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前世でどのように死んだかも定かではない。通勤以外は自宅に引き籠もりガチャにイベント周回に同人誌開拓とオタ活に余念のない陰キャであった喪女が、一番くじ目当てにコンビニエンスストアをハシゴなんてしたのがいけなかったのか。買い占めはファンに非ずと、一店舗当たりの上限を決め、ようやくお目当てのグッズを引き当ててからの記憶がない。興奮のあまり血管でも切れたか、または浮かれて飛び出てお決まりの交通事故コースか。いずれにせよせっかくの戦利品を堪能する間もなかったに違いない。
そして気が付くと、なんと生前にプレイしていた恋愛シミュレーションゲームとよく似た世界に転生していたという訳だ。なお死因に繋がった一番くじとは何の関係もない世界である模様。
しかし、彼女がなんJ民になった経緯とは関係があった。完全にビジュアルのみで購入し事前情報なしにプレイした結果、何度周回しても同じキャラクターの同じルートにしか辿り着かなかったため攻略法を探したところ、なぜかまとめサイトを経由して実況板の住人になってしまったのだ。どうしてこうなった。
そしてゲームそっちのけで楽天の試合結果に一喜一憂している頃には立派ななんJ民となり、転生してもなお口を突いて出ようとする猛虎弁を抑え続けたため、物言わぬ令嬢と化してしまったのだ。
「いつもの事だが、声も出せぬようだ。まさか白を切り通せると思っているのではあるまいな。」
(うーんこの。)
もちろんこの手の展開によくあるパティーンで、嫌がらせをされたと訴える女性は、名前を知るどころか本日がはじめましてである。何なら家族や親戚には割と頑張って話しかけていたつもりだったのだが、連中すら自分を無口だと評していたばかりか、あまつさえそれを社交界に言い触らしていた事に憤りを覚えていた。おかしい。こんな事は許されない。
彼女が身内に対して抱いた怨嗟を押し留めている間にも、第二王子は滔々と話し続ける。
「どうだ、これだけ多くの証言が上がっているのだ。全て事実だとすれば、貴族社会は総力を上げて貴様を潰さねばなるまいな。」
(いやソース出せ。)
全く心当たりがない。反論したところで、彼らは聞く耳を持たないだろう。ゲームでは同じルートばかり繰り返していたせいで、この展開は記憶にない。だがどうにも既視感を覚えるのは、片手間に読んだ似たような内容のネット小説のせいかも知れない。
どうしたものかと思案に耽るクララの様子に、彼女が悪行を暴かれ打ちひしがれたと勘違いしたのか、第二王子はとどめとばかりに声を上げた。
「貴様を不敬罪と暴行罪で訴える! 理由はもちろん分かるな? 貴様が彼女をこんな愚劣な手段で辱め、彼女の尊厳を破壊したからだ! 覚悟の準備をしておけ。ちかいうちに訴える。裁判も起こそう。裁判所にも問答無用できてもらうぞ。慰謝料の準備もしておく事だ! 貴様は犯罪者だ! 牢獄にぶち込まれる楽しみにしておくのだな! よいか!」
会場のざわめきが最高潮に達した。もはや何を言っているのか分からないが、その衝撃的な内容に悲鳴を上げ、中には傍観者であるにも関わらず失神する女性さえいた。群衆の反応に満足したのか、勝ち誇ったように彼らは笑う。
(なにわろとんねん。)
見るとジャイネスとかいう女性も、先ほどの憂い顔など嘘のように微笑んでいる。しかし女性を中心とした第二王子一派は、何らおかしいとは感じていないらしい。
「殿下。」
全く聞き覚えのない声がした。今まで隣の第二王子に全てを委ねてきた女性が、初めて口を開いたのだ。懇願するような声色と、潤んだ瞳で。
「私、そこまでの処遇は望んでおりません。確かに、クララ様に疎まれて、私……悲しかったです。でも私が殿下と出会わなければ、クララ様が嫉妬に駆られる事もなかったはずですもの。」
(熱い手のひら返しィ!)
さっきまで成し遂げた顔でわろてたやんけ、とはとても言えない雰囲気である。加害者に対する懐の深さを見せ付ける大事な局面に、感極まったように王子は語り出す。
「それは違うぞ、ジニー。どんな理由があったにせよ、あの女のした事は貴族として、いや人間としても最低な行為だ。そなたは何も悪くない。だから、出会わなければ良かったなどとは言わないでくれ。」
「殿下……。」
とうとう愛称で呼び始め、会場の空気そっちのけでうっとりと見つめ合う二人に、取り巻き達は優しい眼差しを送る。唐突に始まるメロドラマ。ここがあの女のハーレムね。すごいぞ、逆ハールートは本当にあるんだ!
