ダンジョンマスターになろう
はじめまして。
センチメンタルアスパラガスと申します。
最後までお付き合いいただければ幸いです。
小学校高学年くらいから“自分と他人の境界を認知出来る”ようになり、“他人の気持ちを考えることが出来る”ようになる。
家に引きこもっていたりせずに、他の人と交流することで自然とそういうコミュニケーション能力を身につけるのだそうだ。
「なので、他の人が嫌がることを自分から進んでやるようにしましょうね!」と担任の先生が言った。
おばあちゃんも言っていた。“因果応報”。良いことをすれば良いことが、悪いことをすれば悪いことが、巡り巡って自分に帰ってくる、のだそうだ。
私はしっかりとコミュニケーション能力を身につけたはずと、みんながやりたがらないトイレ掃除の担当になった。ウサギ小屋の片付けも積極的にしたし、教室から遠い焼却炉へのゴミ捨ても替わってあげたりした。
他の人が嫌がることなので進んでするべきだし、良いことなので巡り巡って私に良いことが帰ってくると思ったのだ。
〇〇〇
だけど、現実はちょっと違った。
「お前、良い子ぶってんじゃねーよ」と斉藤くんに絡まれるようになったのだ。
斉藤くんは乱暴なので、あまり関わりたくなかったのだけれども、「人が嫌がることを進んでやりましょう」と先生が言っていたので、自分が正しいと思った。
なので、思わず言い返してしまったのだ。
「他の人が嫌がることを進んでやりましょうって先生が言ってたじゃない!」
「じゃあ!嫌がることを進んでやってやるよ!」
その日から斉藤くんが私に嫌がらせをするようになった。授業中消しゴムのカケラを投げてくるし、顔や体型の悪口を言ったりしてくる。
その悪口が面白かったみたいで、斉藤くんの友達も私のことを変なあだ名で呼ぶようになった。
最初は何人かの女の子の友達が「嫌がることを進んでするっていうのはそういうことじゃないでしょ!」と反論してくれたりしたのだけれども、そのうち斉藤くん達に同調したグループの女子が嫌がらせに参加するようになった。
気づいたら、仲の良かった子は嫌がらせに巻き込まれないように、と私を避けるようになっていた。
飽きてやめるんじゃないか、と放っていたのも良くなかったみたいで、何をしてもいいサンドバッグみたいに扱われるようになった。
今まで会話をしたことあった子や一緒に遊んだこともあった子達も含めて、女の子全員から無視されるようになった。 話しかけたこともない男の子からも、何か投げられるようになった。
私の机の周りだけ掃除されていないことや、机に落書きをされることもあった。
こそっと聞き耳を立ててみたら、嫌がった反応で点数をつけて遊んでいるらしいのだ。 斎藤くんは、これを“ブス子ゲーム”と呼んでいた。
先生に相談して注意してもらったが、「チクッてんじゃねーよ」と陰口を言われたり、「アンタのせいで怒られたじゃん」と女の子に囲まれたりした。
叩かれたりはなかったけど、とても怖かった。
それから時々、筆箱の中に悪口を書いた紙が入っていたり、お気に入りの筆記用具を隠されたりするようになった。
その度に先生に相談したけど、注意の度に嫌がらせが酷くなる一方だった。
先生も注意以上のことはしてくれなくなったし、「君の方に何か問題はなかった?心当たりはない?」と原因を私に求めるようになった。
最初以外の注意も、全然熱がこもっていない、連絡事項のついでのような注意だった。
学校は敵だらけ、だとわかった。
休み時間は図書館で過ごすようにしたし、授業が終わる度に物を盗られないようにロッカーに入れて、鍵をかけるようにした。
良いことをすれば良いことが返ってくる、というおばあちゃんの言葉を信じて、見えないところの掃除や気遣いだけは続けていた。
だけども、みんなは飽きもせずに、私に嫌がらせを続けた。
体育館の裏に呼び出されて、言葉のリンチを受けた。上靴を隠されたので、体育ができないこともあった。トイレに入った時に、上から水をかけられたこともあった。
お地蔵様の頭が体操服の袋から出てきて泣きそうになったりもした。育てていた朝顔にたくさん青虫をつけられていることもあった。我慢して割りばしで除けていたら「虫食べてるー、きもいー」とバカにされた。除けた青虫を帰り道に投げられたりしたので、人がいなくなるまで近くのお堂に隠れなくちゃいけないこともあった。
