幽霊病棟
先生は、その日も気怠そうに患者の相手をしていらっしゃいました。
「私はね、先生。死者の声が聞こえるのです。」
「そうでしょうとも。」
患者は乾いた口を必死に動かし、先生に訴えておりました。
「痛い、苦しい、助けて、と、毎夜毎夜、死者達の声が鳴り止まないのです。」
「いやぁ、それは幻聴の類だと思いますが。」
「いいえいいえ、そんなことはありません。私には確かに聞こえるのです。どうか先生、私を助けては頂けないでしょうか。」
「そうですなぁ。」
先生は顎をさすって、患者の頭の上を見遣ったあと、カルテに何か書き込んでおられました。
「睡眠薬を出しておきます。夜のうちは刺されても起きないくらいに強い奴をね。それでダメなら、また考えてみましょう。」
「はい、ありがとうございます。」
患者は深々と頭を下げると、そそくさと診察室を後にしました。
「お疲れ様です、先生。」
私は後ろから先生にお声をかけました。
「あぁ、疲れたよ。聞いていた通りだ、睡眠薬を出しておいてくれ。」
「はい。分かりました。」
先生は椅子に深く座ると、眼鏡を外し、目頭を揉んでおられます。
「しかし、君。さっきの患者、どう思う。」
「どう、とは。」
「私は幻聴の類だと思うんだがね。」
先生は眼鏡をかけ直すと、カルテを見遣りました。
「間違いなく幻聴でしょうね。」
「そうだよなぁ。」
一通りカルテを流し見すると、先生はまた何か書き込みはじめました。
「他の医者が投げた患者を、我々に押し付けるのはやめて欲しいものだがなぁ。」
「院長先生のご意向ですから。」
「分からんものだなぁ。」
先生は書き終わったカルテを私の方へ差し出しました。
私は受け取ったカルテを見て、間違いが無いことを確認しました。
「先生。そろそろ次の患者さんをお呼びしてもいいでしょうか。」
「あぁ、構わないよ。今日はあと何人かな。」
「3人です。」
「気が重いなぁ。」
「では、お呼びして来ますね。」
私は深く一礼して、踵を返します。
「そもそも、肉体を失った我々が、痛いだの苦しいだの感じる訳がないんだがなぁ。」
そんな、先生のぼやきを聴きながら、私は診察室を後にするのでした。