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自由と悪夢

「っは、うっ…ゴホゴホ」


呼吸を忘れた生き物が、思い出したかのように息をすると逆に苦しくなる。

肺一杯に空気を吸い込み、また吐き出す。

呼吸が少し落ち着くと、見慣れない風景だと辺りを見渡した。


目の前の天井に向かって伸ばされた手が目にはいる。干からびた手とは違う。だけど、食べ物に困らなかった時のようなみずみずしい汚れのない手とも違う。

煤けた小汚い手。それに少し骨ばってる。

見たこともない手に呆然とする。しかし、握れと思えばその手は拳をつくり、開けと思えばその手は5本の指をぴんと伸ばす。自分の思い通りになる手に背筋に冷や汗がつたう。


どういうこと?わたし死んだはずなのに…


自分のおかれた状況を整理しようにも、混乱して思うように頭が働かない。


この体は誰なの?


ペタペタと顔や体を触ってみるも、以前の顔体(かたち)ではないことはわかった。髪の毛も汚れてていまいちわからないが、灰色の髪の毛のようだ。腰まであるくらいの長さはあるが、手入れは全くされていないようでほつれやきしみが目立つ。

ただ分かるのは、以前のわたしよりも胸は大きい。少し痩けた体でもとても強調されている。

思わず、むっとなった。

そして、手の大きさからも以前のわたしと同じくらいの年齢なんだと思う。


肘をつき上体を少し起こした。

寝ているのは間違いなくベッドだろう。だけど、天蓋もなければ、ふかふかのスプリングのきいたマットレスもない。たくさんのレースかあしらわれた軽い掛け布団もない。薄汚れた重たい掛け布団に、ぺちゃんこで硬い敷き布団。いつから洗ってないのだろうか。布団をたたくと舞い踊る埃。


汚すぎる…


自分が身に付けている衣服を見てもくたくたの薄汚れたワンピース。

この家は貧しい家なのね。

ため息が何度もでる。

何不自由なく生きていたあの頃に、この場所に来ていたらきっと発狂してたと思う。だけど、あの地獄の日々があったから、汚れてはいても傷のない体をみて、それだけで良いと思わせる。


この体は誰なの。なにかないのかしら。


ベッドから立ち上がると、自分の体じゃないみたいに足の力が抜けへたりと床に座り込んでしまった。どさっと音がなり、打ち付けたお尻が痛い。

お尻を擦っているうちに徐々に痛みは軽くなっていく。

またため息がでた。


自由にならない体ね。


でも、拷問で変形した足を思い返すとまだ普通に立てた体で十分だと思った。今度は足に神経を集中し、ゆっくりと立ち上がる。立ち上がって安定したのを確かめてから、次はその場で足踏みをしてみた。最初はぐらつきそうになったが、慣れると安定した。それから、一歩、前へ歩みを進めた。


うん、大丈夫。歩ける。


いつぶりだろうか。自然と口元が緩んだ。


木造の建物。天井の木はひび割れが目立つ。壁はところどころ継ぎ足された修復の跡がある。窓は1つ。でも、穴が開いたのを木で補修した跡もある。

扉は1つ。ゆっくりと押していく。ぎぃという鈍い音がとても耳障りだ。

扉の向こうには、台所と今にも壊れそうな机と椅子。以前の湯浴み場の半分もない広さ。だけど、とろこどころ割れているこれはきっと食器。だとしたら、ここは食堂か台所ということになる。


ここにも誰もいない。一体何人で住んでいるのでしょう?


