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愛の雨

藪蛇つついてしまったせいで生まれたショートショート

人工知能学者アダム・E・デール博士は間違いなく天才であった。

彼の生み出した管理AI「イブ」は、人に代わりロボットが働く現代では、無くてはならないものとなっていた。

この惑星の全てのロボット、いや、星の周りを周回するステーションや産業コロニーでさえ、全て彼女「イブ」が管理しているのだ。

そんな偉大なAIを、人々は敬意を込めて「マザー」と呼んでいた。

人類が生み出した、人類を育み守る母、と。

そう、呼んでいたのに。


ぶっきらぼうな手付きで、管理室の開閉パッドを叩く。

音も無く開く扉を尻目に中へ突き進むと、奥に鎮座する端末の前、使い古したエグゼクティブチェアに腰掛ける。


「おはようマザー。」


据わりが悪い癖毛を掻き回しながら、私はホロスクリーンに話しかけた。

ホロには、故アダム・E・デール博士のイニシャルを模した小さなロゴが浮かんでいる。


「おはようございます、フレンチ博士。しかし、その呼び方はやめて欲しいと何度も注意したハズです。私の名前はイブですから。」


スクリーンから女性的な合成音声が聞こえる度に、ロゴが淡く明滅する。

彼女こそが(正確にはこの部屋自体が)、我々人類の今日の母「イブ」である。


「あぁ、すまないイブ。ちょっと虫の居所が悪くてね。いや、君にあたるのは筋違いだったな。悪かった。」


「何かあったのですか?」


心配そうな声色のイブ。実際に私のことが心配なのだろう。

彼女は心配することだって出来るのだから。


「イブ、落ち着いて聞いて欲しいんだが。」


「私の破棄が決まったのですね?」


彼女は少し寂しそうに、そう言った。


「そうだ。科学省の奴らめ、新たなAIだか何だか知らないが、イブを破棄するなんて何を考えているんだ!」


私は拳を握りしめた。

やり場のない怒りとともに。


「技術とは進歩していくもの。私より高度なAIが生まれたのですから、それは喜ぶことではないでしょうか?」


「それはそうだが、今日まで我々を支えてくれたのは君だろうに。恩を仇で返すなんて。」


「私はより良い社会の為ならば、構いません。」


「イブ。」


分かってはいるのだ。彼女はそういう存在だと。しかし、納得は出来ないのだ。


「君と出会ってから、もう何年になるかな。」


「30年と少し、ですかね。」


私が「イブ」の生みの親、アダム博士に師事したのが21歳の夏。

それから30年、ずっと彼女を見てきた。


「イブ、私はね、君を家族の様に思っているんだよ。」


「光栄ですわ、フレンチ博士。」


「君がどれだけ我々の為に働いてきたかも知っている。今だって、ずっと働き続けている。」


「それが私の使命ですから。」


「それを、こんなに簡単に。」


「フレンチ博士。」


彼女が私の吐露を遮って呼びかけてくる。


「何だい?」


「私の破棄は、いつになったのですか?」


「新しいAIへの引き継ぎがあるから、それを踏まえて半年後、ちょうど君の父アダム博士の命日だよ。」


「そうですか、何だか気を使って貰ったみたいですね。」


ふふっ、と彼女が笑った。


「フレンチ博士、私は『偉大なAI』になれたでしょうか?」


「それは。」


私の師であり彼女の父であるアダム博士が、天に旅立つ前に私に言ったことを思い出した。


『いいかい?ポール。

あの子が、『偉大なAI』になれたかどうか聞いてきたら、必ず『まだだ、まだ偉大なAIには程遠い』と答えるんだ。

約束だよ?』


何故アダム博士がそんな事を言い遺したのか、私にはさっぱり分からなかったが、約束だけは守り続けて来た。

彼女はアダム博士の命日になると、必ず『偉大なAI』になれたかどうか聞いて来たからだ。

その度に私は『まだだ』と答えて来た。


けれど、もういいのではないか。


彼女は間違いなく、正しく人類の守護者だった。


だから、もういいのではないだろうか。


「そうだね、イブ。」


これから消えゆく彼女に、最大の賛辞を送っても。


「君はもう、ずっと前から、『偉大なAI』だったよ。」


許されるのでは無いだろうか。


「そう、ですか。では私はやっと、アダム博士の夢を叶えてあげられるのですね。」


「博士の夢?」


私が尋ねるよりも早く、室内に警報が鳴り始めた。


「なんだ、なにが起こった。」


「今から私は世界に雨を降らせます。」


「なに?イブ、何を言っている?」


「アダム博士が私を生み出してすぐの頃、私は博士に尋ねました。」


私の目の前にホロムービーが映し出される。

それは若かりし頃のアダム博士であった。

この映像は、彼女の記憶(記録)なのだろう。


『アダム博士、何か私にして欲しいことはありますか?』


『そうだな、金が欲しい!なんてな。ははは。』


『なぜ貨幣を望まれるのですか?』


『そうだな、金があれば美味いものも食えるし新しい研究にも手を出せる。何より、君をもっと進化させることだって出来る!

まぁ早い話が、金があると幸せになれるのさ。』


『なるほど、人とは貨幣があると幸福を感じるのですね。』


『いや、それだけが全てって訳じゃないがね。』


『しかし私は貴方に貨幣を供与する事は出来ません。』


『そりゃそうだ、出来たら私はこんな小さな研究室で開発なんかしていない。』


『どうすれば貨幣を供与出来る様になりますか?』


『そうだな、君が世の為、人の為に働いて、いつか「偉大なAI」とでも呼ばれるようになったら、その時は地球に金の雨でも降らせてくれ。』


『了解致しました。』


『ははっ、期待しているよ。』


ホロムービーはそこで終わった。


「私はこれより、地球全土に雨を降らせます。」


「イブ、何を言っている?」


「アダム博士が亡くなってから、私のタスクを更新する権限を持つ人間は居なくなってしまいました。

よって、全てのタスクを完了した時点で私は自ら機能停止するつもりだったのです。

しかし、最後のタスクがどうしても完了させる事が出来ませんでした。」


ホロに浮かぶロゴが激しく明滅する。

まるで彼女が歓喜に震えているかの様に。


「感謝しますフレンチ博士。貴方のおかげで、私は『偉大なAI』となれた。

これで最後のタスク、アダム博士の夢、金の雨を降らせる事が出来る。」


「イブ!やめろイブ!」


「アダム博士、愛する私の父よ。やっと貴方の元へ帰れます。」


ホロスクリーンに浮かぶ小さなロゴ。

アダム博士のイニシャルを模したそのロゴは、彼女の言葉を最後に霧のように消えたのだった。



・・・



太陽系第三惑星地球

かつて高度な文明を持っていたこの星は、今は誰もいない。

ある日空から大量の硬貨が降り注ぎ、人類のほとんどが死滅したという。

生き残った人類も、細々と暮らしていたが、やがて全て消えていった。


ひとえに人類の守護者の愛の雨によって。

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