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琥珀色の呪文  作者: Shellie May
79/80

(79) 恩赦

「アイシャは、どうしています?」

西の塔を訪れた妃奈に、ルカイアが視線を(から)めずに尋ねた。

「此方には、尋ねて来ないのですか?」

「…一度だけ…散々恨み事を言われて…泣かれました」

意気消沈(いきしょうちん)したルカイアは、幽閉されても(なお)美しく溜め息を吐いた。

「父は、どうなりました?」

「残念ながら、極刑が決まり…その日の内に執行(しっこう)されました」

「…そうですか…そうでしょうね」

「今日は、DNAの結果が出たので参りました」

「……」

「アイシャは、間違いなく私の妹です」

ホッとした顔を見せたルカイアは、初めて向かえの席に座る妃奈の顔を見て尋ねた。

「国王陛下と国母陛下は、ご納得なさいましたか?」

「…思う所は色々ある様ですが、この件に関しては、私に一任されております」

「……」

「私には、話して頂きますよ」

「……」

「貴女が嘘を答えるならば、アイシャにも処分を与えなければなりません」

「アイシャは、陛下のお子です!」

「それは、わかっています」

「……」

「要は、どの様にして懐妊(かいにん)されたか…その方法を聞いているのです」

引き()った顔を見せたルカイアは、じっと妃奈を見詰めて口を開こうとしたが、妃奈は冷たくその言葉を(さえぎ)った。

「心して答えなさい、ルカイア…でなければ、今後の沙汰(さた)に響きます。貴女と…アイシャの今後が決まります。嘘は許しません…決して」

「……」

「国王陛下は、やはり貴女との関係を否定しました。死ぬ間際の人間の言葉です…嘘はないのでしょう。とすれば、おおよその見当は付きますが…」

「わ、私は…」

「ルカイア…貴女は、国王陛下に…一服盛りましたね?」

通訳するナディアの顔が引き()り、凍り付いた表情を見せたルカイアは、その場に崩れ落ちガクガクと震えた。

「一度だけですか?」

「……」

「国王陛下は、気付かなかったのですか?」

「……秘薬が…あるのです。相手には、決してバレない…そんな秘薬を……他国から取り寄せて…」

大きな溜め息を吐くと、妃奈は崩れ落ちたルカイアを問い詰めた。

「そんなに、自分の地位を確立したかったのですか?」

「貴女様に何がわかります!?」

「国王陛下を(だま)してまで…ターヒルの指示ですか?」

「私は!…私は、陛下のお子が欲しかっただけです!」

「……」

「……あの方の…お子が…どうしても…」

(むせ)び泣くルカイアに、妃奈は驚いた様に目を見開いた。

「…ルカイア…貴女、国王陛下を…」

「……王族との婚姻は…父の悲願でした。かつて国母陛下の愛を勝ち取れなかった父は、その子供達に自分の娘を嫁がせる事に躍起(やっき)になったのです。私は2人の姉達と共に、子供の頃から度々(たびたび)王宮に上がり、王子達と共に過ごしました。当時は、王族や大臣、信頼の置ける士官の子弟達や、大きな商家の子弟達が王宮に上がり、王子達の遊び相手になっていたのです。豪快で、常に皆を引っ張っていたマンスール殿下、少し引っ込み思案で、とても優しいカリーファ殿下…王太子でもあり、明るいマンスール殿下は人気者で…年嵩(としかさ)の子供達は、皆マンスール殿下と共に過ごしたがりました。カリーファ殿下は幼い子供達の面倒を見ながら、木陰で本を読んでおられる様な…そんなお人柄でした」

遠くを(なつ)かしむ様な眼差しでルカイアは立ち上がると、再び椅子に座り直した。

「マンスール殿下が王太子(おおたいし)になられ、父は姉達をマンスール殿下に嫁がせ様と画策(かくさく)しました。しかし、ヤスミーン様との婚約が決まると、姉達は王宮に上がる事を嫌がる様になりました。商家の出であるヤスミーン様が王妃になられ、自分達が第2夫人になる事が()えられなかったのでしょう。そして、マンスール殿下のはっきりとしたご気性は…姉達ばかりでなく、国防軍を預かる父との関係にも(ゆが)みを生んだ様でした」

