第二十一話 帰還、欠落、そして傷
――――。
「っっっっっ!」
意識が急速に戻り、目を見開き、四角い狭い世界から慌てて身を起こす。
全身から汗が噴き出し、耳鳴りと震えが止まらない。
そして、両目からは、とめどなく涙が溢れ出る。
「あ、ああっ、ああああああああああああああ……っ」
思い出せない。
ついさっきまで、俺は、僕は、「誰か」だった。
笑っていた、泣いていた、楽しんでいた、苦しんでいた。
生きていた、はずなのに。
絶対に、何があっても覚えていると、それは永遠なのだと、「君」と約束したはずの、モノ、コト、ヒト。
それら全てが融けて流れ出ていき、一瞬前には残っていた欠片も、――もう、無い。
思い出せない。
思いだせない、
おもい、だせない。
諦めきれず、これ以上何一つ奪われたくなくて、少しでも足掻こうと、両手を何もない空間に伸ばし、掴んでは、強く握りしめる。
しばらくして、おそるおそる手を開いて見るが、そこには当然、何一つ無い。
身体と心にこびりついた悲しみが一層深くなり、胸の動悸を早くし、両手で顔を覆い、ただただひたすらに涙する。
そんな少年の傍らには、白髪の少女が体育座りで俯いたまま、彼の帰りを待っていた。
視線を動かし、少年が起きたのを確認した少女は、おかえりなさい、と短い言葉とともに、汗と涙で酷い有様になった少年をそっと抱きしめる。
芯まで冷え切った身体にその温もりは優しく、ああ、でもこれは、やっぱりこの世界は「そう」なんだ、ここに戻ってきてしまったんだ、という事実を強く認識させる。
少年はただ為すがままに少女に抱かれ、声と心が枯れ果てるまで、嗚咽を重ねた。
*
それからしばらくして、空気に雨の匂いが少しずつ混ざり始めた頃。
「落ち着きましたか、健太さん」
「……うん、ありがとう」
何とか受け答えが出来るまでには自分を取り戻した健太だが、うまく表情を作れず、疲弊しきったまま、テンシにお礼を言う。
そして、ちょっと休みたい、と呟くと、ふらりと立ち上がり、おぼつかない足取りで街へ向かってふらふらと歩き出す。
テンシは何も言わず、少し後ろを歩きながら、彼の背中を見守っていた。
早朝の道はまだ薄暗く、先程からぽつぽつと降り出していた小雨が少しずつではあるが足を強める中、二人はまだ露店も開いてない街へと帰って来た。
普段より薄暗い道のりを歩き、彼は自らのアパートへ消えていく。
それを最後まで見守ったテンシは息を一つ吐くと、頑張りましょうね、と誰にも聞き取れないほどの小さな声で呟く。
さらに激しさを増す雨の中、赤黒い痕が所々染みついた白いブラウスを肌に纏わりつかせながら、灰色が一層濃くなった石畳を歩いていく。