テンプレ通りの展開だが、実際に経験するとこれほどまでにキツいのか。共感性羞恥なんてレベルじゃない。貴族達の間にも何を見せられているんだ、という空気が漂い始めた辺りで、ようやく彼は顔を上げる。
「だがジニー、優しい君が例えどんなに懇願しようとも、私があの女を許す事は出来ぬ。聖母の如き慈悲を湛える彼女に比べ、貴様のように悪辣外道の女は、将来の国母たる我が伴侶として不相応である! よって私はこの場において告げる。イーグル公爵テンス家クララ令嬢との婚約破棄を宣言する!」
更に第二王子は続ける。
「そして、この女が淑女にあるまじき下劣で低俗な行為により社交界の品位を落とした事は確定的に明らか! このような人間が貴族を名乗る事は社会全体に悪影響を与え、かつて革命が起きたように民草に付け入る隙を与え、階級制度を揺るがす事態となるだろう! よってクララ令嬢を貴族籍から除外し、その身を国外へ追放する事とする!」
(さすがの私もそれは引くわ。)
いわゆる転生者であるクララだが、貴族として育てられれば自国の歴史も当然ながら学ぶ。革命の発端は統治者である国王の力不足によるもので、何ならその革命によって多数の平民が台頭し、貴族社会の仲間入りをしてきたのである。自分の継統への理解度もさる事ながら、愛する女性の出自すら否定しかねない発言をした事に気付いていないらしい。
(うわっ……。王子の知能、低すぎ……?)
一方的に婚約破棄を告げた側が醜態を晒すのがお決まりとはいえ、自国の将来がこんなに不安になるとは思わなかった。こんなアホの王族がいる国を見限って、さっさと社交界からドロップアウトするのも有りかと考えたクララだが、続く言葉に目を見開く事となった。
「更に、イーグル公爵は王家への爵位返還を以てその罪を家門全体で償うものとする! 貴様らは貴族としての権利を全て失うものと心得よ!」
「ファッ!?」
(なんでや! 両親関係ないやろ!)
とんでもない暴論に、つい声が漏れてしまった。爵位というのは基本的に所領を得た貴族に付随するものであり、その返還はすなわち、領地と領民はおろか住む家すら失うという事だ。
冤罪もいいところだが、これが事実だとしても二度の革命が起きた現在、国王以外の継承権保持者が爵位の剥奪を宣言すれば議会との対立を呼び起こし、ひいては自らを主権者と僭称したクーデターと見なされてもおかしくない。自分の知らぬ内に暴走していた愚兄はどうでもいいが、今生にも自分を愛情深く育ててくれた両親がいるのだ。そして貴族である自分達を支えてくれた領民達も、こんな馬鹿のいる王家に併合されるなど、これからどうなってしまうか分からないではないか。
(落ち着くんだ……、『素数』を数えて落ち着くんだ……α^p-1≡1(mod p))
許嫁でありながら王家の迎えがない事を心配し、一緒に登城しようとする両親を連れて来なくて本当に良かったとクララは思う。この展開は予測していなかったが、今だに喧騒が収まらないところを見るに、貴族の間でもこの沙汰は異常なのではないか。
ふと周りを見ると、元より閑散としていたクララの周囲はすっかり人波が引いていた。代わりに、軍服を纏った体格の良い男性達がこちらを注視している。もしかすると、先ほどからざわざわしていたのは彼らのせいか。
(アカン。)
そうクララが思ったのと同時に、第二王子はとびきり良い笑顔で命令を下した。
「この国の秩序を乱す悪女を捕えろ!」
どこぞの怪盗をとっ捕まえる警部よろしく飛び掛かって来る事はなかったが、打ち合わせでもしたかのような無駄のない無駄に洗練された挙動で軍人達が近付いてくる。
(オワタ。)
テンプレ通りなら悪役令嬢に恋心を抱いていた元婚約者の上位互換的イケメンが婚約破棄を幸いと略奪婚に至るのだが、クララは社交界で黙ってばかりいるので、イケメン達は関わるのをやめてしまいました。猛虎弁のせいです。あ〜あ。
「そこまで。」
ワザップ王子