墜落
船内に鳴り響く警報。
「惑星の影から小天体が現れました。約五百キロメートル前方で軌道交差の見込みです。接近時の相対速度は二十キロメートル毎秒。質量不明。半径は二百メートルほどと推定されます」
コックピットに響く運航補佐人工知能の声。同時に、ディスプレイには暫定的な周辺天体の軌道が表示される。
操縦士が即座にこれに応答する。
「了解。惑星大気への入射角を百秒角下方に変更」
「百秒角下方へ変更」
人工知能の復唱を心配そうな表情で聞く副操縦士。彼が言葉を発する前に、操縦士がその心配を察する。
「衝突警戒領域を通過後に入射角を上方修正する。心配ない。間に合うよ。そうだろ、ガイア」
ガイアと呼ばれた人工知能が答える。
「はい。問題ありません。衝突警戒領域を通過後即座に軌道修正を行なった場合、目的地点到着のためには、やや入射角が浅くなります。しかし、スペクトル分析から明らかになっている惑星大気の組成、推定密度によれば、弾かれるほどの浅さにはなりません」
副操縦士が口を開く。
「だがその密度は静水圧平衡を仮定したものだろう?」
「以前惑星が中心星でトランジットした際の透過光により補正もされています」
「しかし、地上に気象観測所もないし、不確定要素が多すぎる。機長、むしろ軌道を上方修正し、周惑星軌道に戻した上で再突入をはかるべきでは?」
機長が口を開こうとした時、ある船室からの緊急連絡を知らせるアラームが鳴った。そこは予備の搭乗員室の一つで、風変わりな研究者が一人で占領している。機長がタッチパネル上の通話アイコンに触れる。と、同時に憔悴しきった喚き声がコックピットを支配した。
「何をやってるんだ! なぜ入射角が下方修正されているんだ? こちらで軌道を表示しているパネルを見る限り、小天体の下をくぐり抜けて着陸するようだが!?」
機長が答える。
「その通りです。ドクター・ヤザキ。何か問題でも?」
「その天体の軌道離心率が一を超えている。つまり双曲線軌道だ。惑星間を飛んできた天体が初めて惑星のロシュ限界に入った可能性がある」
「それで?」
最接近地点まで二十五秒をきった。苛立たしげに船長が続きを促す。
人類がこの種の天体に惑星近傍で出会ったのは、この時が初めてであった。当然、純然たるパイロットであり科学者ではない機長の経験上にそのような天体は存在せず、回避行動をとるにあたって考慮されていなかったことは、誰も責めることはできない。ただし、副操縦士ほどの慎重さを失っていた点は、ベテランパイロットの驕りがもたらした一生の不覚というところであろう。
ヤザキが声を荒らげる。
「ラブルパイル天体だったら、今頃バラバラになってるぞ。軌道内側の破片は角運動量を奪われて小天体の衝突断面積より軌道の内側に膨れる可能性がある。小天体の縁ギリギリを通過する予定だと、接触の危険があるぞ! ガイアに確認させてくれ!」
これを受けて、船体付属のカメラから得られた画像をガイアが即座に解析する。
「天体半径が以前の値より増大しています。分裂しているようです」
慌てた副操縦士が声を荒らげる。
「船長! 上方修正を!」
間髪入れずに船長が同様の指示をAIに投げるが、即座に拒否される。
「なぜだ!」
声を荒らげる船長。
「衝突回避のために上方修正した場合、遠心力で船員の生命維持が困難になる可能性が非常に高いです」
「では下方修正……」
「その場合、再度の軌道修正ができず惑星大気に突入することになります。目的地点に到着できないばかりか、摩擦熱で船体に異常が発生する可能性も……」
しかし、左右に伸びつつある小天体のデブリ群を前にした今、選択肢は一つであった。
「仕方がない。下方修正だ」
「承知しました」
船内放送アイコンに指をのせた船長が、努めて落ち着いた声で言う。
「惑星大気への突入予定が早まった。大気表面に対してほぼ垂直に突入する。総員、衝撃に備えよ」