漫才『当世小学校敬称事情』
ボケ(以下B)「びっくりしたでぇ! ほんま、びっくりや! な、びっくりやろ! わー、びっくりや。びっくりした~」
ツッコミ(以下T)「ちょっと落ち着きィや。なにがびっくりなんや。なににびっくりしたか言わんとわからんがな」
B「いまから言うとこやがな。キミこそ、落ち着きやァ」
T「ボク、落ち着いてるがな。キミ、ほんまにいらちやな、カンちゃん」
B「ピーッピー! アウト! あだ名、アウトや。校則違反! 禁止!」
T「なに言うてんの。わからんやっちゃな。高速で逆走でもしたんか?」
B「校則やがな。学校の規則な。禁止やねん」
T「へ? あ、学校な。キミ、まだ学校行ってるんか」
B「ちゃうわ。ボクんとこのお坊ちゃんがな」
T「うん、キミんとこのクソガキが、どうしたんや」
B「お坊ちゃまや! 父親参観で行ったんや、ボクがぁ~!」
T「なに吠えてんの。で、なにがびっくりなんや?」
B「あ、そうそう。びっくりなんや。やっと本題に入れるがな。ほんま、キミはややこしな」
T「ややこししてるのキミや。で。父親参観でなにがあったんや?」
B「先生がな、うちのお子ちゃまにやな、『相川史也さん』て呼ぶんや」
T「キミとこのあほガキの名ぁやな。ふんふん。それで」
B「ニブいなぁ、キミは! 『さん』付けやぁ! 小学二年やでぇ」
T「なんや、そんなことかいな。ちいちゃい子でも、いまどき、みんな『さん』付けやろ。イジメ防止やん」
B「へ? なんや! 知ってるの。ボクはまた、うちの子、優秀やから敬意を表してやな、先生が『さん』付けしたんや思たんやけど」
T「クラス全員、『さん』付けやろ。子ども同士も『さん』で呼ぶ」
B「せや。あだ名も禁止や。休憩で遊ぶのも見学したけど、お互い、男の子も女の子も、みーんな『さん』付けや。びっくりしたわ~!」
T「ボクらのときなんか、女子も呼び捨てや。それどころか名前の下に ボケカスとか付けた。こら! 田中のボケカス! 鈴木! このくそタワケ! て。ま、敬称の代わりやったな」
B「ボクなんか女子に『おい、ノータリン相川!』て、よう呼ばれたもんやわ」
T「それが親しみやったんや。分け隔てのないことやったんやけど。いつしか時は移って『ぴょろろろろ~ん』」
B「なんやそれ、『ぴょろろろろ~ん』て」
T「時の移る音やがな。しっかり聞いとき。『ぴょろろろろろ~ん』」
B「『ぴょろろろろろ~ん』やな。『ぴょろろろろろ~ん』」
T「と、時が移って、呼び捨てはイジメを助長するかもいうて『さん』付けになったんや」
B「ふうん。で、イジメ減ったんやてな。センセ、言うてはったわ」
T「効果あったんや。ジェンダー尊重にも役立ってる」
B「ジェンダーてなんや」
T「LGBTていうてもわからんかな」
B「LPガスならボクとこの叔父さんが」
T「ちゃう。ガスちゃう。性的マイノリティや。」
B「ボクらお笑いマイノリティやな。典型的な古典漫才の少数派」
T「混ぜっ返すの、やめい」
B「ま、はやい話が男女互いの尊重、引いては男女差の解消をやな」
T「なんや。分かってるやん」
B「分からいでか! つまり、男風呂も女風呂も垣根を越えていかなあかんっちゅうことや。さっそく女風呂突撃しよか。びやっと!」
T「ピーッ、ピピーッ、アウト! 捕まるでぇ!」
B「なんや、いかんのかい。つまらんのう、ジェンダーフリーて」
T「今後の趨勢やでぇ。垣根がだんだんのうなっていくんや」
B「なら、男風呂と女風呂のあの高い塀もやな、パーン! と景気よう取っ払って」
T「キミなあ。いいかげん、女風呂から離れよや」
B「ボクらのボケとツッコミもなくなっていくんかな」
T「え? なにいきなり! これ役割分担やん。漫才の基本や。なくなったら漫才でけん」
B「せやけど、ボケていっつもていじめられてるやろ。ツッコまれて」
T「え~ イジメちゃうやん。キミがアホやって、ボクがそれいじって」
B「ほら、イジメてるやん。イカンでェ、イジメは」
T「なら。キミ、ツッコミやるか。ボクがボケやったるわ」
B「わたしはそういうことを言っているのではない。イジメがいけない。ボケとツッコミの垣根をなくさないといけないと、こう申しておるのだ」
T「なんやマジメくさって。ほな、どうすんねん」
B「手始めにボクらも『さん』付けでやってみよか。コンビやから互いに尊敬と愛情を持たなあかん」
T「ほな、やってみよか、相川さん」
B「急にあらたまって呼ばれると照れるなァ。若山さん」
T「相川さんっ!」
B「なんですか、若山さん♡!」
T「相川さん♥、ボクの目を見てください」
B「若山さん。いやン、ハズい~」
T「て、おっさんずラブになってるでぇ」
B「もう少しやな。もう少しでボクらも女風呂、堂々と入れるでぇ」
T「入れるかいな! もうええわ」