(80) 謁見
エドワード・バークレイがカナハン王国の空港に降り立ったのは、ニューヨークの雪がようやく溶け始めた3月の事だった。
黒澤は自分も同行すると言い張ったが、3月に入ってすぐにカナハン王国は日本との国交を断絶したのだ。
自分の育った国との国交断絶等考えられないが、在住していた日本人も全て帰国させられたと聞いた。
日本人の出入国を禁止されては、日本国籍の黒澤が入国する事は叶わない。
黒澤は分厚い手紙をエドワードに託し、自分が妃奈を待っている事を伝えて欲しいと懇願された。
小さな国だ…青い海と砂漠地帯、高速道路と運河が縦横に走り、商業地帯と住宅街、遠くには農業プラントが広がっている。
専用機のタラップに降り立ったエドワードに、中東特有の乾いた熱風が襲いかかる。
すぐさま迎えの車が滑走路に止まり、エドワードを出迎えた。
「お待ちしておりました、エドワード様」
「出迎えご苦労」
乗り込んだ車のエアコンに、ホッとしながら車上の人となったエドワードは、街を流して走る様に運転手に命じた。
「新しい女王になってからのこの国は、どういった感じなんだ?」
「…そうですね…正直、天地がひっくり返ったといった様相ですね」
「荒れているという事か?」
「いえ、そういう事ではありません。治安的には、以前よりも格段に安全になりました。しかし、国始まって以来の国民議会への選挙で…正直、国民も何をどうすれば良いのか、わからないのだと思います。選挙がどういった物かもわからない…立候補者も投票する国民も、手探り状態なのでしょう」
街の至る所に顔写真を乗せたポスターの立て看板が立ち並び、広場には立候補者達の演説する姿が見られる。
「選挙の方法等は、女王の居た日本を参考にして行われる様です。国を7つの地域に分け、それぞれ3人の議員を選び、その中から議員投票によって国の指導者を選出するのだそうです。選挙管理委員会も発足され、立候補者それぞれに指導がされています。それよりは、投票する住民管理や方法に手間取っている様ですね」
「というと?」
「住民台帳から、作成しなければならないそうで…役人がてんてこ舞いだそうです。20歳以上の男女を対象とするそうですが、字を読めない者も居る様なので、どのような投票方法にするかが悩み所だそうです」
広場のイスラム寺院の前で何かが燃やされ、役人が周囲の人間を追い払う。
「あれは?」
「あぁ…女王が政教分離を決めた事で、教会や一部の過激なムスリム達が反発しているんです。以前『シャイール・アル・ミルユーン(百万人の詩人)』というアラブの人気番組で、ヒッサ・ヒラルという女性がファトワー(イスラム法学に基づいて発令される布告や裁断等の事)を反する詩を詠んだんですが、女性であるムスリマが、ファトワーを論じた事で多数の共感者を呼び、アラブ圏では一大センセーションが巻き起こったんです。それにあやかって、巷では女王の事を『カナハンのヒッサ・ヒラル』と呼んでいます。教会側からは、立候補者を立てて国教の復活やらシャリーア(イスラム法)の復活やら、王家の廃絶やらを訴えてますよ。ああやって、毎日の様に女王の写真が燃やされています」
「女王は、国民に支持されていないのか?」
「どうなんでしょうねぇ…少なくとも、教会からは目の仇にされているんでしょうが……我々外国人から見ると、若いのによく頑張っていると思いますよ?王太子時代から、癒着や不正を取り締まり、国一番の権力者だった国防大臣や、多くの大臣達の不正を暴き更迭したのも、女王だと聞いてます。その後の各省の管理は、役人と共に女王自ら行っているという事です。親衛隊を全て警察組織に立て直して国の治安を守ったり、インフラ整備に力を入れたり…」
「よくやっているじゃないか」
「でも、新しい政府が出来たら、それら全てを引き渡してしまうそうですよ?」
「…女王自身は、選挙に出馬はしないのか?」
「しないそうですね…王太子時代から物凄い勉強家で、日本から有識者を集めて、寝る間も惜しんで講義を受けていたそうです。女王の改革を認めている役人達から、是非とも出馬して欲しいと言われてるそうですが…女王自身に、その気はないみたいですね」
「…ん?日本とは、国交を断然して、日本人は皆国外退去になったんじゃなかったか?」