「やはり、マンスール殿下の暗殺は…」

「わかりません。その頃、私はまだまだ世間知らずの娘でした。唯、父から『お前は、カリーファ殿下の(きさき)になるのだ』と言われ、嬉しくて…幼い頃からの(あこが)れの君の(きさき)になる事だけを夢見ておりました。なのに…マンスール殿下が暗殺され、留学から帰国され直ぐに即位されたカリーファ殿下が(きさき)に選ばれたのは、兄君の婚約者であったヤスミーン様でした」

鉄枠の付いた窓の外に視線を向けたまま、ルカイアは大きな溜め息を吐いた。

「父が、大人しい国王陛下であれば、義理の父親として権勢を欲しいままに出来ると考えているのはわかっていました。だから、第2夫人として私を輿入(こしい)れさせたのです。それでも、私は嬉しかった…なのに…陛下は…」

「貴女と同衾(どうきん)しなかったのですね?」

通訳するナディアの声が、一瞬止まった。

「ヤスミーン様が産まれたマルワーン王子への、国王陛下のお可愛がり様といったら…本当に…宝物の様に愛情を示されて……だから私も、何としてでも陛下のお子を授かりたいと!」

やり方は、激しく間違っている……しかしルカイアもまた、幸せを求めたに過ぎないのだ。

「…アイシャは、知っているのですか?」

「まさかっ!?あの子は、何も知りません!!」

「ならば、墓まで秘密は持って行きなさい、ルカイア」

「……」

「アイシャに、決して自分の出生の秘密を知られる事のない様に…でなければ、私もアイシャを守り切れません」

通訳された妃奈の言葉に、ルカイアは不安そうにナディアを窺った。

「彼女なら心配ありません。私の意思を()んでくれる女性です」

妃奈の言葉に、ナディアは通訳した後胸に手を当てルカイアに(ひざ)を折った。

「この件に付いては、国母陛下にも話すつもりはありません。この場限りの秘密とします。宜しいですね?」

妃奈の言葉に、2人は(そろ)って頷いた。

「貴女の今後の処分ですが…」

「アイシャは!?アイシャは、如何(いかが)なさるおつもりですか、王太子殿下(おおたいしでんか)!?」

「…アイシャは、私の妹です。今迄と、何ら変わりませんよ」

「ありがとうございます!」

「ですが、貴女は…罪人であると国王陛下や国母陛下から公表され、此処(ここ)幽閉(ゆうへい)までされたのです。無罪放免(むざいほうめん)という訳にはいきません」

「覚悟致しております」

「国王陛下が崩御された後、貴女には家財没収の上…王宮を出てもらいます」

「……」

「そして、国王陛下の葬儀には…何があっても出席はさせないとの…国母陛下よりのお言葉です」

「……承知致しました」

「アイシャの事は、私が何としてでも守ります。ご安心下さい」

そう告げると、妃奈はルカイアに背を向けた。



妃奈がルカイアの元を訪ねた数日後、国王陛下は静かに息を引き取った。

国王崩御(ほうぎょ)(ほう)は、すぐさま国内外に報道され、崩御(ほうぎょ)の式が(つつが)なく行われた後、妃奈の戴冠式(たいかんしき)が盛大に行われた。

妃奈が戴冠式(たいかんしき)に着た衣装は、ヤスミーン王妃から譲り受けた物だ。

亡くなったマルワーン王太子が戴冠式(たいかんしき)に着用する為に作られた衣装を、妃奈は自分の体型に手直しさせて身にまとった。

国母陛下は難色を示したが、黒地に錦糸で刺繍を施された軍服の上着を着た妃奈を見て、ヤスミーン王妃は涙を流して喜んだ。

そのヤスミーン王妃も、そして第二妃だったルカイアも、妃奈の即位後に市井(しせい)の人となった。

そして妃奈は兼ねてからの計画通り、王家を(はい)し、国民が政治に参加する為の国民議会を立ち上げ、国民議会に参加する地域の代表を決める選挙を行うと発表した。

