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「これで、少なくとも我が愚弟は婚約者を蔑ろにし、王族としての礼節も婚約者に対する貞節も持ち合わせないふしだらな人間だという事がご理解いただけただろう。」
慇懃な物言いの王太子にぐうの音も出ないのか、第二王子は額に青筋を立てながらもぶるぶると怒りに震えるだけだった。
「ちなみに、これらの証拠は割と簡単に集まったのだが、何故だと思う。」
無知な幼子を優しく言い聞かせるような声色に、第二王子は更に神経を逆撫でされたようだが、理由については思い当たらないのか返事はない。
「これら全て、新聞社に漏洩されていたものだぞ。」
「ファッ!?」
今度は第二王子が奇声を上げる番だった。王太子が促すと、再び出てくる出てくる紙面の束。ご丁寧に貴族達に新聞を配って回る小姓は、もしや新聞社の回し者か。
「こ、こんな、こんなの、何も。」
今度は違う理由で震えている第二王子にも新聞を手渡す小姓は、控えめに言っても肝が座り過ぎている。そして素直に受け取ってしまう第二王子もいったいなんなのか。
「知らなくて当然だろう。取り沙汰されたのは最近だし、こんな醜聞記事が王家の目に触れたら縊首ものだ。」
(そらそうよ。)
王侯貴族は権力を持つが故に衆目に晒されやすい。その一挙手一投足に注目され、更には王太子に万が一の事態が起きた時の継承者となり得る第二王子に、監視の目がないというのは有り得ない。さすがに事の重大さに気付いたらしいが、むしろどうして今まで思い至らなかったのか、不思議でならない。
「しかし、これではお前達の不健全な醜態を晒しただけだな。この件においてクララ令嬢は完全なる被害者だが、彼女の疑いは晴れていない。」
「そ、そうだ。その女はジニーに様々な嫌がらせをした。私は王族として、臣下である貴族達の憂、」
「はいはーい! それについては僕らにお任せ!」
再び第二王子の発言を遮って現れたのは、場違いなまでに明るいバフロワ伯爵オースリック家の双子の兄弟、キーンとテッセルである。二人はクララの両隣に立ち、人懐っこい笑顔を向ける。彼らは、クララの母方の従弟でもあるのだ。
「まずクララ姉様が客人に、ジャイネス嬢の悪い風評を流したとの事ですが!」
「こちらの家計簿、並びに招待客名簿には、クララ姉様が今季の社交として茶会を催したという記録は一切! そう、一切ございません!」
王太子の真似をして二人が頭上に掲げるのは、クララの母である公爵夫人が管理する書類だった。双子はぴょんぴょんと跳ねながら周りに見せようとするが、先ほどの絵とは違って字が小さすぎて読めないので、二人の頑張りは徒労に終わる事となった。
それを受け取り、マンリー侯爵が中身を検める。
「確かに、公爵夫妻の名義での晩餐会の他に社交の記録はありませんね。不自然な出費も見当たりません。招待客の中にも、クララ令嬢と近い年頃の子女は、親戚筋である数名しかおりません。」
本来なら門外に出す事のない書類を、親戚といえども双子の兄弟へ預けてくれた両親の思いはいかばかりか。公爵家に限ってそんな事はないと信じたいが、帳簿を見公開した結果、悪意を持つ者から僅かな不備すら槍玉に挙げられ、摘発される可能性だってある。
内なるなんJ民のせいで心配ばかりかけてきたというのに、それでも父と母は、不名誉な疑いをかけられた娘のために戦ってくれているのだ。クララの胸に、熱いものが込み上げてくる。
「しかし素晴らしい記帳だ。詳細だが無駄なく整理され、公爵家に往来する馬車の記録まで細かく記されている。クララ令嬢はほとんど外出もされていないようですね。これでは社交界に噂を吹聴して回る暇などありませんが、ジャイネス嬢はいったいどこの誰に突き飛ばされ怪我したというのか。」
(やめてクレメンス……。)
前言撤回。暗に親戚以外とは付き合いのない、根暗ぼっちの引きこもりだと言い触らされている。泣きそう。
深窓の令嬢と言えば聞こえはいいが、彼女は病弱でもなんでもなく、文章が脳内で猛虎弁に変換されてしまうただただ残念な貴族令嬢である。親戚連中といい双子といいマンリー侯爵といい、なぜ彼らはこうも抉った傷に塩を塗っていくのか。絶許。