ある日、持ってきてもいない玩具が私の机の中から出てきた。先生に職員室に来るように言われた。
私は反論をしたけれども私の意見も聞かずに、先生は私に反省文を書くように言った。
その後も何回か、していないことの反省文を書かされたことがあったが、提出した反省文を焼却炉の横でみつけてからは、真面目に弁解を書いても無駄なんだな、と諦めた。
適当に書いても書き直しを言われることはなかった。
〇〇〇
小学校最後の夏休み前日。
今日は大掃除だ。
本当はグループでするはずのウサギ小屋掃除だけど、誰も私の掃除を手伝ってくれなくなり、一人でウサギ小屋を掃除していた。
もうすぐ終わりと思い、小屋の外に出ようとしたが、扉は開かなかった。外から鍵をかけられていたのだ。
誰がかけたかはわからないが、終礼の時間には間に合わないだろうな、と思った。また意味のない反省文を書かされて、そのうちゴミに出されるのだろう。
泣かないように我慢をしていた。
泣いても誰も助けてくれないし、泣ければそれを材料に笑われて、さらにいじめられる。
願わくばクラスの子じゃない誰かが気づいてくれるまで、ウサギを撫でて時間を潰すことにした。
しばらく撫でていると、声をかけられた。
しかし、小屋の外には誰もいない。
うさぎが喋るわけがないので、周りを見渡すと、声はウサギの巣穴から聞こえてくるようだった。
「うむ、何をしているのかね?お嬢さん」と変わった声のかけられ方をした。お芝居みたいだなぁ、とか思った。
「いじめられてウサギ小屋に閉じ込められたのよ」
「おや。それはお気の毒様」
「本当に気の毒だと思ってる?なら助けてよ。誰も助けてくれないし。私、クラスの嫌われ者なの」
「ふむ。君は何かしたのかな?」
「何も。悪いことも嫌がらせの反撃もしなかったら、ひとりぼっちになってしまったわ」
「ふむ。人間はなんとも不思議な生き物だな。我が輩、人間は社会的な動物だと思っていたのだがね」
「何もしなくても、気づいたら仲間外れにされてしまう、弱肉強食の世界よ。都会のサバンナよ」
「そうなのだね、お肉ちゃん」
「そうなのよ、草食動物なの」
ウサギを撫でながら、巣穴と会話をする私。
もしかしたら、心が壊れてしまい、幻聴と会話をしているのかもしれない。
それでも良いや。
学校で会話をすることや、意味のある返事がもらえるなんて久し振りだから楽しいし。
「お肉ちゃんは、仕返しとかは考えないのかな?」と巣穴が変わったことを聞いてきた。
「したくても、周りは敵だらけよ。ちょっとの反撃なんてしたら、何倍にもなって返ってくると思うの。それに、後半年したら卒業だし。県外の中学校を受験するからそれまでの辛抱よ」
「ふーむ。しかし、お肉ちゃん。考えてもみたまえ。彼らは、君を玩具にして遊んでいるんだよ?そして、それは彼らの青春の1ページにしか過ぎない。君をいじめていたことなんて忘れて、これからも楽しい人生を過ごすだろう。君が苦労していることなんて知らずに」
さらに巣穴は続ける。
「更に言えばね、人の噂は流れて広がる。中学生になった君をまた苦しめるかもしれない。『小学校の時にいじめられていたらしい』『何をされても仕返しもできない弱虫』『なら、俺らもいじめてやろう』と。そんなことになるかもしれないね。ニュースにもなっているだろう?自殺とか。自分は当事者にならない、という考えは甘い。君はすでに片足を突っ込んでいるのだから」
巣穴が怖いことを言い出した。そして、それは想像するに難くない。
首を吊って死んでいる私。
泣いている両親とおばあちゃん。
面倒くさい顔をしながらお葬式に来る担任の先生。
影で笑っているクラスメイト。
「じゃあ、私はどうしたら良いのよ」
泣きそうになるのを我慢して巣穴に話しかける。
「我が輩が手を貸してあげよう、お嬢さん」
ウサギ小屋の鍵が開く。
巣穴の声の主が開けてくれたのだろう。
「我が名はアバドゥン。お嬢さんが我が輩の声に耳を傾けてくれるのならば、放課後、美術室の横の倉庫に来てくれたまえ。ここと同じように鍵を開けて待っておこう」
〇〇〇
チャイムに間に合ったところ、クラスの何人かが「えー」「つまんねぇ」「失敗じゃん」と声を上げた。
私は無視して席につく。