「あぁ…それは、一部の反発者達が女王の改革に反発して、日本人を襲う事件が続いたからですね。自分の在任中は、日本人の安全の為に国内から退去して欲しいと、女王から日本大使館に申し入れたそうです。日本から呼び寄せた自分のブレーン達も、皆日本に帰したそうですよ」
成る程…自分の為に日本人に危害が及ぶのを、防いだという事か…。
翌日、エドワードは王宮に赴いた。
街の喧騒が嘘の様な静かな王宮の一室で、数人の西洋人が屯していた。
その中の1人が、入室したエドワードに営業用の笑顔を見せる。
「これは、これは…Mr.バークレイ!!貴方とこの様な場所でお目に掛かれるとは、思っても見ませんでした」
「失礼ですが、貴方は?」
「私は、イギリスのタブロイド紙、ザ・サニーのリドリー・スコットと申します」
「ほぅ…イギリスのタブロイド紙の方が、わざわざ此方まで取材ですか?」
「えぇ、我が国は王室好きですからね…面白いスキャンダルがあれば、どこへでも参ります」
「…スキャンダルですか?」
「えぇ、以前から女王の身辺を取材しているんですがね、見事な程慎ましやかな生活をされていましてね。仕方がないので、日本に居た頃の事を取材しようとしたら、此方も何も出て来ない程、真っ白な履歴なんですよ。そんな人間なんて、あり得ませんからね…さらに突っ込んだ取材の結果、面白い話を仕入れましてね…」
「…ほぅ、どの様な?」
「それは、秘密です…尤も、貴方の持つ情報と交換というのなら、少しだけお教えしない事もありませんが…」
「どの様な情報が欲しいと?」
「そうですね…例えば、貴方の美しい従妹の新しいお相手の事等如何でしょう?何でも、貴方自らが日本よりスカウトされて来たというお話ですが?」
「…確かに、彼をスカウトしたのは私です。バークレーとしては、とても有能な人材を得たと思っておりますが、メリッサとの事は本人達に聞いて頂かなければ、私ではわかりませんね」
「またまたぁ…数々のパーティーで、お二方の仲睦まじい様子を披露されているではありませんか。てっきり、年末の御社のパーティーで発表されるのかと思っておりましたが…」
「彼は、私達家族ととても良い関係を築いています」
「それは、婚約迄秒読みと捉えても?」
「さて、どうでしょうね?」
ニヤリと笑うエドワードに、スコットは満面の笑みを浮かべた。
「ここだけの話にして頂けますか、Mr.バークレイ」
「勿論ですよ」
「実は、女王には…日本に居た頃に子供を産んだという噂があるのですよ」
「…ほぅ」
「然も女王は、子供を日本に置き去りにしたらしいのです。女王になる為には、子供が邪魔だったという事なんでしょう…女王が改宗しないのは、その為だというのですがね」
「…その、子供は?」
「残念ながら、日本の法律は煩くて…相手の男性の事も、子供の事も、皆目わからないのですよ。そこで、女王に直接ぶつけてみたんですがね…」
「女王は、何と?」
「肯定も否定もしませんでした。自分の事は何を書いても構わないが、周囲の人間に害を為す時には、然るべき手段を取りますと牽制されましたがね」
そう言って、スコットは苦笑いを浮かべた。
どうやら、黒澤と琥珀の事はバレてはいないらしいと、エドワードは胸を撫で下ろした。
程なくして役人に呼び出されたエドワードは、案内の衛兵に続いて謁見の間に通された。
真っ白な大理石に、見事なペルシャ絨毯が正面の天蓋を設えた壇上に伸びている。
その壇上の中央に置かれた金縁の椅子には、誰の姿もなく…入口近くに立っていた薄いブルーのヒジャブを被り、鮮やかなコバルト色のドレスを着た美しい女性に出迎えられた。
「Mr.エドワード・バークレイですね?どうぞ、此方に…」
流暢な英語で挨拶され、誘われた壁際の大きなテーブル…堆く積まれた書類に埋もれる様に座っていた女性が立ち上がってエドワードを出迎えた。
「バークレイ・コンツェルンのCEOを務めます、エドワード・バークレイと申します。この度は、拝謁を賜り、感謝致します」
英語で挨拶をし腰を折ったエドワードの耳に、先程の女性の通訳する声が聞こえる。
「どうぞ、頭を上げて下さい、Mr.バークレイ」
頭を上げたエドワードに、正面に立った女性の凛とした日本語が響く。
「ヒナ・ベント・カリーファ・アル=サイードです」
一体、この女性は幾つなんだろう?
