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「どちらかといえば、ジャイネス嬢の方が身に覚えがありそうですね。」
朗らかに言うのはエイブラハム伯爵家子息のファビアン・イータス。戯曲家としても活躍する彼は花柳界の貴公子と渾名され、夜が明ければまた違う女性と浮き名を流すともっぱらの噂だ。
芸術の保護者である王家とも懇意にしており、第二王子とも親しかったはずの彼だが、なぜか王太子同様クララの傍に来て喋り始める。第二王子達も困惑しているようだ。
「ご推察の通り、僕はいわゆる間諜という奴でね。噂の真偽を確かめるために、ジャイネス嬢を始め周囲を探っていたという訳ですよ。」
(あっ……。(察し)
ジャイネスを見ると、やはり何かを察したのか絶望した表情をしている。ファビアンの思惑に気付かないまま、何か都合の悪い事を言ったに違いない。
「懇意にしていただいている、信頼のおける御婦人方は口を揃えて仰っていましたよ。クララ令嬢が何かしたという噂の大元を辿ると、さる子爵家の女性に必ず行き着くと。」
「そんな! 私は、本当に……。」
言いながらジャイネスは涙を流す。庇護欲のそそられる様子に、第二王子は彼女の肩を抱きながら非難を浴びせる。
「貴様、言いがかりも甚だしいぞ!」
「それでもお疑いなさる方もいると思いまして、御婦人方に自署をしたためていただいた手紙も預かって参りました。皆様、公爵家の恩を受けていない者はいないとご快諾下さいましたよ。令嬢の名誉のためなら、実名を公表しても構わないと。」
ファビアンが取り出した手紙の束を見た途端に、大粒の涙を湛えていた愛くるしい瞳を見開く。これだけの貴族が、公爵家に仇なす者は総力を上げて潰すとほのめかしているのだ。いくら王族の後ろ盾があろうと、実権のない第二王子では数で押されれば太刀打ちは出来ない。
「そもそも、大半の御婦人はクララ令嬢が『話した』なんて信じていませんでしたけどね。」
(だまらっしゃい。)
貴族夫人達からは会話の内容より、クララが言葉を発する事すら認識されていないらしい。もはや都市伝説の域である。
「そうそう、これも御婦人方の間で噂になっていたのですがね。近頃、貴族や有力者の男性達がこぞってあなたに夢中だとか。既婚も婚約の有無も問わず、ご夫君やご子息に秋波を送られたと、お怒りの方もいらっしゃいましたね。」
「ま、まさか。ジニー、君に限ってそのような事はないだろう。」
「もちろん違います! 皆様、良きお友達ですわ。私が困っていたところを助けて下さって。」
「フィッツベル子爵、バステル伯爵子息ビル・ジェリントン、ゴードン商会子息ポール・ゴードン、」
「やめて!!」
つらつらと男性の名前を挙げるファビアンを遮った事で、第二王子の疑念は確信に変わってしまったらしい。穴があくほどに彼女を見詰めている彼は、きっと愛する女性の言葉を信じて一片たりとも疑わなかったのだろう。
(嘘は嘘であると見抜ける人でないと以下略。)
「だが残念。甘美な言葉を嘯かれちやほやされるのは、見てくれがマシな若い間だけだ。」
「何ですって!」
上っ面もかなぐり捨ててしまったのか、語気を荒げて叫ぶジャイネス。先ほどまでの儚さはどこへ行ってしまったのか。
「そのままの意味だよ。足りないのは貞操観念だけにしてくれたまえ。」
追い打ちをかけたのは、銀行総裁でもあるホークル侯爵の子息ダイ・エイドリアンだ。貿易王と称された祖父譲りの商才で、若年ながら経営陣の一人として王国全土の経済を回している。
「好色爺共が君に買い与えた服や貴金属だが、中途半端にも程がある。意匠も出来映えも三下、値段などまともな貴婦人が身に着けているものと比べるにも値しない。所詮、あちこちに粉を掛けている八方美人の価値など程度が知れている、という事だ。男漁りに夢中になるばかりで、社交界の流儀を親切に教えてくれるご友人もいなかったと見える。」
青ざめた顔を今度は怒りに赤く染めたりと忙しいジャイネスを尻目に、ダイは早口で捲し立てる。
「子爵家の財政事情についても調べたが、収入に対し支出の額が見合わない、つまり単純に散財で財政が傾いているだけだ。貧しい領民に祈りを捧げているとほざいたが、祈りで腹が膨れるのか? 経営の基本はおろか人間の代謝の構造すら知らない愚者は労働階級からやり直せ、はい論破。」
(オッ、辛辣ゥー!)
人間の耳でギリギリ聞き取れるくらいの早口で、先述の取り巻き達の発言を挙げ連ねては論破していく姿に、何となく前世の自分とシンパシーを感じてしまう。だが悲しいかな、同族嫌悪から彼とはあまりお近付きになりたくないと思った。