夏休みの宿題のことや、夏休みの過ごし方を先生が説明する。最後に「これが小学校最後の夏休みだ。思い出に残る夏休みを過ごしてほしい。家に帰ってからが夏休みだ。気をつけて帰るように!」と締めくくった。
もう何を言っても白々しいと思っていたが、クラスの子たちは湧き上がっていた。
最後の挨拶が終わった後、私は誰にも絡まれないようにまっすぐ、美術室へと向かっていった。
美術室横の倉庫は普段は施錠されていたのだが、今日は開いていた。
アバドゥンが開けてくれたのだと思った。
「アバドゥン?」
すぐに返事が返ってきた。
倉庫の中には、大きな鏡があった。そこには私が映っていたが、その私の横にスーツ姿のおじさんが立っていた。もちろん、私の横には誰もいない。
そのおじさんの頭にはヤギみたいな角が生えていた。
そのおじさんがアバドゥンだった。
巣穴からしゃべったり、鏡の中にしかいなかったと、立て続けのホラーだけれど、敵しかいない学校の中の唯一の味方が“悪魔”というのはちょっとかっこいいな、とか思ってしまった。
「来てくれたな。うむ。良かった。来なかったらどうしようかと心配していたぞ」とアバドゥンが返事をしてくれた。
私の心配をしてくれる人がいる、というだけで少しウルっとなりそうだった。だが、油断はしない。本当は敵かもしれない。悪魔は願い事を叶える対価に魂を持っていく、と聞いたことがある。
「では、我が輩が出来る限りの精一杯で、お嬢さんの仕返しの手助けをしてやろう」
「でも待って。そういうのって、何か見返りとか必要なんじゃないの?」とアバドゥンの言葉を遮って私は訊ねてみた。
「見返り?なるほど。賢いお嬢さんだ。この身なり、きちんと警戒しているのだろう。知らない人のいうことをホイホイ信じてはいけない、という親御さんのきちんとした教育が垣間見える。うむ」
「悪魔ってお願いごとの代わりに魂とかを持っていくんじゃないの?」と聞く。
するとアバドゥンは、フフンと襟を正し、私の方を見る。
「我が輩は全ての奈落の管理者にして、全ての穴を支配する者、全ての迷宮の王なのだ。そして、かつて悪魔の大将を封印した、いわば悪魔の絶対的な敵対者でもあるのだ」
「悪魔じゃないのね。じゃあ天使?」
「天使とも違うのだが、まぁ、共通の敵だったから封印に協力した、という感じだ」と言葉を選びながらアバドゥンが答えてくれた。悪魔ではない、ということはわかったけど、立場がよくわからない人だなぁ、とか思った。
「合わせ鏡の迷宮や不思議の国へ続くウサギ穴、悪夢などを転々としながら、人間の営みを眺めるのが趣味なのだ」
「お殿様が町の人の恰好をして、ぶらぶらしているみたいな感じなのね」
「それに近いだろう。そこでだ。何も罪を犯していない者が、非難を受ける状況を、王たる我が輩の目と耳に入った時点で、見逃すことなどできないのだ。故に手助けをすることにした。わかるかな?お嬢さん」
「つまり、良い人なのね」
「良いかはわからぬが、公平性は王政の第一原則。知ったからには平等に罪には罰を与えねばならない。不平等は腐敗の温床。見逃せば自らの首を絞めかねない。それが世の中の原則なのだよ」とアバドゥンは最後にフフンと鼻を鳴らした。
「聞き及んだところ、お嬢さんを虐げる者たちは、これを娯楽と思っているのであろう?ならば、娯楽で返すのも一興。故に今回は“夢の迷宮”を用意した」
「夢の迷宮?」
「テレビゲームなどを興じたことはないか?あれに出てくるダンジョンと言い換えればわかるか?いや、今風ならばリアル脱出ゲームとかの方がわかるかね?」
「両方わかるわ、アバドゥン」
「お嬢さんに“虐げた者たちを恐怖のどん底に落とす悪夢の迷宮を作らせてあげよう”と我が輩は考えたのだよ。目には目を歯には歯を。ゲームにはゲームで応じるのが筋であると、我が輩は思うのだ」
「つまり、ダンジョンマスターという奴ね」
「うむ。ノリが良いではないか。物事を成し遂げるのに大事なのは、モチベーションである。気楽にやろうではないか。ではお嬢さん、ダンジョンの名前を決めよう。他人の恐怖を嗤う者たちを恐怖に染めるおぞましき名をつけるが良い」
ダンジョンマスターの私の初仕事だ。
私は考えた。
夢の中だけでも立場を逆転させてやろう、と。どういう気持ちで私が1学期を過ごしたのか教えてやろうと。
それにふさわしい名前は
「アバドゥン、決めたわ。ダンジョンの前は“いじめられっ子ダンジョン”よ!」