スラリとした立ち姿に反して、真っ白な髪や眉。
落ちくぼんだ目、痩せこけた頬、化粧気のないくすんだ顔色。
通訳の女性の様なドレスではなく、男性用の質素な白い服を纏い、頭にもヒジャブを被らず、宝石の1つも着けていない。
女王にしては、酷く地味で……貧相な女性だった。
黒澤が、あんなに執着を見せる女性……本当に彼女なのか?
「どうぞ、お座り下さい」
そう言われ、エドワードは一礼して女王の正面に着席した。
「資料によれば、貴方は非常に日本語が堪能だという事ですが?」
「……私を幼い頃から指導してくれた家庭教師は、日本人女性でした。学生時代も一時期日本で過ごしましたし、CEOになる前には日本で仕事をしておりましたので」
「奥様も日本人女性だと伺っております」
「えぇ…日本で仕事をしておりました折りに出会いました」
表情を変えないながらも、柔らかな眼差しを送る女王の口が開く。
「私は日本で育ち、此方の言葉も貴国の言葉も話せません。以降、日本語で話を進めたいと思いますが、宜しいですか?」
「勿論です。先ずは、女王陛下のご即位をお慶び申し上げます」
「ありがとうございます。といっても、期限付きの在位です。わざわざ来訪頂いたご要望に、応えられるかどうか…わかりませんが」
「……」
「それで、貴方のご来訪の目的は?」
通訳の女性が、エドワードの前に氷水の入ったグラスとピッチャーを用意した。
「どうぞ、水分補給をして下さい。他国の方には、この国の暑さと乾燥は大敵です」
そういって女王自らは、傍らに置いたペットボトルに直接口を付ける。
「…本日は、バークレイ・コンツェルンとして…貴国に油田開発をさせて頂くお許しを頂きたく参上致しました」
女王が机に積み上げられた膨大な資料を探す間に、エドワードは冷たい水で喉を潤した。
謁見する相手の事は、一通り資料に目を通しているのだろう。
だが、他国の様に専門の役人や有識者等を同席させる事もなく、1人で対応しているのだろうか?
国防大臣始め、多くの大臣が更迭された後を女王自ら管理しているという事だが、即位以降この国を1人で背負っているという事なのだろうか?
「……貴方は、この国で油田開発をして…どう活用されるお積もりですか?」
「どうとは?」
女王は、探し出した資料に目を落としながら、再び尋ねる。
「貴方程の方が、我が国の原油の埋蔵量を調べない筈がありませんでしょう?」
「勿論調べました」
「我が国の埋蔵量では、貴国の経済に貢献する程の輸出量を見込めないと思いますが?」
資料から目線を上げた女王が、エドワードの顔を窺う様に答える。
「我が国は、小さな島国です。貴国の様に広大な土地がある訳ではありません。開発する土地も、埋蔵量も、ご期待に添えるとは思えません」
「海底油田開発は、考えていないのですか?」
「……石油プラットフォームですか?」
良く勉強している…まぁ、この石油開発には、他の目論みがあるのだが…。
「今でこそ、油田開発や商業や工業も発展していますが、元々我が国は漁業中心の小さな国家です。未だ漁業を営む国民も多く、国土の小さな我が国では領海圏も小さい為、漁場にも限りがあります。そんな洋上で海底油田の開発というリスクは、とても検討出来ません」
「……」
「原油流出や重金属による海洋汚染、プラットフォーム撤去に掛かる莫大な費用、何よりペルシャ湾上に建設される我が国のプラットフォームは、非常にテロリストに狙われやすい……国を建て直し始めた我が国としては、貴国の様に規模の大きな警備は出来ません」
「それでしたら…」
「…アメリカ軍が力を貸すとでも?」
机に両肘を付き口元の前で指を組んだ女王の目が、スッと細くなった。
「…アメリカは貴方に、どの様な交渉をして来いといわれたのですか?」
成る程…全て、お見通しという訳か…。
「アメリカ合衆国は、カナハンに経済支援と引き換えに、我が国の補給基地の建設を希望しています」
「…前線基地の間違いではありませんか?」
「……」
