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第一章 第一話 少年は二度目の「始まり」を迎える

 耳元近くで、何か壁のようなものをノックする音が響く。


 まどろみの沼に身を預けていた少年はその音に反応し、身体を軽く震わせると、ゆっくりと薄目を開ける。


 目の前には薄暗く、妙な閉塞感を感じる。長い時間圧迫されたかのように腕の感覚がやけに希薄で動かないため、辛うじて動く目を右に向けると、すぐ前に壁のようなものがある。


 意識と焦点が定まらないまま、さらにあちこちに目線を動かすが、そこにも壁、さらには壁。


 ――ああ、これは夢を見ているんだ。


 周りが全て壁に囲まれた世界にいるなどという非現実的な状況に理解が及ばす、少年は寄せてきた眠気に身を任せようとする。


 と、そこに、再び軽快なノック音が壁の外からもたらされる。


 しかし少年は、一刻も早く惰眠(だみん)を深く味わうため、もぞもぞと身をよじりその音から逃げようとする。


 ……。


 一定間隔で鳴り響いていた音が途切れる。


 ようやく落ち着いて意識を沈ませていこうとすると、



 コンコンコンコンコンゴンゴン!


 先程まで控えめにノックされていた音が急激に激しくなる。


「~~~ッ!!」


 騒がしい音が壁の中を絶え間なく反響し続け轟音(ごうおん)と化し、耐えられなくなった少年は覚醒すると、その勢いで一気に上半身を起こす。


 上に乗っていた蓋がいともたやすく外れ、風に煽られ、空高く飛び、彼方へ消えていく。


 その風は、雨に濡れた直後の草原のような、土と草木の香りを少年の鼻腔(びくう)に運んでくる。


 意識があやふやなまま少年がノックされていた先へ振り向くと、そこには。


「おかえりなさい! やっと起きましたね!」


 淡い紫に深い青、そして燃えるような(オレンジ)の三色が美しく映える幻想的な空を背に、白髪に赤眼の少女が、すぐ横に屈んで笑顔で見つめていた。


          *


 少年は状況が飲み込めず、ぼうっと、少女を見つめる。


 何か声をかけようと口を開くが、うまく発声が出来ずまごついていると。


「焦らなくていいですよ」


 さっき戻って来たばかりですし、実質ここへ初めて来たようなものだから、まだ色々と追い付いてないでしょうし、と少女は透き通った柔らかい声で語りかける。


 少年は目を閉じると、心地の良いそよ風が顔にふわりと当たるのをより感じられる。大きく深呼吸をするとゆっくりと目を開き、改めて少女を見る。


 薄暗い中、美しいミディアムボブの髪がオレンジ色の弱い陽光を浴びて、白から時折金へと色を変える。もみあげは屈んだままの姿勢だと地面の草につきそうなほど長く、さらさらと揺れている。


 瞳の赤は鮮やかで深みがあり、見惚れるほどに美しい。


 そして、薄桃色の七分袖ロングパーカーと、薄い灰色のニーハイソックスの間から見え隠れする肌は、髪の色に負けず白く、張りとツヤがあり、瑞々しく健康的だ。


 少女は、そんな少年の視線に気づくと、少し照れくさそうな表情を浮かべる。


「もう、そんなに見つめられると恥ずかしいですよ」


「あ、ごめん。……あ」


 謝りの言葉が口からつい出て、少年は声が出せることをようやく認識したのであった。


          *


「それにしてもここは……?」


 いまだに全身に力が入らない中、かろうじて自由の利く首を動かし、辺りの光景を確認する。


 草が一面に生い茂り、少年が入っていたものと同じ、白い箱……というよりは明らかに(ひつぎ)と思われるものが、蓋が外れたまま、一定の間隔で整然と並べられている。


 それは、何とも非日常的なものだった。


 しかも、自分自身が「そこに入っていて、そこから出てきた」という事実を改めて認識し、少年は複雑な表情になる。


 その表情の変化を確認すると、少女は慣れた口調で話を始める。


「初めてこの景色を見ると、そうなっちゃいますよね。……ここは、ターミナル。あちらでの終着の場所であり、こちらでの始まりの場所です」


 ターミナルと聞いて、少年が真っ先にイメージしたものはバスや鉄道の駅だ。


 だが、ここはどうみてもそれとは違う。


 それに彼女の言う、こちら、そしてあちらとは、どういう意味なのだろう。


 いまいち理解が及ばない少年の困惑した目を見据えながら、少女は説明を続ける。


「驚かないで聞いて下さいね。ここは、この世界は、先程まで貴方が暮らしていた世界とは違うところです」


 違う世界。異世界。というと。


「もしかして、異世界転生とか、そういうの?」


 異世界転生。それは、ライトノベルやマンガ等で大人気のジャンルだ。


 現実世界で死を迎えると、主にファンタジーの異世界に転生し、生前持っていた知識や経験、作品によっては、持ち込まれた文明の機器を手に大活躍するという、定番のストーリー。


