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テンプレ悪役令嬢に転生した私、前世はなんJ民でした  作者: 鈴木叶緒
ワイ嬢、悪役令嬢じゃなかった件
15/16

誤字ではない

「ずっと、悩んでいたのです。」

 紅茶と両親を前に、心境を吐露する。




 情報処理能力に負荷がかかった故のシャットダウンだったが、泥のように眠ったおかげでクララは両親の事をすっかり忘れていた。馬車で気を失ったクララを見て、両親にどれだけの心労をかけたか。屋敷に着く頃には、王宮から今回の騒動に関しての謝罪も届いていただろう。

 起床の確認に来た使用人はクララの元気な姿を見て泣いて喜び、クララの無事を知らされた両親も泣いて喜んだ。大袈裟だと思ったが、この時代の貴族令嬢はほとんどが深窓のお嬢様だし、実際に心配させたのだから何も言えない。


 寝間着には着替えさせられたものの、夜会帰りのままだったため朝食の前に湯浴みの準備を頼む。

 テムズ川で数年前に発生した公害の対策により、ロンドンの下水道は急速に整備された。公爵家の財力に物を言わせて作らせたバスルームも排水設備はきちんと確保されており、一階から水を運ぶ手間はあるものの、クララは浴室に設置した暖炉で、手ずから沸かした湯を浴槽に入れる。普通の令嬢ならば絶対にしない行為だが、二十一世紀の元社畜は、権力者といえど労働力にあぐらをかく事はなるべくしたくなかった。


 壁に取り付けられたタンクの鎖を引けば蓋が開き、無数の穴から湯が流れ出す。位置エネルギーだけの原始的なシャワーだ。容量には限界がある上に水圧も弱まってくるので、使うのは洗髪後に石鹸を流す時だけである。それ以外は洗髪前でさえ、浴槽から手桶で豪快に湯を掬い、豪快に頭を流す。銭湯で水垢離さながらに湯を被る老人のように。男湯に入った経験はないけれども。




 クララにはテクノロジーチートなどなかった。前世は派遣の事務職で、アフターファイブにも合コンにも誘われず、休日はヲタ活に勤しむ健全な喪女だった。普段話しているキングズ・イングリッシュでさえ、幼い頃からの研鑽によって獲得した言語能力だ。生まれた時から英国人に囲まれているし、中身に関わらず自身も英国人なので当然と言えば当然だが。

 なので上下水道の普及もシャワータンクも、時代に則した技術である。一つ困った事といえば、元来のシャワーは穴が大きく水圧が強かったため、女性には刺激が強いとされ専ら男性の使うものという認識だった事だ。しかし頭皮への影響など考えもしない時代、固形石鹸で洗った髪を片手のみで流すのは不安が残る。


 そこで令和からの異邦人が捻り出したテクノロジーは、シャワーの穴を小さく、かつたくさん開ける事だった。前世でレビューや動画とにらめっこしながら自力でシャワーヘッドを取り付けた結果得られた、繊細なるエンジェルフォール。節水にもなる上に、強すぎるシャワーは頭上が枯れ野原になると耳打ちしたところ、父親が瞬く間に改造シャワーを普及させた。

 こうして、公爵家は頭髪の安寧を手に入れたのだった。




 体は手桶でざぶざぶと流し、湯を足した浴槽に浸かりながらクララは考える。本当は先に湯に浸かって頭皮の皮脂を浮かせてから洗髪するのが一番だが、全身を一度に洗ってしまうのがシャワーだけで済ませる事の多かった元現代人の性である。


(言い訳をどうするか。)

 婚約解消に関して、クララは冤罪もでっち上げられた被害者である。しかし、政略結婚とはいえ両親は当然この縁談を歓迎していた。クララ自身も、面倒な恋愛を飛び越して結婚出産永久就職と、王族として多少の仕事はあれど食いっぱぐれないために貴族子女として当たり前の努力はしてきた。

 それを円満とはいえ解消するとなった今、次の就職先もとい結婚相手をどう捻出するか。騒動の顛末を知ってなお面白おかしく吹聴する輩も出るだろう。クララは何も悪くないとはいえ、火のないところに煙は立たぬと邪推するのが社交界だ。昨晩の別れ際に王太子が何か言っていた気もするが、今のクララは手負いの虎だ。疑心暗鬼になって然るべきである。




 そして、現在に至る。


「家庭教師に学んでも、滑舌の悪さは一向に良くならず。それを恥じて会話をするのが苦痛と感じるようになってしまいました。」

 実際はなんJ板で培われた猛虎弁が口を突いて出ようとするため、極力喋らないようにしていたのだが。

「タイガー公に愛想を尽かされてしまったのも、元はと言えば私の滑舌のせいなのです。快活で可愛らしい女性に目移りしてしまうのも、仕方のない事ですわ。」


 昨晩、早馬で知らされた騒動の謝罪に対し、父である公爵は冷静に「娘から詳細を聞いた上で判断したい」と返事を保留にしたらしい。それは裏を返せば、すぐに許す気はないという意思表示である。

「ですが私、今回の件で決意いたしました。このような滑舌の悪さでは、王族の一員として不足でしょう。婚約解消は、謹んでお受けしたいと存じますわゾ。」

 公爵夫妻は、子供の幸せを一番に願っている。自分に非がないと理解していても、王家を庇うその清らかさに、感動すら覚えていた。

「そして、今まで滑舌を恥じて交流を断って参りましたが、今後はもっと見識を広めたいと思います。あの騒動でも、私を助けて下さったのは面識のない方々でしたもの。」

 猛虎弁を恐れるあまり、口数そのものを減らしたのは悪手だった。その結果があの糾弾劇だったのだから。インターネッツなどない、今生きている世界がクララにとって全てだ。それならば、ありのままに、多少わがままでも自分の人生を生きよう。


「きっと、今からでも遅くはないと思いましたの。社交の苦手な私でも、皆様に受け入れていただけるよう研鑽を積みますわよ。いずれ私を娶ってくださる殿方のためにも。」

 そう決意した時、胸に抱えていたわだかまりが解けたようにクララは晴れやかな気分を感じた。前世も、今まで偽ってきた自分をも受け入れ、まるで生まれ変わったように。

「お父様、お母様。ご迷惑をおかけしました。でも、私はもう大丈夫ですわゾ。お父様とお母様、そして王家のご判断に全てお任せしとうございますわよ。」

「クララ、一つだけ聞かせてくれ。お前が案じていた事は、滑舌の悪さだけなんだね?」

「そうですわが?」


 クララは言葉の端々に猛虎弁を織り交ぜて嗜むクリーチャー、ではなく令嬢に進化した。それは婚約破棄からカタルシスを経てなんJ民であった前世を受け入れたクララの抱いた決意によるものであり、分かりやすく言えば言葉遣いで気を揉むのが面倒臭くなったのだ。

 何かがおかしい。公爵夫妻のみならず、その場にいた家令や給仕の使用人も感じていたが、滑舌のせいと言い張るクララを前に口を噤むしかなかった。


クララはなんJお嬢様部員になった

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