第十五話 赤い瞳、その向こうに映る姿
「ようやく着いた……」
雑貨屋で預かった重い木箱を両手に抱え、昨日案内で通った街の西側の坂道、そして階段を上ること十数分。
大聖堂に着いた頃には、健太の全身からじんわりと汗が滲み出していた。
少し息を整えるため、木箱を地面に置き、汗を拭いながら建物を間近で見上げる。
昨日遠くから見えてはいたが、近くで改めてみるその意匠は、西欧近世の荘厳な大聖堂を連想させる、どこかで見たことがあるようなものであった。
もし携帯端末があったら撮っていただろうなあ、と撮影機材がないのを残念に思いつつ、正門の大きなアーチをくぐる。
入ってすぐ左手に木製のカウンターがあり、その上には呼び鈴と、「瘴気払い、最終転生予約等、御用の際は遠慮なく鳴らして下さい」と丁寧な字で書かれた札が置かれている。
「よっと」
呼び鈴を鳴らすと、チリチリン、と軽やかな音がエントランスに響き渡る。
「はぁーい」
カウンター奥にある扉の中から女性の声が聞こえ、ぱたぱたと足音がした後、扉が開かれる。
「あら、運び屋さんね。いらっしゃーい」
そこから姿を現したのは、紺の修道女服に身を包み、長いプラチナブロンドの髪をフィッシュボーンにした、優しい笑みを浮かべる長身の美しい女性であった。
*
「蝋燭が100、ランタンが20。はい、確かに受け取りました」
女性はそう言うと、受取の画面にサインする。
「ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ。大変だったでしょうに」
重たい荷物を持ったまま、ここまで来るのは一苦労ですもんね、と言いながら、よいしょ、と木箱を軽々と持ち、奥の部屋へ運び入れる。
そして戻ってくると、嬉しそうな顔をしながら、
「じゃあ、せっかく来てくれたんだし、おもてなしするから、お部屋に入って、ね?」
と、健太の手を引っ張り、半ば強引に部屋に招き入れた。
健太が通されたのは縦長の奥行きがある部屋だった。
手前に壁につけた事務机が二つ置かれており、奥の壁際には簡素な木製の丸テーブルが一つと、背もたれの高い椅子が三脚備え付けられている。
また、壁際の高い位置には丸い大きな窓があり、外界の淡い光を室内へ運んでいた。
「自己紹介がまだだったわね、私はマリィ。ここで修道女をさせて頂いております」
マリィはテーブルに置いたティーカップにハーブティーを注ぐ。爽やかな香りが周りを満たす中、向かい合わせに座った健太は、
「あ、僕は健太です。えーと……、ルーキーをしています」
職業的なものが思いつかず、とりあえず今の身分を答える
。
マリィはうふふ、と笑みをこぼすと、少しだけ身を乗り出して、じっと健太を見つめる。
見つめられることに不慣れな健太は、かといって視線を逸らすことも出来ず、どうしたらいいかわからなくなる。
そんな彼をマリィは楽しそうに見つめ続けた後、
「そっかあ。へえ、全然タイプ違うのになあ」
と、小首を傾げながら、首筋に手を当て少し考え込むような素振りを見せる。
そこに少年の視線を感じて、あら、と笑いかける。
「ごめんなさいね。テンシちゃんが紹介したい男の子っていうから、どんな子かと思って」
「あー……」
多分、何か、とても大きな勘違いをされている。
そう健太は思ったが、それより気になる表現があり、聞いてみようかどうしようか、と少し躊躇していると、
「ね、健太さん。テンシちゃんのこと好き?」
いきなりストレートな質問を投げかけられる。
「へえ?!」
思わず変な声が出る健太に、マリィは笑みを浮かべたまま、少しだけ言い直す。
「あ、変な意味じゃなくてね。もっとこう、好きか嫌いかという単純な気持ちの問題ね」
「そりゃ、その二択で行くと……好き、ですけど」
マリィはうんうん、とうなずき、そっかあ、と一言呟くと、
「うん、やっぱりテンシちゃんの見込んだ男の子ね」
とても嬉しそうに、心から嬉しそうに、微笑む。
「あ、それで、ちょっと気になったんですが『タイプ違う』って」
言った後にやっぱり訊かなければ良かった、と少し後悔する。
が、手遅れだった。
マリィは特に気に留めず、さらりと軽い口調で答える。
「うん、クロトさんと全然違うんだもん。テンシちゃんが気にかけるなんて、やっぱ同じタイプの男子かなと思ったんだけど。ほんとびっくり」
それを聞いた少年は、先程より深く、深く後悔した。
*
「そうかあー」
大聖堂からの帰り道。
昨日教えてもらった、紹介所へショートカット出来る陸橋を少年は歩いていく。
運ぶ荷物が無くなり、軽くなったはずの足取りは、重い木箱を抱え、坂道を上っていた行きがけより遥かに重たくなっていた。
先程、マリィが教えてくれたこと。
――ああ、クロトさん? テンシちゃんの彼氏さんですよ。
「そりゃそうだよなあ。あんなに可愛いんだから」
弱冠十七歳の彼にとって、なかなか心にくるものがあった。
タカバヤシクロト、という人らしい。
詳細は教えてもらえなかったが、今はもういないらしい。
……戻れなくなっちゃったのかな。
吹き付ける強い西風のせいか、少しだけ冷静になった頭で、健太は考える。
この世界の余命であるAT。
例外的にその値が極めて高い人間は、長い間この世界に居られるとのことだったが、平均するとこの世界に居られるのは二年程度らしい。
……そういうこと、なのかな。
好きな人との別れ。もう会えなくなるということ。
想像の世界でしかないが、それは。
それはとても、――とても、つらいことだと思う。
「……」
時間帯のせいか、人もまばらな道を夕日がオレンジ色に染める中、少年は思考するのを止め、とぼとぼと力なく歩くのだった。




