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第二十話 ホワイト/アウト

 コゴロウからの追加依頼を請けた二人は、平原への道のりを歩いていく。


「話を聞く限りでは、小さい家位のサイズということですので、おそらく巨人級ですかねー。健太さん、座学で敵の強さ講義って受けましたか?」


「えーと、確か……」


 健太は思い出すように、目線を上に向ける。


 瘴気や魔物は強さでサイズが変わり、形状がより明確になる。


 一番容易(たやす)豆粒(まめつぶ)級から始まり、段階を()て、一番強力な個体は伝説級と呼ばれる。


 伝説級は一般的な黒の靄より更に深い闇であり、滅多にお目にかかれない。


 ここに辿(たど)り着いた人々でも、一度も遭遇しないことがほとんど、という存在なのだそうだ。


「その通りです! 健太さんって記憶力いいですよね」


「いやー、それほどでも」


 昨晩寝付けず、延々と資料を眺めていたとは言えず、健太は笑ってごまかした。


「というわけで、ランク的には上から数えて四番目くらいですし、いけそうならさくっとやっちゃいましょうか!」


 そうこうするうちに、二人は目的地の平原まで来る。


 よく見ると奥の方に、明らかにサイズの大きい、獣のような形を成した赤の瘴気が、ゆったりとした足取りで大きな地響きを立て徘徊(はいかい)している。


「あれですね」


「周りには瘴気が居ないね」


「あー、それはアレが全部食べちゃったんでしょうね。そして成長し続け、さらに強力な特異体になっていく。定期的な間引きの依頼が重要な所以(ゆえん)ですね」


「なるほど……」


 ではでは、と武器の準備をするテンシ。


「平原に入ったら、いきなりこちらに襲い掛かってくる可能性が高いので、健太さんは左に全力で()んでください。私は右に跳び、引きつけます」


 後は任せてくださいね、とウィンクするテンシに、健太はただうなずくことしか出来ない。


 この数日で少々経験を積んだとはいえ、まだまだ日が浅いルーキーなのだ。


「では行きます。いち、にの、」


 さんっ、というテンシの掛け声とともに二人は守護石を越え、平原へ入る。


 その瞬間。


 遠くにいた巨人級が、その悠然(ゆうぜん)とした歩行をピタリと停止し、直後地鳴りのような巨大な雄叫(おたけ)びを上げ、健太が今までの戦闘で経験したことがない、高速道路を走る自動車のようなスピードで二人へ突進してくる。


「ひええっ」


 健太は慌てて左に跳び、テンシも右に跳ぶ。


 街道の境に展開する守護の壁に激突したそれは、少し後退(あとずさ)りし、頭部をぶるぶると左右に振る。


 その目元へ、ぱしん、ぱしん、といくつかの光弾がぶつかる。


 さほどダメージもなさそうなそれであったが、巨人級はそれを放った少女を視界に捉えると、(いか)れる赤獅子(あかじし)と化す。


 そして、突撃しようとする。


 が、駆け出して数歩で、その動きが完全に止まる。


 よく見ると、その巨大な体躯(たいく)に、脚に、大地から生えた黄金色の(くさり)のようなものが何重にも巻き付き、完全に自由を奪っていた。


「ふふふ」


 怒気を浮かべる赤獅子に、テンシは不敵な笑みを浮かべると、


 左手を大きく開き、手首のスナップをきかせ、くるりと()(えが)く。


 指の回った位置に、それぞれ小さい円画面が五つ浮かび上がり、それらを同時に押す。


 すると、テンシの前に五種類の護符が舞い降り、杖の先をそれらに当てる。


「ちょっとかっこいいやつで、とおっ」


 掛け声とともに、杖から五色の巨大な光線が飛び出し、赤獅子へ収束し、貫通する。


 その一撃で、巨体に大きく穴が開いた巨人級は()(すべ)なく倒れ、光の泡となり霧散する。


 すると、大量の護符が天に向かって弾け、羽根のようにゆらゆらと舞い降りる。


 それはとても圧倒的で、――美しい光景だった。


「はい、こんな感じでーす」


 色とりどりの護符は光の奔流(ほんりゅう)となり、二人のカードに回収される。


 満足そうに笑顔でVサインを向けるテンシに、健太はただただ感嘆(かんたん)するしかなかった。


「それにしても、そこそこ数字出ましたね」


 約10万BTに、青と緑が沢山、あ、欲しいのがある、と楽しそうに確認する彼女を見て、自分もいつかこんな風に誰かの力になれたらいいな、と健太は思うのだった。


 澄んだ青空の下、靄一つ無い平原で、二人が結果をチェックしていた、その時。

 


 地面から突然、本当に唐突(とうとつ)に、ソレは、少女のすぐ(となり)に現れた。



 敵が比較的弱いエリアであることは、間違いなかった。


 油断もしていた。


 また、事前に索敵(さくてき)を行っていたが、巨人級以外に気になる瘴気の反応もなかった。

 