女王の細められた目が、猜疑心に満ちた光を宿す。
「1つ、お伺いしても宜しいですか?」
「…どうぞ、何なりとお尋ね下さい」
「アメリカ合衆国は……貴方の手元に、琥珀が居る事を承知した上で、この交渉を貴方に託したのでしょうか?」
「……は?」
「貴方も…アメリカ合衆国も、琥珀を人質にするのかと…お尋ねしています」
「いいえ」
「……」
「アメリカ合衆国は、私の邸内に陛下のご子息が居る事を知りません。Little Amberが…琥珀君が人質にされる事は、絶対にありません」
「……それでしたら…我が国の答えは決まっています」
「断ると?」
「Mr.バークレイ、私は日本で育ったのですよ?日本の基地問題は、小学生の時分から学校でも教えられて来ました。敗戦国でもないカナハンが、国内にアメリカの基地を建設する等というデメリット以外何も思い浮かばない状況を、何故選ぶとお思いになりますか?」
「これは、手厳しい」
「アメリカ軍は、カナハンに補給基地を建設し、燃料補給と前線基地を確保し、我が国の領空海圏を自由に航行しようと考えているのでしょう?」
「……」
「我が国を、テロリストの標的にされるおつもりですか?」
「それは、アメリカ軍が阻止すると…」
「貴国は、再び戦争を起こされるおつもりですか?」
「……」
「我が国は、イラクにもテロリストにも屈する積もりはありませんが、アメリカ合衆国に屈する積もりもありません」
「……」
「我が国にも軍隊はあるのです。降り懸かる火の粉は、自分達で振り払います。自ら火種になる事を受け入れる積もりもありません」
「……やはり、そうですか」
溜め息を吐きながら、エドワードは笑顔を見せた。
「ご理解頂けましたか?」
「少なくとも、私は理解しました。が、アメリカ合衆国が諦めるかどうか…それは、私には解りかねます」
「……そうでしょうね」
フゥと息を吐いた女王は、肩を落として深く椅子に座り直した。
「失礼ながら…」
「何でしょうか?」
「もうすぐ退位されるのでしたら、新しい政府に全てお任せになっては如何ですか?」
少し目を見開いた女王は、フッと息を吐いてエドワードに向き直った。
「国民議会選挙に立候補した人物の大半は、今迄政治に関わった事のない、全くの素人なんです。最初は、国内の問題だけでも治めていくのは大変でしょう。ましてや、外交問題となると…」
「失礼ですが、陛下ご自身も素人だったのでは?」
「…確かにそうですね。しかし、王太子という立場を利用して、私は多くの師について色々と学ぶ事が出来ました」
「……」
「それに、この国が乱れた原因は…偏に、私の一族が招いた事です。王家を廃するに当たり、不安材料を取り除き、ある程度の道筋を立ててから、国民議会に引き継ぐのが道理だと思っています」
「陛下は、良き国王となられたでしょうに…」
「そうでしょうか?」
「と、いいますと?」
「……」
「お話しになれない理由は、先程のご子息の人質云々と関わりがあるのでしょうか?」
「Mr.バークレイ、それは、貴方には関係のない話です」
ピシャリと拒絶の反応を示した女王は、ペットボトルの水を音を立てて飲んだ。
「それでは、プライベートな話を致しましょう」
「……何でしょう?」
「その前に、お人払いをした方が良いのではありませんか?」
そう言って、エドワードは通訳の女性を窺った。
「私達の会話に、通訳は必要ないと思いますが?」
「Mr.バークレイ、彼女は通訳も致しますが、私の秘書なのです。それに…イスラム圏では、男女が同席するのを良しとしません。私自身はムスリマではありませんが、密室で未婚の女性が男性と2人切りで過ごすのを良しとしない風潮にあるのです。ご理解下さい」
「ごくプライベートな話ですが…」
「構いません。彼女には、隠し事はありませんから」
「……黒澤の事です」
その話題が出る事を覚悟していたのか、女王の表情は全くといっていい程変わらなかった。
「陛下は、黒澤の事をどう思っていらっしゃるのですか?」
「……どう、とは?」
