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まさかの続投
好奇の視線、嘲笑と侮蔑。知っている人も知らない人も、口々に罵声を浴びせる。視界が暗転するが、意識は途切れない。一人で何もない闇を彷徨い、自分が呼吸をしているかすら定かではない。
早く、早く。ここから逃げなければ。そう思考は急くのに、体は前に進まない。体が浮いているからだ。足をばたつかせても、泳ぐように腕で空気を掻き分けても、のろのろと動くだけで。
もう、諦めてしまおうか。そう思った途端、体は重力に従い真っ逆さまに落ちていく。周りは暗闇だというのに、そう感じるのもおかしなものだ。どこまで落ちるのだろう。
ああ、きっともうすぐ底辺だ。不意にそう感じ、ぎゅっと目を閉じた瞬間。
「ちくわ大明神。」
「誰だ今の。」
嫌な夢を見た。見様見真似で馬車を操縦したら接触事故を起こし、めちゃくちゃ怒られた上になぜか歯が抜けて口内で砕けてジャリジャリになった夢と同じくらいの嫌さ。あの感覚は現実で体験した事など一度もないのに妙にリアルでげんなりする。
見知った天井。埃が積もるからと天蓋を外させた代わりにカーテンを増強させた寝室は、入眠も寝心地も最高である。たまたま今日はすこぶる夢見が悪かっただけで。
ぼんやりする頭でぐったりしている体を動かさせ、カーテン、続いて窓を開ける。セロトニンが足りていない。日光を浴びてビタミンDを生成するのだ。この時代にビタミンの概念があるのかどうかは分からない。
眼前に広がるのは、豊かな牧草地と収穫を待つばかりの麦畑。空は明るく、草を刈り取る大人の傍で子供達がはしゃぎ回っている。
ビルに挟まれた大通り。早朝の静かなアーケード。遅延証明書を出してくれない運転手。そんなものは、この世界のどこにもない。
あの夢は、かつての現実だ。そして今あるこの景色も、紛れもない現実。
前世の記憶を持ったまま、クララは生まれ変わった。そんな自分自身を恐れた事もあった。それでも、この体で地に足を着け生きているのは自分だ。
ありのままに、自分を受け入れよう。目の前にどのような困難があるのか分からないが、目を背けただ怖がっているだけでは駄目なのだ。それを乗り越えた先に得られる何かがあると信じて。
顔を洗い、長く豊かな髪を三編みに結う。ドレスには届かない長さのスカートの下には、ドロワーズも欠かさない。
公爵家の領地に戻ってすぐに整えさせた庭園の一角は、クララのお気に入りの場所だ。朝食よりも早く、ここで胸いっぱいに吸い込む空気は格別だ。全身がほぐれると同時にみなぎる衝動のまま、クララは口を開いた。
「やきうのじかんだあああああ!!」
転生した貴族令嬢は、前世ではROM専のなんJ民だった。
ここでいうROM専とは、野球中継は見るけど実際の野球経験はない事を表しています。
バッティングセンター不可。