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焚き火でさつまいもと鈴カステラ焼いてたら遅くなりました。ごめんなさい。
おいしかったです。
「さて、また千紫万紅の花畑に戻りますか。」
「野次馬達の対応をお任せしてしまい、申し訳ありません。何せあの騒動の後ですから。」
クララがこの部屋に連れてこられた後も、彼らは広間に留まっていたらしい。群衆の反応がどうだったかは想像に難くないが、その後始末もしていてくれたとは、ただただ頭の下がる思いだ。
「そうでもありませんよ。当事者であるクララ令嬢がいなければ、消去法で女性は僕の方に集まって来ますからね。ちょっとした役得ですよ。」
「俺は帰る。あんな面倒事はごめんだ。」
「姉様、戻って一緒に踊ろうよ! 僕たちが完璧にエスコートしてあげる!」
それぞれクララの手を取り、紳士らしくお辞儀をする双子に何だか後ろめたいほどのときめきを覚える。ついお誘いを受けようとしたクララだが。
「彼女は疲れているのだ、屋敷で休ませた方が良いだろう。私が馬車回しまで送っていく。」
双子を制したのは王太子だった。従姉を取られた二人は抗議するが、幼いとはいえ王族に逆らうほど世間知らずではない。
「じゃあ一緒に帰ろうよ、姉様。」
「僕らの馬車に乗せてあげるよ!」
「君達は兄君である男爵夫妻と登城しただろう。公爵には最後まで彼らに引率させると約束したのだ。それに、馬車に全員を乗せるのは無理だ。」
すでに言伝はしておいたと、王太子は不承不承の様子でごねる双子を部屋から追い出しにかかる。
「王太子だからって全部思い通りになるとは思わない事ですね。」
「僕らの方が姉様と過ごした時間は多いんですから。」
「言ってろ、マセガキども。」
急に険悪な空気になった三人に驚いたが、双子はクララの顔を見た途端「おやすみ、姉様! また明日ね。」と何事もなかったように別れを告げた。明日も屋敷に来るのか、楽しみだ。そう思いながら二人を見送る。
「公爵家の馬車は裏に回すよう指示した。少し遠回りになってしまうが、辛抱してくれ。」
「殿下。あの子達が失礼を、」
「心配するな、気にしておらぬ。」
そうは言うが、子供とはいえ身内の無礼にひやひやする。協力関係にあったはずだが、もしかしてあまり仲は良くないのだろうか。
「それよりも婚約の件だが、君はどうするつもりでいるんだ。」
(グエー死んだンゴ。)
どうするも何も、身分に関わらずこの時代の女性に結婚相手や職業の選択肢はほとんどないはずだ。自分に非がない場合でも、醜聞によって結婚が遠のく事はよくある。国王との会話も聞いていたはずだが、これ以上の死体蹴りはやめてほしい。クララのライフは0だ。
「私は両親の決定に従う所存でございます。」
「ああ、違う。誤解させてしまったようだが、その、好いた相手などはいるのかと。このような結果となってしまったが、君自身は弟をどう思っているか聞きたくてな。」
どうやら王太子は気遣ってくれていたらしい。勘違いしてしまい申し訳なく思う。だがそれを聞かれたところでクララの回答に変わりはない。
「想い合ったお方と共に在るのが、最良であると存じます。私は、家族を大事にしてくださる方であれば。」
出来れば愛し合う者同士で結ばれるのが一番だが、そうでなくとも子供は出来る。貴族は結婚後でも恋愛するし、相手が伴侶以外でも目くじらを立てないのが暗黙の了解だ。女性にはいつだって貞淑さが求められるが、かつては王族の愛妾も国家に必要な役回りだった。
婚姻関係が法で整備されていた前世では到底受け入れられない考えだが、この世界に生まれ落ちて十数年経っている。両親は恋愛結婚ではないが、全くの政略結婚でもない。睦まじい二人を見てきたが、そうではない人々がいる事も理解している。せめて家柄を重視する人であれば、家族の事も無下にはしないだろうと考えたのだ。