「黒澤が我が国に来て、1年以上になります。陛下は、その間一度も彼に連絡を寄越さなかった」
「……」
「失礼ですが、陛下は……黒澤の事を愛していらっしゃるのですか?」
「……えぇ」
「本当に?」
「…お疑いなのは、黒澤さんですか?それとも、貴方ですか?」
「少なくとも、私は疑っています」
「他の何方が疑おうと、黒澤さんさへ信じて下されば…私は、それで良いと思います」
静かに伏せ目がちに話す女王に、エドワードは躍起になって質問した。
「せめて、連絡出来なかった理由だけでも、伝言しようとは思わないのですか!?」
「…過ぎ去った時間の言い訳をしろと、仰るのですか?」
「……」
「…黒澤さんが渡米されて約半年間、私は日本に居りました。その間は、黒澤さんと連絡を取らない様にと、彼のお父様と約束をしていたのです。その後、事情があってカナハンに来てからは……黒澤さんと琥珀の安全の為に連絡を絶っております」
「…安全の…為ですか?」
「そうです。この国に居る限り、私は黒澤さんと連絡を取る積もりはありません」
「……」
「それが、黒澤さんと琥珀を守る事になるからです」
表情も変えず、そう冷たく言い放つ女王に、エドワードは怒りを覚え、懐の手紙を握り締めた。
「女王ならば、黒澤と琥珀君をカナハンに呼び寄せる事も出来たのではありませんか!?」
「とんでもない!!」
「……」
「…黒澤さんには、黒澤さんのお仕事もおありですし…」
「……実は、黒澤には縁談話があります」
「それは、貴方の従姉妹の方とですか?」
「ご存知でしたか?」
「義妹が、アメリカの雑誌を見せてくれました」
「それならば、話が早い。メリッサと黒澤は、意気投合しています」
「…そうですか」
「私は、とても良いペアリングだと思っています」
「…その従姉妹の方は、琥珀の事を可愛がってくれているのでしょうか?」
「勿論です。メリッサは、琥珀君の事もとても気に入っています」
「そうですか」
「私は、この縁談を進めようと思っています。陛下は、どうお考えですか?」
「…それは、私が答えを出す問題ではありません」
淡々と答える女王の態度に、エドワードは黒澤からの手紙を渡さないと決めた。
「それでは、黒澤の為に身を引いては頂けませんか?それが、黒澤にとっても…琥珀君にとっても、最良の道だと私は思います」
エドワードの言葉に、それまで黙って控えていた通訳の女性が悲鳴を上げた。
「何と!何という事を仰るのです!?妃奈様の…陛下の思いをご存知ない癖に!!」
そう言って、崩れ落ちる様に泣き崩れる女性を、女王は優しく労りながら、エドワードに視線を戻した。
「貴方も、その言葉を私に言うのですね」
「……」
「申し訳ありませんが、私から身を引く事は出来かねます。私は、黒澤さんの心を守ると誓いました。黒澤さんが、私との結婚を望む限りは……黒澤さんから直接別れを言い渡されない限り、私は黒澤さんを待ち続けます」
「……」
「とはいえ、私はまだカナハンの女王です。まだまだこの国で、やらなければならない事もあります。いつ国を出て、黒澤さんの元に…日本に帰れるか、わからないのですが…」
「陛下は、いずれ日本に帰国するおつもりですか?」
「言葉も碌に話せないでは、仕事も出来ませんし」
「仕事…ですか?」
「生きる為には、仕事をして稼がないと…」
「しかし…女王としての……資産がおありでしょう?」
「何を仰っているのです?」
「……」
「王家の資産は、カナハンの物です。突然現れて女王になった私が使っていいお金等、ある筈がないではありませんか!」
自らは質素倹約に努め、王家の資産は国民の為に使い、率先して身を粉にして働く……この女王は、絵に描いた様な国王の理想像を体現しているというのか…。
「とはいえ、私は、貴方にお礼を申し上げなくてはなりません」
「は?何を…」
「琥珀が……私の息子が、大変お世話になり…本当にありがとうございます」
そう言って女王は立ち上がり、深々とエドワードに頭を垂れた。




