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第二十二話 ほんの少しだけ、支えになること

 あの一件以来、健太は何かをする気力を完全に失ってしまっていた。



 明くる日の昼。


 コンコンコン、とノックの音が聞こえ、数秒してドアを開ける音が室内に響く。


「はい、テンシちゃんがお昼の差し入れに来ましたよー」


 その言葉と共に、サンドイッチが入った(かご)と、ジュースの(びん)を手にテンシは部屋に入る。


 ベッドを見ると、健太は身体を丸め、壁に向かって横になっていた。


 テンシは机に籠と瓶を置き、彼をのぞき込むと、避けるように、彼はさらに体を丸める。


「うん、元気そうですね」


 テンシは柔和(にゅうわ)な笑みを浮かべ体勢を戻すと、また明日来ますね、とだけ言い残して、ゆっくりと部屋から出る。


 ドアに鍵がかかる音を(にご)った意識の端で感じ、健太は急に込み上げてくる喪失(そうしつ)感と涙に耐えられず、毛布を被り闇の中に身を寄せる。



 さらに、次の日の昼過ぎ。


「こんにちは、喜んでください! 貴方のテンシさんが今日もやってきましたよー」


 軽いノックの後、カニを模した小さめの弁当箱を手に持ち、テンシは入室する。


 ベッドを見ると、今日は壁を背にして横になっていた。


 テンシが近づくと、健太の(よど)んだ目と合い、えへへ、と彼女は笑いかける。


 けれども、彼からの反応は無い。


 机に目を向けると、サンドイッチの一切れだけが減っているのを確認する。


「あ、ちゃんと食べてますね。感心、感心!」


 と、健太に向け親指を立てる。


 弁当箱を置き、代わりに籠を手に持つと、


「少しずつでいいんです。一歩ずつです」


 柔らかい口調で自分の想いを伝えると、部屋からさっと出ていく。



 陽が沈み、夜が更け、朝が来て。


 また、正午に差し掛かる頃。


「こんこんこん、がちゃり。テンシ様のお通りだーい!」


 口でドアをノックし、開ける音を出しながら、テンシは室内に入る。


 そしてベッドを見ると、今日の彼は壁を背にして頭から毛布を被り、体育座りをしていた。


「なんだか、進歩してる感がすごいですね! さすが、健太さん。やれば出来る子ですねー」


 そう言いつつ机を見ると、全く手つかずのカニ弁当箱がそこにはあった。


「あら、お弁当はあんまりお気に召さなかったみたいですね。ふっふっふ、でも今日は」


 手に持った竹皮の包みを開くと、大きな白おにぎりが三つ現れる。


「やっぱり白おにぎりこそ至高というリスナーのご意見を頂戴したので! 竹の皮に包まれてるとこう、匂いがふんわりついてテンションアップな一品です、これに勝てる人はいない!」


 そう言って、水筒と共に机に置くと、代わりに弁当箱を回収する。


 そして、床に(ひざ)立ちになり、(うつむ)く健太に目線の高さを合わせ、


「大丈夫、大丈夫、健太さんは大丈夫。きっとへっちゃらです」


 せめて少しだけでも届いてくれれば、と想いを込めて伝える。


 彼の身体が、わずかにびくんと震えたような気がしたが、テンシはそれに気づかず立ち上がり、明日も押しかけちゃいますからね、と言って部屋を去る。


 一人残された彼は、溢れる涙を抑えることが出来ず、()うようにして机に向かうのだった。



 そして、あの戻ってきた日から、四日が経過し。


「健太さーん、入りますよー……」


 ドアの開く音をなるべく立てず、まるで忍び込むようにテンシは入室する。


 さながら、寝起きドッキリのような雰囲気で抜き足差し足近づくが、


「あ。起きてたんですね」


 健太は、俯いたままベッドの端に腰かけていた。


 机を見ると、昨日のおにぎりは一つが綺麗に無くなっている。


「――ん」


 目を細め、軽くうなずくと、健太に向き直り。


「ね、健太さん。今日のは結構力作なんです」


 バスケットから大きな白い丸皿と水筒を取り出し、丸皿に水筒内の液体を注ぐ。


 すると、ふわり、とシチューのいい匂いが室内に広がっていく。


「もし、今食べられなくても、このスプーンでくるくる()き混ぜたらすぐ温かくなるので、よかったら、食べてみてくださいね」


 スプーンをナプキンの上に置き、竹皮を片付け、そして、(きびす)を返そうとするその時。


 健太は俯いていた顔を上げ、ふらつきながら立ち上がり、テンシに声をかける。


「――かないで」

「はいっ、あ」


 声を掛けられ振り向くテンシに、健太は手を伸ばす。


 テンシの二の腕の辺りを掴んだところで、健太は足がもつれバランスを大きく崩し、そのままもつれ合うように二人はベッドに倒れこんだ。


 顔を横向きにして倒れた少女は、ゆっくりを首を動かし少年を見上げる。


 少年は、少女を見下ろし、息がかかるくらいに近くにあるその顔を、その表情を見て、


「どうして」


 と、彼は尋ねる。


「だって。ほっとけないですから」


 と、彼女は応える。


 その後は、少年にとって正直あまり思い出したくもないほど、情けないものだった。


 どうして、何で、と意味のない言葉を投げかけながら(すが)りつき、ただ泣き続けた。


 少女は、自分の頬と首筋に落ちる(しずく)の温かさに触れながら、その背中を(さす)り続けていた。


     *


「ごめん」


 胸の動悸(どうき)が収まり、しゃくりあげていたのが徐々に落ち着くと、急速に冷静さを取り戻した健太は、今の状況、すなわち少女をベッドに押し倒して馬乗りになっている状況を()の当たりにして、申し訳なさで()きそうになっていた。


 もう、謝り倒すしかない。


「ご、ごめんなさい……」


 再度、目の前の少女に謝る。


 が、押し倒されたままの少女は、先程まで優しく撫でていたのをピタリと止めると、急に顔を背けて眉尻(まゆじり)を上げる。



 まずい。



 急に頭を鈍痛(どんつう)が襲い、くらくらする。


 先程と別の酷い悪寒と冷や汗が全身を(さいな)む。


 もう一度。心を込めて謝ろう、とそう思い、口に出そうとした瞬間、


「……なんて、ね。女の子は力でどうこうするものじゃないですよ?」


 そう言って、再び健太に向き直る。


 右手を健太の額の前に持ってくると、親指と中指で円を作り、軽くデコピンをする。


 すると、彼の身体は古のカンフー映画のように天井すれすれまで跳ね上がり、ベッドを飛び越して床に尻もちをつき、机に背中を机に強打する。


「~~~~っっ!」


 言葉にならず、衝撃と痛みで顔を歪める健太に、


「私、こう見えて強いですからね」


 ふふん、と白髪の少女はいつもの不敵な笑みを浮かべるのだった。

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