そう言うと、王太子は押し黙ってしまった。自身の意見は貴族として間違っていないはずだが、王太子の望む答えではなかったかとクララは不安になる。
だが次の瞬間、嫣然と王太子は告げた。
「では、私が求婚しても構わないという事だな。」
聞き慣れない言葉に、一瞬だけ思考が止まる。それもそのはず、求婚などされた事がないのだから。結婚は家同士で決め、家同士で結ぶもの。現にクララも、そうやって王家と縁付いてきたのだ。
つまりは第二王子ではなく王太子と結婚すると、話の流れからようやく理解できた。そして、一つの答えに行き着いた。
「ご配慮いただき、ありがとうございます。」
婚約者ですら頻繁には会わなかったのに、その兄ともなれば接点を探す方が難しい。つまり、これは社交辞令だ。前世から通算恋愛経験0%だが、鈍感主人公ではあるまいしさすがに勘違いはしない。それに、フラグが立てば悪者は破滅すると相場が決まっている。ゲームの内容なんて忘れてしまったが、回避できるものならした方が良い。
気遣ってもらった事に感謝を述べれば、王太子は鷹揚に頷く。対応を間違えていないようで良かった。御者に伝令したとの報告が届き、ようやく部屋を出た。
王太子に先導されて歩き出す。広い王宮だが、すれ違うのは警備や使用人ばかりだった。移動経路も人目を避けてくれているのだろう。感謝の気持ちとは裏腹に、気の利いた世間話ひとつ出来ない自分のコミュニケーション能力に絶望する。沈黙にいたたまれない思いをするのはコミュ障の性だが、相手が王族となれば尚更だ。
ようやく裏口に付くと、見慣れた自家の馬車が停まっている。傍に控えていた警備が、異常はなかったと王太子に報告する。移動の指示だけでなく舞踏会での騒ぎも耳にしたはずだ、御者もよほど驚いただろう。後で労ってやらねばなるまい。
御者が気付いて降りるより先に、王太子が扉を開けて馬車内部を確認する。自家に他者を害する意思など全くないが、それでも万が一の事があったらどうするのかと
御者と共に慌てふためく。騒ぎの余波を警戒して馬車の方も検めたはずだが、警備でさえも王太子本人が確認するとは思わないだろう。
緊張した面持ちの臣下を尻目に、納得したらしい王太子が安全確認を終えた。更に、御者が踏み台を置くや否や王太子はさっと馬車に乗り込み、身をかがめて手を差し出してきた。王族としての責任があるとはいえ、ここまでされるのは本当に精神が保たない。
しかし断る訳にもいかず、エスコートされるままステップを上がり腰を降ろす。一通り身繕いをすればようやく満足したかのように頷き、王太子が短く暇を告げる。本日で何度目か分からない謝意を表すと、不意に王太子の顔が近付いて。
「先ほど言った私の気持ちは、本当だぞ。」
耳にかかる吐息の感触すらそのままに顔を上げると、軽快にステップを降りた彼の足はすでに地に着いていた。その意図を問う間もないまま、彼の手によって扉が閉じられてしまう。
動き出す馬車に慌てて腰を上げ窓に張り付くと、クララの行動が意外だったかのように瞬き、そして綻ぶように笑った。手を軽く挙げながら口を開いたのは、なんと言ったのだろうか。
その瞬間、何かの記憶が頭の中に流れ込んできた。自分のものでありながら、自分のものではない記憶。
(うっ、頭が……。)
そうだ、思い出した。
ここは『乙女ゲーム』の世界だが、それだけではなかったのだ。
視界が暗転する。
お読みいただき、ありがとうございました。
最後におまけを追加しますが、本編とは関係ありませんのでこれにて終了となります。
実は猛虎弁エアプです。ごめんなさい。
なんJ板以外のネタも含まれていますがご了承ください。