活動報告
今回の文集を開いていただきありがとうございます。
ここでは私たち、西南文芸同好会の活動の一部と、活動の中で生まれた作品を紹介していきます。
今年の二月十九日。私たちは「比喩表現について考える」というテーマで例題に沿ったショートストーリーの作成と、ストーリー上で使用した比喩表現について批評を行いました。
ここからは、批評を終えて各々で推敲をした作品を掲載します。
普段の私たちの活動を覗き見ていただいて、少しでも文芸の興味を持っていただけたら幸いです。
以下の例題から一つ選んで、ショートストーリーを作成してください。ただし、作中にメタファーを一つ用いてください。
例題1「高台から見えた水平線に沈む夕日」
例題2「初めて見た水族館の魚たち」
例題3「夜のオフィス街の交差点」
例題4「夏祭りの花火大会」
例題5「人工衛星から見た地球」
例題1「高台から見えた水平線に沈む夕日」
水平線はほんとうにまっすぐなんだ。
海を知らない私。
ちょっと傾いた視点でしか物事を見れない私。
傾く夕日。真っ赤な夕日。
あの娘のかばんのキーホルダーみたい。
うらやましい。
作:本見 鈴
例題2「初めて見た水族館の魚たち」
その人と初めて出かけたのは、水族館だった。私にとって魚は見るものではなく食べるものでしかなかったので、正直わざわざ2000円近く使って行く価値があるのか分からず、実際に首を振って抗議した。だがその人は
「まあまあ、騙されたと思ってさ。君がお金を払うわけじゃないし」
と、子どもに言い聞かせるように言ってきた。
(だからこそなんだけど……)
そう思ったが伝えられるはずもなく、渋々行くことにした。
仏みたいな顔のくせに、融通の利かない頑固者。気遣いに気づけない鈍感。……そもそも仏をよく知らないけど、あの人とは真逆の存在に違いない。隣人のおばさん、危ないぞ。
仕方なしに見に行った水族館だったが、結果としては概ね満足だった。特に、小さな水槽の中の色鮮やかな魚たちは、難破船から見つけた財宝の輝きに似ていた。パノラマ大水槽の妙な薄暗さから、故郷を思い出した。自由か安全の2択で、彼らは安全をとったのだろうか。
まあ、関係ないか。楽しかったし。
ただ、時折いたずらっ子のような顔で
「どう? これ食べたことある?」
や、
「知り合いいる? 何か言ってる?」
などの茶々がなければもっと良かった。
……聞こえるわけがないのを知っているくせに。
作:カモノヤト
僕は今日デートで水族館へやって来た。彼女は無邪気に目を輝かせて魚たちを眺めている。僕も胸を躍らせていた。
最初に見たイルカショーは圧巻だった。綺麗な曲線を描いて飛びあがるさまはとても美しかった。
えびやかに、貝類を見て回った後、イワシの群れを眺めた。まるでひとつの塊のように動いている。僕はふと、朝の通勤電車と重ね合わせた。電車からホームに降りて改札口へ向かう。ヒトの群れも上から見たら、イワシの群れみたいなものかもしれない。同じ方向へ一定の距離をあけて進む。
僕の心に暗い影が差してきた。
「綺麗だよね……どうしたの、暗い顔をして」彼女が不思議そうな顔を浮かべてきいてきた。
「なんだか人間みたいだなって」
「そんなに嫌なことかな。かたまって助け合って生きているってことでしょ」
「ああ」
その考えはなかったなと僕はぼんやりと思った。
作:龍神・倦怠期
目の前の自動ドアが開き、冷たい空気に身を包まれる。暖かな対体の体温が一気に奪われるような感覚がする。カバンの中からマフラーと手袋を取り出していそいそと身に着ける。はーっと吐き出された息が白く染まり夜の闇の中に溶けていく。冷たい風が寒さでリンゴのように赤く染め上げられ頬を撫でるように通り過ぎていく寒さに小さく身じろぎをし、マフラーに顔をうずめる。
「寒いなぁ」
そんな独り言が小さく口の中から吐き出された。先程まで暖房のきいた暖かな部屋にいたのだからより一層寒さが身に染みる。早く帰ろうと思って止まっていた足を動かす。
