外」/「解析不可」



 右端が突き抜けて画面外まで伸びるグラフには、そう記されていた。


「どういうことなのかしらね……。あと、気になることといえば」


 知り合ってもう二年半の、長い付き合いになる白髪の少女の姿を思い浮かべる。



 あの人の横で皆と一緒に笑っていた、彼女。


 あの人が居なくなり独り泣いていた、彼女。


 目前の光景をただ見つめる無表情の、彼女。


 誰に対しても同じ笑顔になった(はず)の、彼女。


「でも、今日は……」


 翼猫は毛繕いを終え、()でてほしそうに少女の細く引き締まった足首に擦り寄る。


 ミオリは身体を起こし(かが)むと、翼猫を首筋からあごに沿ってゆっくりと撫でる。


「今日のあの子は……、ね」


 嬉しそうに転がる翼猫を眺めながら、ミオリは人前ではあまり見せることのない、ふんわりとした素直な笑みを浮かべる。


 何とはなしに窓を見ると、上部に辛うじて見える空は抜けるように青い。

 


 ここ数日、ずっと荒れ模様だったのが嘘のように澄み切っていた。

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