 少年はそういう展開が自分にも訪れたのか、と少しの期待と、一抹の不安を抱く。


 が、少女は複雑な顔をする。どうやら半分だけ当たりのようだ。


「貴方はその時期の方なんですね。ちょっと前にここへ来た人からも、同じことを言われました。異世界転生モノ、お約束ですもんね」


 ですが、と少女は続ける。


「貴方は死を迎え、ここに来た。ここが『死後』の世界であることは、その通りなんですが」


 少女は、少年から地面に視線を落とし、


「『転生』ではないんです。人は新しく生を始めるために、多くの準備が必要なんです」


 そう言うと、少女は再び少年の目を見る。


「人は死によりその一生を秤にかけられ、天へ招き入れられる者、地へ堕ちる者など、様々な沙汰が待ち受けています」


「ここはそんな人々のうち、突然の事故や病気などで、不幸にも命を落とした方が(まれ)に流れ着く先であり、再び転生する為の様々な準備が出来る、死と生の狭間にある世界なんです」 


          *


「それにしても、今日は落ち着いていて安心しました」


 少女は視線を空へ向けると、頬に左の人差し指を当て、思い出すように話を続ける。


「実は、貴方がここに来たのは、昨日なんです」


「ただ……、昨日は私が棺をノックする間もなく蓋をどんっ、と凄い勢いで押しのけて、『成功したっ! やったぞ! 僕天才! 神! ウホホーイ!』って凄い声を上げながらあちらの裏にある森へ全力疾走して行ったんです」


「あの森は極めて強力な(ハチ)の魔物が一杯生息しているので、止める間もなくあっという間にこの世界で死ぬこと、いわゆる『死に終わり』を果たしたわけです」


 もしかすると初回死に終わり最短記録更新してるかもですね、と言いながら、少女は手振り口振りを交え、昨日の出来事を説明するが、少年は何となく違和感が(ぬぐ)えない。


「なんだろう。そのウホホーイのところがこう。僕、そんなこと言うキャラだっけ」


「確かに、今は物凄く落ち着いていますもんね。こちらに来てすぐにあんなに動ける人も、このお仕事に就いてから初めて見ました」


「ただ、こちらに来てから一週間くらいは死後ハイみたいな感じになって、基本テンション高めになるので、それが暴走しちゃうレアなケースだったのかもですね!」


 少女の言葉に、そういうものなのかなあ、と少年は頭をかく。痴態とも言える記憶が無いのは、正直ありがたい気分であった。


「とりあえず、昨日は初期照合とかチェックをこの『スコーピア』で行う前に旅立たれてしまったので、今日こそは確認させて頂きますね!」


 そう言うと、少女は首にかけてあるゴーグルを顔に装着し、じーっと健太を見つめる。


 そして。


「ふむふむ、貴方のお名前は石川健太さん。年齢は十七歳。私より一歳年上さんですね」


「うわ、同意も無しに個人情報が(さら)されていく……」


 衝撃を受ける健太をよそにゴーグルが青白く発光し、いくつもの文字列が浮かび上がっては縦に流れていく。


「ええっと、死因は『鉄道事故』ですね。何か覚えていることはありますか?」


 少女の問いに健太は首をひねり、記憶を呼び起こそうとする。


 駅前で端末を開き動画や小説を見ている、改札を通り過ぎたような、とあやふやな記憶が断片的に浮かんでは消えていく。


 が、鉄道事故の記憶が全くなく、首を横に振る。


「ううーん、ごめん、思い出せない……」


「あ、いいんです。そういうこともありますので」


 少女は、端にあるいくつかのつまみやボタンを操作し、十秒ほど少年を眺めた後、ゴーグルを外すと、うーん、と少し困惑した表情を浮かべ、再度健太に尋ねる。


「ええっと、健太さん。念のためですが……」


「痛いとか、辛い、苦しいとか、何となく悲しい、みたいな記憶も全く無いですか?」


「どうだろう……」


 健太は首を左右に傾げながら、必死に糸口を見つけ出そうとする。が、何も出てこない。


 関連付けられるようなものが何一つ出てこない。


「ごめん、駄目みたいだ」


「そうですか……。お気になさらずです。後でもう一度、検査みたいなのをやりますので!」


 少女は、使い終わり光を失ったゴーグルを首にかけると、立ち上がる。


「それでは、健太さん。そろそろ行きましょうか、……はい、どうぞ」


 少女が差し出す小さな右手に、健太はようやく力が入るようになった自らのそれを重ねると、想像より遥かに強い力で引き上げられる。


 反動でぐっと近づいた少女から林檎(りんご)のような甘い匂いがふわりと香り、胸が高鳴るのを抑えようと繋がっていた手を離し、軽く息を整える。


 ようやく少しだけ落ち着いた健太は、改めて目の前の、自分の肩ほどの背丈しかない小柄な女の子へ言いたかった言葉を伝える。


「ありがとう、その……えっと」


 お礼を言う健太が口ごもるのを見て、んん、と首を傾げる少女。


 そして、ああっ、と合点(がてん)が行ったように声を上げると、


「あ、自己紹介忘れてました」


「私の名前は、テンシです。健太さん、宜しくお願いします!」


 そう言うとテンシは、人懐っこい笑顔を健太へ向けるのであった。

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