 少女がほぼ半年の間、「戦闘の最前線(トップライン)」から離れていたという事実も(いな)めない。


 だがそれにしても、ソレの出現に対して、少女はあまりにも無防備過ぎた。


「テンシさん危ないっ!」


 健太は叫び、気が付くと自然に指で小さく弧を描き、現れた画面を押し、瞬間、走力を一気に強化し、加速し、ソレに背を向ける形で飛び込み、彼女を(かば)う。


 それと同時に、振り下ろされる、漆黒。



 ――。



 テンシの耳元に(にぶ)い、肉を引き(つぶ)す音が届く。


 目の前には赤い血と破片を(まと)わりつかせた、鋭い爪が伸びている。


 振り下ろされたそれは、そのほとんどが空を切っていたが、一つだけは少年の胸部を深々と刺し貫いていた。


 それはもぞもぞと、肉を()き混ぜるように(うごめ)いた後、ずるりと引き抜かれる。


 健太は(おびただ)しい血を溢れさせながら、テンシの前で仰向けに倒れこんだ。


「健太、さん?」


 慌てて駆け寄り、おぼつかない手つきで画面を開け、彼のコンディションを確認し。


「――ッ!」


 テンシは、ソレを(にら)む。


 ソレは、テンシと【目】が合うと、(わら)ったように見えた。


 そして血や破片の付いた爪先や根元の部分を、口のような箇所(かしょ)から()い出てきた舌と思われる器官でゆっくりと()めとり、低い、くぐもったような下卑(げび)た鳴き声を上げる。


 テンシは健太に視線を戻すと、画面をいくつか展開させ、短く何かを呟く。


 すると、健太の横たわる地面から緑色の光が湧き上がり、その粒が帯状となりその身体を包み込むと、傷口や身体へ入り込む。


 それにより、血が溢れ出るのが一旦止まり、少年はうっすらと目を開ける。


 その姿を確認すると、テンシは漆黒が完全に凝固したソレへと向き直る。


 ソレも愉悦(ゆえつ)の時間が終わり、新たな獲物を見下すと、舌なめずりをしたその、



 刹那(せつな)



 ソレの両腕の付け根から百を超える、(おびただ)しい数の腕が生まれる。


 それらは凄まじいスピードで伸び、空中で直角に折れながら何度も角度と向きを変え、それぞれの先端に付いた手が、テンシを捕縛、掌握(しょうあく)せんと四方八方から迫る。


 目にも止まらぬ勢いで接触する、その寸前で。


「――La、」


 少女が、(うた)を刻む。


 その響きに呼応するように、少女と少年の周りには多面体の壁が現れ、漆黒の手がそれにぶつかると、あるものは消滅し、あるものは弾き飛ばされる。


 少女の詩は続き、光の粒が大地から湧き上がり、少女の周りに幾つもの粒子の輪を形成すると、高速で(まわ)り始める。


 そして、程なくして少女の背中に収束し、三対の輝く翼を形成する。


 黄金を(たた)えたそれらをゆるやかに羽ばたかせると、羽根の一部はひらりと舞い落ちる。


 それはまさに、少女の名前の響きそのものの、天から舞い降りた御使(みつか)いの姿だった。


「健太さん、……私も一緒に行きます。だから、もう少しだけ、頑張って下さいね」


 首だけ振り向いて、少女は少年に微笑む。


 そして、左の掌を空へ掲げ、高らかに()を捧げる。


 天上へ届けと言わんばかりに。


 瞬間、翼から膨大な数の羽根が天高く巻き上げられ、舞い重なり。


 その一編一編(いっぺんいっぺん)が線となり、光の速度でソレに殺到(さっとう)する。


 ソレは防ごうと多数の腕を複雑に絡み合わせ防御態勢を取ろうとする、が、光はその腕ごと穿(うが)ち、貫く。


 無数に穴が開いたソレは、急ぎ再生を試みるが、光はそれより速く、漆黒を一片も残すことなく、苛烈(かれつ)熾烈(しれつ)()き尽くす。


 ソレは醜く暗い、憎悪の唸り声を、嗤い声を、辺りに撒き散らす。


 が、それも程なくして、完全に消滅した。


 その後、天を覆い尽くすほどの大量の護符が空に巻き上げられ、平原全体を緩やかに舞う。


 それを見届けた少女は、光の羽根を(したた)らせながら少年に駆け寄り、手を握る。


 (ほどこ)していた延命措置は既に切れており、血がとめどなく溢れ出ていた。


 痛みと吐き気で(ゆが)み、ぼやける視界で、奔流(ほんりゅう)となり飛び込んでくる色彩豊かな護符を背景に、(きら)めく翼を(まと)い、黄金の羽根が舞い散る目の前の少女の、あまりの美しさと神々しさに、



 ああ。とても、とても、――きれい、だ。



 そう、心の底から思い、直後、少年の意識は断絶した。

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