気付かぬうちの季節
僕にはとても仲がいいある友達がいる。
いや、正確には「居た。」が正しいだろう。その子は自分には珍しい女友達で、たまの休日には急に呼び出され目的もなくフラフラして話し込んで気が向いたらもう帰るかなんて急に言い出して他に何も言わず帰るような奴だった。元々高校は一緒だったが、当時は別段話したことの無い奴で何がきっかけで話しだしたのか分からない。僕にとってそいつは少し特別な友達だった。
元々僕は友達が少ないの上に女の友達なんてもはやそいつ一人だけだ。高校を卒業してから少ない友と会う機会がなくなってからは休日に会って遊ぶ友達すらそいつ一人だけになってしまっていた。いや、他の奴らは休日に会って遊ぶなんて高校の時も滅多にしなかったので、もしやアイツらにとって僕は少し仲のいいやつぐらいだったのかもしれない、なんて思うこともある。まぁ何が言いたいかと言うと僕の友達は実はその女友達一人だけだったのかも知れないという事だ。
ある日、僕はいつもの様に急に呼び出されて五つ先の駅まで電車に揺られ彼女の元に出向いた。いつもの場所に座っている彼女を見つけいつも通り声をかける、そのはずだったのだが僕は少し違和感を覚えて声をかけるのを一瞬躊躇ってしまった。僕は椅子に座る彼女の顔に何故か寂しげな雰囲気を感じ取っていた。彼女は声を掛けられずその場で立ちつくす僕に気づくと急に顔をクシャッとさせて駆け寄り、ポンと僕の肩を叩いた。
「着いたなら声掛けなよ。」
その顔と声色は恐ろしいほどいつも通りで僕は少し嫌な感じがした。何か僕の知りえない彼女を見たような気がしたのだ。僕は歯切れ悪くあぁ、とだけ答えると少し不思議そうな顔をされてしまった。
街をブラブラと練り歩き何をするでもなく少しずつ空は紅くなっていった。しかし僕はあの顔を、違和感をずっと忘れられずに居た。何かあったのか、なんて聞く勇気も持てないまま、腕時計の針はカチコチと回っていき街灯がパッと辺りを照らしだした。その針より回る彼女の口も少しずつ落ち着いて辺りにはシンという音だけが残った。
数回分針が動いた後、暫くして彼女は口を開いた。
「ねぇ、写真とか撮らない?そう言えば撮ったことないじゃん。」
これを言ったら怒られるだろうが、彼女らしくもない一言だった。友達に写真を撮られる、ということを極
端に嫌がっていたのを見ていた記憶すらある。
「急にどうしたの。」
と問いたい心を背に僕は一言いいよと返事をした。撮りにくいから寄れなんて文句を言われながら一度だけそのシャッターは降りた。暫くその写真を見つめたあと彼女はおもむろに立ち上がりそれじゃあそろそろ帰るね、と言っていつも通り歩き出した。じゃあ俺も帰ろうと思いベンチから立ち上がる。彼女を背にして歩き出すと後ろからねぇ、と大きな声が聞こえてきた。
「バイバイ。またね。」
そう言うと彼女は少し早足にその場を後にしてしまった。なぜだかきっともう会えない気がして僕はそこから動けなくなった。ポロポロと涙がこぼれる。きっと僕は気付かぬうちに季節を逃してしまったのだろう。冷たい風が吹く。そのまま僕はずっと、もう過ぎてしまった春を眺めていた。