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第十九話 海だ! ビーチだ! 地獄絵図だ!

「いやあ、テンシちゃん久しぶり」


 眼前に大海原が広がる漁村へ到着した二人を待っていたのは、褐色(かっしょく)の肌をした筋骨隆々《きんこつりゅうりゅう》の大男であった。


 身長が二メートル近くはあり、スキンヘッドに所々白髪交じりの黒髭(くろひげ)を生やし、顔つきが強烈に(いか)つい。


「お久しぶりです、コゴロウさん」


 漁師コゴロウは、ぴちぴちの白タンクトップに浮き上がらせる形でその自慢の肉体美をこれでもかと見せつけながら、テンシと、その横にいる少年を見る。


「ンで、こいつ誰よ」


「えーと、……付き添いです」


「は、初めまして、健太です」


「ふうん」


 と、コゴロウはしげしげと健太を見、そして、


「ハッハッハァ! テンシちゃんが連れてくる奴なら誰でも大歓迎だ。よろしくな、坊主!」


「はい! おう゛ぇっ」


 健太は背中を勢いよく何度も叩かれ、あまりの衝撃で出てはいけないものが出そうになるがぐっとこらえる。


「ま、それはそれ。で、今回の依頼なんだが。実はな、最近ここから東に少し行った砂浜で(りく)ダコが異常発生してな。タコなら漁師の領分、てなわけで大漁と思っていたら、そいつらに瘴気(しょうき)が取り憑いてな、魔ダコになっちまったというわけさ」


 真ダコ。


「坊主、魔ダコだ。要するに魔物化したっつうことだな」


 魔物化と聞いて、健太は座学や戦闘訓練、資料のことを記憶から再度掘り起こす。


 街道の守護石から外れたところに漂う、黒や紫、赤の(もや)


 それらは、あちらの世界から漏れ出た、人の苦しみや悲しみ、悪意、痛み等、ありとあらゆる負の感情や事象がこちらに流れ着いたもので、瘴気と呼ばれている。


 それが人間の身体に取り付くと悪事を働く者となるが、動物の体に取り憑くと、その動物は「魔物」となり、動物の姿のまま凶暴(きょうぼう)化する。


 しかも、肉体があるだけに、ただ凝固した瘴気より強力にもなるという。


「魔物化していると瘴気を()がして浄化させていく必要があるわけなんだが。ある程度の数は力技で何とかなるが、さすがにあれだけの数になると手が負えねえ」


 で、お願いしたってわけだ。


 経緯を説明するコゴロウの話で気になったことがあり、健太は何気なく聞いてみる。


「ちなみに、何匹くらい居るんですか、真ダコ」


「坊主、魔ダコだ。……そうだな、見に行くか」


 巨体に似合わず俊敏(しゅんびん)な動きで(きびす)を返すと、コゴロウは大股で現場に向かう。


 二人は慌てて、その後をついていく。


     *


 鮮やかな紺碧(こんぺき)の海。


 澄み切った青空。


 眩しく照り付ける太陽。



 ――そして、砂浜の地面が見えないほどにひしめき合った無数の魔ダコ。



 灰色や青黒い軟体生物が、黒や紫の靄を立ち上らせながら、うねうねと絡み合い、近くを通る小ガニを片っ端から捕食するその姿は、人類が最も見てはならないような、背徳的で冒涜(ぼうとく)的な様相を(てい)していた。


「「……」」


 絶句する二人に、コゴロウは呵々大笑(かかたいしょう)する。


「ま、そういうことだ。個体としてはさして大した戦闘力もないと思うんだが、いいやり方が思いつかなくてな。何とか頼む」


「……全部焼き払っていいですか?」


 目が隠れるほど(うつむ)いたテンシが、いつになく低いトーンで提案する。


 が、コゴロウは首を横に振ると、それは砂浜や海を痛めることになるし、あとタコは普通に戻ったら捕獲して市場に出したいから勘弁してくれと返す。


「……じゃあ、ちゃんとやります。皆さんも来て下さい」


 既に準備していた他の漁師も見守る中、低いトーンのまま、杖を片手にゆっくりと、少女はその地獄へ向かっていく。


 ある程度まで近づくと、杖を前に突き出し、白球を出現させる。


 それを魔ダコ群が密集する一帯の、ちょうど中心付近の空中で停止させる。


 次に画面を開き、護符を数種類出現させ、杖を軽く一振りすると、それらは白球へ勢いよく吸い込まれて行く。


「準備オッケーです。では、お手本をお見せしますね」


 そう言うや否や、素早く手前の魔ダコに近づき、杖で頭をぽんぽんと軽く叩く。


 すると、ぴょん、と瘴気が少しだけ外に飛び出す。その直後のことだった。


 ヒュゴゴゴゴ、という轟音(ごうおん)と共に瘴気は凄まじい勢いで白球に吸い込まれて行き、後には元に戻った陸ダコが大の字でぐったりと横たわっていた。


 テンシは振り向くと、


「こんな感じで、ぽんぽんっとして下さいね。ね、簡単でしょ?」


 と言いながら振り向き、呆気(あっけ)にとられる群衆へ向け、にっこりと笑うのだった。


     *


 ――そして、一時間後。


 瘴気を剥がされ気絶した陸ダコは漁師達により回収され、浜辺は色鮮やかな青と波寄せの白泡、そして砂色のコントラストが美しい、以前の姿を取り戻していた。


 コゴロウや漁師達はその光景を見て、テンシに心から感謝する。


「いやあ、さすがテンシちゃん。【伝説】だけあって、やっぱりすごいな……」


「いえいえ、私はお膳立(ぜんだ)てをしただけなので。皆さんこそ、ご協力感謝です!」


 Vサインを返すテンシは、先程一瞬見せた暗い表情がまるで嘘のように輝いていた。


 その後、二人はお礼にと漁師達の昼食に招かれた。


 海を一望できる民宿風の二階で、魚や貝類、陸ダコなどの、獲れたての海の幸を十分に堪能(たんのう)する。


 そして、帰り支度を始めた二人に、コゴロウは話しかける。


「ああ、そうだ。せっかくだから追加で請けてほしい仕事があるんだが、いいかな」


「あまり時間のかからないものだったらいいですよ。どんなお仕事ですか?」


 テンシの言葉にコゴロウはうなずくと、一つの画面を差し出す。


「調査だな。といっても、少し見に行ってほしい程度のものなんだが。俺達は転生準備で基礎護符(BT)を一気に取りに行く時、西に15分ほど歩いた先にある平原で狩りをするんだが、若い衆が馬鹿デカい赤靄(あかもや)を見かけたらしくてな。怖くなって逃げてきたらしい」


「大きな赤い靄ですか。長く残っていたものが特異体にでもなったんでしょうか」


 テンシの言葉に、コゴロウは太い首を大きく縦に振る。


「そんなところだと思うわ。ま、その場で討伐とかは街の管轄になるから、テンシちゃんに任せるけど、とりあえず状況を確認してもらおうと思ってな」


 本業はこっちだもんな、とばつが悪そうな顔を浮かべるコゴロウに、テンシは数秒考えた後、笑顔で大きく首を縦に振る。


「ええ、そっちのほうが得意分野です。では、見に行きますね!」


 コゴロウは安堵の表情を浮かべると、所々痛んだ古いカードケースを差し出す。


「ありがとう。後で紹介所に正式な届けは出しておくから、よろしく頼むわ」

「はい、うけたまわりました!」


 そう言って、テンシは自身のカードケースを差し出し、それと接着させるのだった。

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