オフィスを出て少し歩くと暗闇の中、あたりをほのかに照らす赤い光が目に入ってきた。赤い光に近づくと、時計を確認する男、スマートフォンを見ている女などそれぞれに何かしらのことをしている人間がいたが、彼らはみな立ち止まっていた。自分もその中の一員となるべく赤い光の前で歩みを止めた。
車の走る音や、人々の話す声がBGMとなって耳の中に入ってくる。
また身を切り裂くような風が体を冷やすだけ冷やして過ぎ去っていく。目の前の情景はまるで何回も見すぎて見飽きてしまった映画を見ているときのような退屈さを感じさせる。いつもと何ら変わらない日常であることを示すかのように。
「早く変わらないかな」
そんな独り言が小さく、口の中から零れ落ちていた。
作:街日 碧
「これ、死んでるの?」
目の前には電源ボタンを長押しされた後のように、静かに水槽の底に横たわっている魚がいた。
何の音もしない、薄暗い水族館。
アシカショーは2時半から、館内アナウンスが流れる。
あんな風に死ねたらな。水槽を後にするとその魚はゆっくり体を起こした。
「生きてたんだ」
作:本見 鈴
例題3「オフィス街の交差点」
午後八時。彼は丸の内の交差点に立っていた。周囲には彼と同じスーツ姿のビジネスマンが信号が変わるのを待っていた。彼らが視線を向けるのは片手に持ったスマートフォン。どこを見ても画面の光で薄っすらと照らされた覇気のない顔が並んでいた。そんな戦友たちの顔を見ていると、彼は心が底なしの沼に沈んでいく感覚に陥るのだった。
電子音。
隣の男性が耳元にスマホを持っていくのが見えた。
「もしもし……おう、正樹か……。やっと父ちゃん仕事切り上げられたよ……。できるだけ早く帰るから、それじゃ切るよ。」
電話を切った時、隣の男性の表情には柔和な笑みがこぼれていた。そこで彼は男性の片手に鞄と共に握られた小さな箱に気が付く。それは赤白緑の三色リボンできれいに包装されていた。
そうか、今日はクリスマスイブだったか。
ここ最近の忙しさで彼はそんな大事な日でさえ気づけていなかった。
そういえば、良太はサンタさんに何をお願いしてたっけ……。
長い赤信号が青に変わり、ビジネスマンたちが堰を切ったように動き出す。その濁流の中を一人のお父さんが荒波にもまれながら駆け出して行った。
作:土筆
久しぶりに遊んだ友人とは新宿で別れた。上京してきた私とは違う、乾いていて余裕のある彼の様子。信号が青になって私たちは別々の方向へ行く。振り返ったら、まだ彼は手を振っているだろう。それがお約束だから。私も手を振らなきゃ。
振り返ると見えたのは彼の後ろ姿だけ。
私は過去に手を振れなかった。
作:本見 鈴
例題5「人工衛星から見た地球」
丸かった。SNSのアイコンみたいだった。
さようなら、インターネットの皆さん。
そういう気持ちでここまで飛んできたのに。
私はまだ地球に、街中に、埋まっているようでした。
作:本見 鈴
あまり感動はなかった。
ないと言い切るには時期尚早のような気もするけれど、それだけ私はここから見る景色を楽しみにしていた。
満天どころか辺り一面を星に埋めつくされた自然の景観と、母なる地球のうつくしさをこの目で見ることができたなら、自分は言葉で言い表せないほどの感動を覚えるのだろうと。先人達が苦労の末に手に入れた感動体験をやっと自分も味わうことができるのだと、そう思っていた。
結果はどうだ。
もはや見慣れた景色そのもの。母なる地球は確かに目の前で息を吹いているのに、いつぞや訪れた博物館の展示絵をそのまま映写機で映したかのような無機物感を覚えた。途端に浮かんだのは、息子とともに展示室に入り浸っていた私へ妻が向けた顔だった。私はその顔を見て知的好奇心の足りない人間は普段どれだけ損をしているのだろうと思ったものだが、なるほど、今の自分はきっと彼女と同じ顔をしている。
あの子にはなんて言おう。
鑑賞したことのある映画を不本意に観直すかのような顔つきの妻。彼女の視線の先には、自分の隣でまだ見ぬ宇宙への旅を夢見る息子の姿があったことを、私はいま思い出したのだった。
作:周 藤花