選挙管理委員会を作り、選挙の方法、住民への告知、立候補者への説明、選挙活動の管理…様々な事を日本の政治を叩き台にして決めて行った。

選挙の下準備と共に、即位に関する行事、国内外から使者や有力者の謁見(えっけん)、国政の会議、国内のインフラ整備と目の回る様な日々に忙殺(ぼうさつ)されて行く中にあって、妃奈が早々に着手したのは、受刑者への恩赦(おんしゃ)の決定だった。

ルカイアを市井(しせい)に解き放ったのもその一つだったが、それぞれの罪状により、大赦(たいしゃ)特赦(とくしゃ)・減刑と刑の執行の免除および復権(ふっけん)と、それぞれに決めて行く。

中でも政治犯に関しては、全て大赦(たいしゃ)復権(ふっけん)を決めたのには、ある出会いがあったからだ。

王太子時代に監獄を視察した折り、妃奈はその場の機嫌で囚人を鞭打つ看守を思わず(とが)めた。

それを見た囚人の1人が、警護の制止をものともせずに妃奈に向かって言葉を掛けて来たのだ。

「貴女こそ、気まぐれに制止するのは、止めて頂きたい、王太子殿下!」

「貴様!!殿下に向かって、何という物の言い様だ!?」

警護する親衛隊(しんえいたい)(いさ)め、妃奈は話を聞いてみたいと声を上げた囚人を呼び出した。

風呂に入れられ、こざっぱりとした服を着せられた男性を執務室に通すと、妃奈は話しながらでも食べられる様な料理を並べてもてなした。

「どうぞ、座って下さい」

「……いや、結構です」

「それでは、私が落ち着いて話せません」

(いぶか)しむ様な視線を寄越してソファーに座った男性に、侍女ライラが茶をもてなした。

「どうぞ、召し上がって下さい」

「……いや…私は…」

「私との会話は通訳を介します。確認する事も多く、とても時間が掛かるのです」

「……」

「貴方の為に作って頂きました。貴方が召し上がらなければ、作ってくれた人達が落胆するでしょう」

難しい顔をして聞いていた男性は、溜め息を吐くと小さく頭を下げた。

「……それでは、遠慮なく」

ガツガツと食べ物を口にする男性に一向に話し掛けない妃奈に、通訳のナディアが()れている。

男性の食べる勢いがだんだんと(ゆる)やかになるのを見て、妃奈はようやく手元の資料に目を落とした。

「…ハサン・ビン・ムサマンド・アル・ラムジ…42歳。罪状は…政治犯ですか?」

「……」

「入牢5年目……一体、何をしたのですか?」

妃奈の質問に、ラムジは茶碗を掴んで液体を(あお)った。

「私は唯、自分の考えを生徒に話しただけです」

「生徒?」

「私は……カナハン大学で、教鞭(きょうべん)()っていました」

「大学教授だったのですか!?」

「そうです」

ラムジは、社会学の教授であったらしい。

大学の講義で世界情勢を説き、カナハンが世界から遅れている事、その責任は王家の怠慢であると説いた為に投獄されたと語った。

「たった、それだけの為に!?」

声を上げた妃奈に、ナディアが説明する。

「妃奈様、彼は王家に対する反逆罪で投獄されたのでしょう」

「しかし、講義で話しただけなのですよね?誰も傷付けた訳ではないのでしょう?」

「……王家を傷付けた…そういう事です」

「馬鹿馬鹿しい!!」

妃奈とナディアの日本語でのやり取りを、ラムジは黙って聞いていた。

「……失礼しました、ラムジ教授。貴方は、何年の服役を科せられているのですか?」

「…終身刑です」

「あり得ないわ!」

「……私も、そう思います。王太子殿下」

「……貴方は、あの時何故私を止めたのですか?」

「…貴女の気紛れで看守達を止めた為に、彼等は貴女の姿が見えない所で倍程の(むち)を私達に振るうのです。それに、(むち)を振るうのはあの看守だけではない…我々は、穏便(おんびん)に過ごしたいだけです」

