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第二十三話 告白、そして

 ようやく自身と場の平静を取り戻した健太だったが、戻ってからのこの数日、ずっと気になっていることがあった。


「そういえば……、あっちで生きていた時の記憶ってやっぱり思い出せないのかな?」


 転生時の記憶が全て消えている、思い出せないというのは既に身をもって経験したことではあるが、何か思い出せる方法や抜け道がないか、一抹(いちまつ)の望みに懸ける。


 が、テンシは首を横に振ると、


「ご承知の通り、転生時の記憶はこちらに持ち込むことは一切出来ないんです」


「また、これに関して対応出来る護符も現状見つかっていません。唯一分かることといえば」


 そこで言葉を切ると、中空に四角を描き一つの画面を取り出す。


「転生時の種族、名前と、享年(きょうねん)くらいです」


 そこには、


【人間】

【片桐 沙希】

【享年二十八歳】


 と、表示されていた。


 正直、欲している記憶モノに比べれば、無いにも等しい情報であっただろう。


 しかし、何かを約束し、誓ったはずのその一欠片(かけら)でも欲しい健太にとっては、それだけでもとてもありがたい内容であった。


「それでいいから、僕のも見せて欲しい」


「健太さんはもうシステムに触れるので、望めば出せますよ」


 転生時のデータ読み出しを思い浮かべながら、画面を描いて下さいと言われ、それをイメージながら、中空に四角を描く。


 すると、同じようなデータが表示される。


【人間】

【北川 (さとる)

【享年十九歳】


 当然ながら、何一つとして得られるれるモノはそこにはない。

 ただ、名前と生きられた年齢を見ただけでも、約束が少し果たされた、そんな気がして。


「そっか……」


 と、短く言葉を漏らす。


 テンシはそんな健太を見て、少しわざとらしく明るい声で、


「むむっ、もしかして私と健太さんが、結婚してたりを期待しちゃったりですか!」


 と、ジト目になり、悪戯(いたずら)っ子のような表情でからかう。


「残念ながら、そういうのはわからないんです。名前も生まれた時のフルネームですから、もし結婚していたとしても、そこは不明なのです。あー、残念、本当に残念だあ」


 目を閉じながら、リズムをとるように身体を右へ左へ軽く揺らしながら、残念、ざんねん、と繰り返すテンシに、健太はポツリと呟く。


「……うん、本当に残念」


 その真剣な、どうしようもなく真剣な声色に驚き、テンシは思わず隣に座る彼の顔を見上げる。


 健太は言葉を続ける。


 その結末を予感はしていても、続ける。


「――、なんだ」


 小声でそれを、呟く。


 今なら止まれるよ、と。誰かの声が聞こえた気がする。


 それでも、もう一度。今度ははっきりと、口にする。


「好き、なんだ、テンシさんの事が」


 溢れた言葉は、想いは、確かに彼女に届いた。


 届いて、しまった。


 テンシはびくん、と肩を震わせる。


 先程の明るい雰囲気とは打って変わり、場を静寂が満たす。


 どれくらい時間が経っただろうか、少女は口を開く。


「ええ、っと、あの……」


 テンシは両手を組み、人差し指同士を合わせたり、くるくると回したりする。


 あ、めちゃくちゃ困ってる。


 初めて見る、彼女の「本当に」困惑した表情を見て、健太は自らの選択を後悔する。


「その、ごめんなさい、私、好きな人がいるんです」


「だから、今は駄目です。まだ知り合って日も浅いし、好きな人が大きすぎて、だから」


「……ごめんなさい!」


 矢継ぎ早にそう伝え、彼女は部屋から逃げるように出ていく。


 一人残された健太は脱力し、ベッドで仰向けになりしばらく茫然としていた。


 だが、精神状態とは無関係に容赦(ようしゃ)なく鳴る腹の虫が収まらず、椅子に座り机の上に置かれてあるシチューを、手元のスプーンでくるくるとかき混ぜる。


 すぐに熱を取り戻したそれは、芳醇(ほうじゅん)な匂いを漂わせ、健太は無心でそれを食い平らげた。


 シチューは不慣れな手作りの温かみがあり、まろやかで味はとても美味しかった。


 が、今の彼にとっては、ほんの少し塩辛いものであった。


     *


「おかえりなさい、テンシお嬢様」


 健太と別れたテンシは、ふらふらとした足取りで家路についていた。


 気が付くと玄関を(また)いでおり、彼女と共に暮らす(すみれ)色の髪をしたメイド姿の女性と、二頭身がなんとも可愛らしい、メイド姿をした人形群が出迎える。


「うん、ただいま、リンネ。お部屋に戻ります」


「はい、お夕食が出来ましたら、お呼びいたします」


 テンシはエントランスホールの階段から二階へ上がり、一番左奥の寝室へ入る。


 一目見てわかるほどの、数々の高級な調度品が備え付けられた広い部屋。


 その奥にある天蓋(てんがい)付きのベッドまで歩くと、うつ伏せで頭から倒れこむ。


 ぎっ、とスプリングがきしむ音がし、ほどよい弾力でテンシの身体は緩く弾む。


 この瞬間が少女にとって、外での疲れを癒す儀式そのものであり、至福の時であった。


 ……いつもであれば。



 そう、いつものことなのだ。


 墓守を始めてからの半年。幾度となく経験したこと。


 初めて街まで案内をした男の子も、そうだった。



 南門で待ち伏せしていた彼からは、花束と共に、熱い気持ちを突然打ち明けられた。


 私は今日と同じように、その気持ちを受け止めることはなかった。



 雪の降る日に案内をした子からは、その後呼び出され、中央広場で、想いを伝えられた。


 私は今日と同じように、その想いを受け取ることはなかった。



 ある人は私を食事に誘い、北東エリアの高級店、その中でも最高の席で愛を語った。


 私は今日と同じように、その愛に応えることはなかった。



 同じ。今日も同じ。いつもと同じ。なのに。


 今日は、胸が締め付けられるような感覚に戸惑う。


 少しでも楽になろうと反転し、仰向けになる。


 見上げると、天蓋から垂れ下がる絹が、反転した振動を拾ってゆっくりと揺れていた。


「なんで、なんだろ」


 思わず口に出してしまう。


 先程の三人と彼はもちろん違う。


 一緒に依頼をこなし、ご飯を共に食べ、彼の凶事にあっては共鳴転生すら行い、ここ数日は、リンネに作り方を教えて貰いながら、彼のために慣れない料理を作ったりもした。


 脳裏にすぐ、健太の横顔が浮かび上がる。


 驚いた顔、嬉しそうな顔。そしてさっきの悲しそうな、申し訳なさそうな顔。


 でも。


「でも、私が好きなのは、クロトさん……」


 名前を呼ぶだけで、身体の芯が熱くなる。


 そして、胸の奥が苦しくなる。


 必死に記憶から、その横顔を呼び起こす。


 大好きな人。いつまでも、どこまでもずっと傍に居たかった人。


「会いたいよう……」


 彼女の儚いはかないは、だがしかし、誰の耳にも届かない。

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