一人でも手狭だと思うけど、あの牢獄を思えばなんだって許せるってものだ。

机の奥にさらに扉を見つけた。そこを押していくと、風がすぅっと頬を撫でた。久しぶりの外の空気にさらに口元が綻ぶ。そして、目の前の景色にごくっと喉が鳴った。

そして、なぜだか涙が頬を伝った。


森林の開けた場所にこの建物は建っていた。草や花や、少し離れて木々が覆いつくす林がある。

人里離れた場所になるのか、周りに民家はひとつとして見当たらなかった。

久しぶりの外の景色。日の当たらない牢獄で夢に見た日の当たる場所。


解放された。

自由になった。


わたしを辱しめるものはもういない。


その場にへたりこみ、みっともないくらい大声で泣き叫んだ。


もうこんな声出ないと思ってた。

もうこんなに涙出ないと思ってた。

もう外の世界には出られないと思ってた。

もうこの瞳で、この鼻で、この耳で、この世界のあらゆるものを感じることもできないと思ってた。


生きてる。

生きてる。

生きてる。


わたしは、…自由だ。



夕日が沈んでいく。暗くなり始めると、獣の鳴き声が大きくなってきたように思う。灯りを探すも、ランプがどこにあるのかわからない。

段々と暗くなっていき、真っ暗な牢獄を思い出し身震いする。体を這う小さな生物。鼠かヤモリか、ゴキブリか。なにかもわからないのに、身体中を這う感覚だけは生々しく覚えている。それに、真新しい傷を通ったあとは、さらに傷口がズキズキと痛んだ。


怖い


もう手枷もない、足枷もないのに、まるでそこが牢獄で拘束されてるかのように体が動かない。震える手で自分を掻き抱く。

恐怖で涙が溢れだす。


お父様!

お母様!

お兄様!

ユレン!


家族を呼んでも返事はない。

家族がわたしの名前を悲鳴じみた声で呼ぶ声が頭を反芻する。

呼ばないで。お願い。そんな声で呼ばないで。

両手で耳を塞ぐも頭の中の声はなりやまない。

ユレンがわたしの目の前で串刺しにされた映像が再び脳内で再生される。


声にならない叫びをあげながらわたしは再び意識を手放した。



目が覚めると机の横で倒れていた。

窓から白んだ灯りが入っている。夜が過ぎた安心から、また涙が溢れた。

家族の悪夢で全く眠れなかった牢獄を思うと、意識を手放してでも寝られたのだから良かったのだろうと考えを切り替えることとした。


明るいうちに灯りを探さなきゃ。


ゆっくりと立ち上がる。すると空腹の警笛が自分のお腹から聞こえてきた。


あっ、そういえば何も食べてないのか


辺りを見渡すと、食器棚らしき棚の横に長細い箱形のなにかかあった。それに近づき表面を触ってみる。つるつるとした素材に少しひんやりとした感覚。もしやこれは保冷庫かもしれない、そう考え開けるための取っ手を探す。

表面や枠を撫でているうちに、右下の枠の辺りに窪みを見つけた。そこに手を当て、自分の方に引っ張った。


開いた


中を覗き込むと、誰かが作った料理が何品か保管されていた。

ごくっと喉がなる。いつぶりのまともなご飯だろうか。


これはサラダ?あっお肉もある!


1つのお皿を見ては中を確認し、全部のお皿を確認したところで、お肉の炒め物らしきものを取り出し机に置いた。食器棚らしき棚の扉と引き出しを開けてフォークを探す。早く食べたいとそそる気持ちはあるが、手で食べるわけにはいかないと王女だったころの教養が根付いていた。

フォークを見つけ、椅子に座る。

すでに一口の大きさに切り揃えられたお肉にフォークを突き刺す。恐る恐る口元に運ぶ。少しだけ舌を出してお肉を嘗めてみた。舌がピリピリした感じもなく、腐ったような酸っぱさや腐敗した匂いもない。大きくクチを開けて一口でかぶりついた。咀嚼していくとハーブかなにかの独特の苦味とお肉の旨味が口の中に広がっていく。久しぶりの食事と美味しさへの嬉しさで、口の中のお肉を飲み込むと次から次にお皿のお肉を口に入れ頬張る。


美味しい

美味しい

美味しい


お肉一皿。たったそれだけ。味も見た目もなんの変哲もない普通の料理。

だけど、溢れんばかりの幸せを噛み締めている。

自然と涙がこぼれる。

昨日から何回泣いているのかと自分でも少しずつ呆れるくらいだが、こんな些細なことに幸せを感じられる自分が今はなんたか誇らしい気持ちになった。

それは、あのような地獄から抜け出せたからかもしれないし、あんな贅沢な暮らしをしなくても身近なことに幸せを見つけられることが嬉しいからかもしれない。


読んでくださりありがとうございます

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