雨男
しとしとと降る雨の中、葉桜の帰り道を、若い男が歩いていた。
菜種梅雨には遅すぎる長雨に辟易しながら、背を丸めて歩いていた。
「君、すこしよろしいか。」
若い男が振り返ると、案山子の様な長身痩躯の男が立っていた。
傘を傾け仰ぎ見ると、これまた案山子の様なのっぺりとした顔が現れた。
「はぁ、僕でしょうか。」
「あぁ、君だとも。」
案山子は口の端を吊り上げて、生白い笑顔を作って見せた。
「いや、なに。私は梅雨を運んでいるんだが、少々せっかちが過ぎた様でね。この街で時間を潰していたのだが、流石にそろそろ迷惑になる。」
「はぁ。」
「そこで一度南に戻ろうかと思案していたところに、君が通りかかったというわけさ。よければ、南がどちらか教えてはくれないだろうか。」
若い男は少し考える素振りを見せたが、南を指して案山子に言った。
「南はこちらです。」
「そうか、ありがとう。」
案山子はゆっくりと腰を折り、山高帽の乗った頭を下げた。
「いえ、ではこれで。」
若い男も軽く会釈をし、別れようとして。
「あぁ、それではまた6月に。」
しかし、案山子に「また」と言われ、気になって振り返った。
そこに、案山子の姿は無く、ただ道と水溜りが続いているだけだった。
狐にでもつままれたのだろうかと、しばし立ち尽くす男だったが、ため息一つ、帰路に戻った。
雨はいつの間にか止んでいた。