「貴殿方は、それを甘んじて受けるというのですか?」

「囚人である我々に、何が出来ます?看守を取り締まるのは、貴殿方政府の方々の仕事の筈だ。その怠慢な仕事のしわ寄せは、何時も底辺の弱い人々に向けられる。貴殿方が旨い物を食べている時、我々は泥水を啜り、貴殿方が柔らかな寝床で寝る時、我々は冷たく固い土の上で身を縮めて震えているのです」

それは、妃奈自身が一番身をもって経験した事だ。

今迄はその理不尽(りふじん)歯噛(はが)みして震えていたが、ここでは違う…ここでは、自分こそが行動を起こさねば何も変わり様がないのだ。

「貴女は、日本に居たそうですね?」

「そうです」

「日本にも、王族が居ると聞きました。彼等を批判すると、やはり投獄されますか?」

「……昔は…第二次世界大戦前迄は、その様な事もあったのかも知れません。しかし今の日本は、言論の自由が確立されています。日本の政治や政治家、天皇家を批判しても、罪には問われない筈です」

「…日本の王族には、権威がない?」

「敗戦国となった日本で、天皇家は政治的権威を返上したと記憶しています。今の天皇家は、国民の象徴としてのみ存在しています。しかし国民の多くは、天皇家を(うやま)っています」

「…何を発言しても、許されると?」

「発言も、発信も、基本的には許されていると思います…(ただ)し、名誉を毀損(きそん)すると訴えられたりしますし、人を脅したりすると罪にとわれる筈です。私も詳しくは、覚えていませんが…」

「貴女は、この国を…どの様に導くおつもりですか、王太子殿下?」

「ここからの話は、まだ内密に願えますか?」

妃奈がそう口にすると、ナディアがギョッとした表情で止めにかかった。

「いけません、妃奈様!この様な囚人に…」

「この様な方だからですよ、ナディア。これからのカナハンは、こういう方にこそ指導して頂かなくてはなりません」

「しかし…」

「いいから…通訳して下さい」

そう言って妃奈はラムジ教授を見詰めた。

「私が即位するまでは…まだ、公表されては困るのです」

「…承知しました」

「私が即位した後は、王家を廃し…国民議会を立ち上げ様と思っています」

「なんと!?」

「選挙を行って、地域の代表を選出するのです。ラムジ教授…貴方にも、是非とも立候補して頂きたいのですが、如何ですか?」

「……それは、ありがたいお話ですが……しかし、私は囚人の身…終身刑の身です」

「私も今学んでいる所ですが、王が即位したり王家の喜び事があると、恩赦(おんしゃ)といって罪を減刑したり出来るそうですね?」

「…確かに」

「今、政治犯として投獄されている方々は、ラムジ教授の様に王家の批判をした人々が多いのではありませんか?勿論、政治犯でも人を傷付けたり、殺人犯を許す積もりはありませんが、あり得ない様な罪で投獄されている方々は、全て釈放すると…お約束しましょう」

「……それで、私に何をさせたいのです?王家の…貴女の擁護(ようご)をしろとでも?」

「そんなものは、望んでいません」

「では何をしろと仰るのです!?」

ラムジ教授は、険しい顔でテーブルを叩いて立ち上がった。

「貴方は、唯…カナハンの国民が、自分達で幸せに国を立て直して行ける様に…その指導をして貰いたいだけです」

眉を寄せるラムジ教授は、ゆっくりと椅子に座り直した。

「…それで、貴女に何のメリットがあります?」

「別に、何もありません」

「王家を廃し…貴女は、どうされるのです?貴女も又、議会に参加されるのですか?」

「いいえ。議会は、カナハンの国民に(ゆだ)ねます」

「…貴女は、何をしたいのですか、王太子殿下?」

「…そうですね……許されるなら、私は…『戻るべき場所』に戻りたいと思っています」

そう言って、妃奈は深い溜め息を吐いた。

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