第二話 死と生の狭間にあるこの世界
二人はターミナルから出ると、白い石で綺麗に舗装された道を歩いていく。
聞きたいことは数多くあったがまとまらず、とりあえずの話題を考えていると、テンシが思い出したように口を開く。
「そうだ。せっかくなので、初回の死に終わりデータを見てみましょうか」
「あ、すごく気になるかも」
健太の反応に頷くと、指で空中を四角に切り取る。
半透明の画面が一つ表示されると、引き延ばして拡大する。
「あまりに急だったので特定しづらいみたいですが、初回の生存時間は一日未満ってところみたいですね」
「えっ、そうなの」
早すぎない、と健太は思わずツッコむが、テンシは笑ってこう返す。
「生存競争というものはとても厳しいものですからね。そもそも転生したからと言って、次の生が人間とは限らないですし」
データを切り替えながら、テンシは続ける。
「ちなみに、貴方の前世は、……スベスベマンジュウガニですね!」
「ひ、人ですらないんだ……。というかスベスベマンジュウガニって」
テンシは画面を切り替えると、そこに動画が映し出される。
――スベスベマンジュウガニの。
「はい、こんな感じの子です」
「うわあ……、ちょっとこれは」
思わず目を逸らす健太。
テンシは可愛いのになー、と小声で呟いた後、びっ、と右の人差し指を立てると、
「というわけで、こちらでただ死に終わりしたからといって、満足のいく次の生を得られるわけではないのです。この世界を思う存分を謳歌し、転生を有利にする様々な準備をし、可能であれば、この世界で成し遂げてから死に終わると、いい感じの転生になるのです」
「生きるのも死ぬのも、何かと大変なんだね……」
画面の中ではカニが、その特徴ある赤褐色の丸い肢体を緩慢にではあるが、精一杯動かしている。その健気な姿を眺めているうちに、一つの疑問が沸き上がってくる。
「よくよく考えたら、生まれてくる生物の数って一日でもすごい量になりそうだし、さらにそこから人を引き当てるのって、相当難しいと思うんだけど」
「あ。それ、いい質問ですね! 健太さんも前世はスベスベマンジュウガニ(生存競争に負ける)でしたし」
「カッコの中の言い方、悪意ない……?」
「いえいえ、カニさんスタートまで持っていけること自体、結構凄いことなんですよ。あんな短時間で、準備無しで死に終わりしちゃったら、アメーバ的なものでも精一杯な気がしますし、なかなかのガチャ運だと思います!」
「ガチャ運って」
意外とイマドキの言葉を繰り出してくるので、見た目や年齢も含めて同世代なのかなと思ってしまう健太である。
「とはいえ、それだと完全に運頼みになってしまうので、転生を有利にするための方法として護符というシステムがこの世界にはあります」
「護符というと、神社のお札みたいなもの?」
健太の言葉を受けて、テンシは目の前の画面を様々な形状の札が複数並ぶ、立体的な映像へと切り替える。
「こんな感じです。見た目は確かにお札にそっくりですね。護符はこの世界で前向きな活動をしていると手に入るもので、種類によっては交換、購入も出来ますし、その中には、『人間に生まれ変わり確定の護符』みたいなものもあるんです」
「おお、意外と親切設計」
少し声色が明るくなった健太に、テンシもうんうん、と頷く。
「そうなんです。効率よく護符が入手出来るお仕事も斡旋する場所もありますし、こつこつやればきちんと結果が出て、充実した次の生を楽しめちゃうという優しいシステムなんです」
そして、とテンシは続ける。
「他にも色々な種類があって、男女が指定出来るもの、大体の最終身長を決定するもの、激レアなものになると『この年齢までは必ず生きてます確定の護符』なんてものもあります」
そこまで言って一息つくと、テンシは少しだけ声のトーンを落とす。
「ただ……、その一方で、転生にはいくつかの決まり事があります」
「まず、死に終わり、つまり転生をしても、こちらの日付で翌日にはこの世界に戻ります。しかも、姿形は初めてこちらに来た時のままで、こちらでの記憶や経験は死に終わりを迎えた直後の状態からになります」
テンシの説明で、健太はようやく合点がいく。
「ああ。だから、昨日流れ着いてすぐに転生したのに、また戻って来られたんだ」
「ええ。ただし、ATという数値が残っていれば、ですけどね。ATはこの世界に居られる日数を数値化したもので、言ってみれば余命みたいなものです。死に終わりのタイミングや内容によってはATが大きく削られるので、やっぱり事前準備は大事ですね」
「なるほど……」
「あと、もう一つ重要な決まり事があります。ここに来ると、転生してもこの世界での記憶を持ち出せず、あちらから戻ってくる際、転生中の記憶を持ち込むことが出来ないんです」
「あ、そうなんだ」
少し驚いた顔をする健太を横目で確認しながら、テンシは続ける。
「理由は定かではないのですが、転生は本当に生まれるところからなので、持ち出せていたとしても記憶を保存する機能が十分ではなく、記憶することが出来ないからなのではという説が有力です」
「また、記憶を持ち込めないことですが、これは現在に至るまで、実際に戻って来た人が誰一人として覚えてないので、そうなのだろうと結論付けられています。どういう仕組みかはまだまだ謎に包まれてますけど、ね」
テンシはそこまで言って、半透明になっている画面の向こうを確認する。
健太も同じようにしてみると、幅のある川の上を長い石の橋がかかっており、その先には石を積み上げて作られた堅牢そうな高さのある立派な城壁がそびえ立っていた。
「さてさて、街につきました!」
テンシは小走りで橋の半ばまで行くと勢いよく振り返り、少し白んできた空と城壁を背に両手を大きく広げ、満面の笑顔と共に目の前のルーキーを迎え入れた。
「ようこそ、終わりと始まりの街、シバへ!」
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