(78) クリスマスの知らせ
屋敷中に飾られたクリスマスツリーや華やかな飾り、ツリーの下にはタグの付けられたプレゼントが所狭しと積み上げてある。
それは事務所も同じで、仕事場にもツリーやチカチカと瞬くイルミネーションが飾られていた。
日本では考えられない光景にもようやく慣れて来た黒澤の殺風景なデスクにも、誰かがサンタクロースのスノードームを飾ってくれている。
心なしか皆がウキウキとしている…アメリカの休日は、基本的には12月25日と1月1日だけだが、ホリデーシーズンになると家族との休暇を楽しむ為に有給休暇を取って帰省する者が多い。
黒澤が席を置く法務部のホリデーパーティーは、近くにあるクラブを貸し切って行われた。
ホワイトエレファントという恒例のプレゼント交換に湧く同僚が、黒澤の肩を叩いた。
「Hey!クロサワ!ホリデーは日本に帰るのか?」
「いや、此方に留まる事になるだろう」
「家族は?日本で待っているんじゃないのか?」
「私の家族は、此方に連れて来ている息子だけだ」
「Solely!…それでは、ホリデーもドブスフェリーで過ごすのか?」
「…多分」
「まぁ、社長の親族と顔合わせするには、いい機会かもしれないな」
「親族と顔合わせ?」
「知らないのか?ホリデーシーズンには、ヨーロッパや日本からバークレイの一族がドブスフェリーに勢揃いするのさ。君も近々親族になるんだ、いい機会じゃないか!」
噂話を鵜呑みにする同僚に溜め息を吐きながら、互いに『Best wishes for the holiday season and the coming year.』と声を掛け合う。
数日前、クリスマスディナーを一緒にと華奈子夫人に誘われたのは、そういう事か…。
日本に帰国すれば、小塚達に迷惑が掛かる。
今年の年末は、小塚は実家に、先日入籍した田上と磯村は、栞の待つ大阪に帰ると言っていた。
この時期帰国しても、日本のホテルは満室だろう……休暇で人の居ない事務所に出ても仕方がない。
黒澤は事務所に戻ると、持ち帰れる資料と専門書を抱えドブスフェリーに帰る事にした。
「お帰りなさいませ、Mr.クロサワ。凄い荷物ですね?」
そう言って、J.Jは黒澤の持ち帰ったダンボール箱を預かった。
「ホリデーも此方でお仕事ですか?」
「あぁ、事務所はもぬけの殻だからな」
「日本人は、本当に仕事が好きなんですね」
そう口にしてしまってからJ.Jは、しまったという顔をして「…Solely」と謝った。
「…日本では、クリスマスだからといって仕事が休みになる訳ではないんだ。普通の事だよ」
「子供達もですか?」
「子供は…クリスマスの頃に学校が休みに入るかな」
「それでは、ホリデーシーズンをLittle Amberと共に過ごされては?」
「…そうだな」
この屋敷の者は、皆琥珀を大事に思ってくれている。
返って琥珀に一番関心が薄いのは、父親である黒澤自身かもしれない。
妃奈を繋ぎ留める為、自分の寂しさを埋める為に琥珀を取り上げておきながら、幼い琥珀とどう向き合っていいかわからずにいるのだ。
「お忙しい様なら、私がLittle Amber のお世話をさせて頂きます」
「君は、ホリデーシーズンを家族と過ごさないのか?」
「私の両親は既に他界していますし、兄弟もおりませんので…このお屋敷が我が家の様なものなんです」
「…そうなのか」
屈託なくそばかすの顔を破顔させたJ.Jに、黒澤は薄い笑いを返した。
「ホリデーシーズンは、Mr.ラシードもお忙しいですし…」
「此方の親族が、集合されるそうだな?」
「以前は12月中頃には女性の親族の方々がお集まりでしたが、奥様が嫁がれて来て、ケント様とメリッサ様、リディア様が此方のお屋敷にいらっしゃってからは、フランスにお住まいのマリーナ様とセオドア様、日本にお住まいのウィリアム様は、クリスマスのギリギリに来られる様になりましたね」
「滞在はいつ頃まで?」
「年末のパーティーにご出席され、年明け早々には皆様お帰りになられます」
約一週間は、この屋敷に親族が集まるという事か…これは、ホテルを取っていた方が良かったのかもしれない。
「今から、どこかホテルを予約する事は可能だろうか?」
「今からですか?難しいかと思いますが…」
「……そうか…」
「もしかして、ご親族が集まられるのを気にしていらっしゃいますか?」
「親族が集まる場で、他人が図々しく居座るのは如何なものかと思うがな」
「そんな事を気になさる必要はありませんよ、Mr.クロサワ」
そう言って、J.Jは人懐っこい笑顔を見せた。
毎年クリスマス・イブに会食をするというバークレイの親族は、22日には各国からドブスフェリーに集まった。
23日には入院しているメリッサの父親、バークレイ・コンツェルンの相談役でもあるケント・バークレイの見舞いに行き、その後ショッピングに興じたらしい。
黒澤が正式に面々と顔を合わせたのは、24日のクリスマス・ディナーの席だった。
「それで、いつ頃日本に着任するんだい、クロサワ?もうじきアメリカでの研修も1年になるだろう?」
「まだ、決まっておりません。まだまだ覚えなくてはならない事が山積しておりますし、各国の担当者の教育が終わっておりませんので、今しばらくは此方での生活になるかと思います」
現アジア・オセアニア統括のウィリアムの問いに答える黒澤に、今度はヨーロッパ統括のセオドアが声を掛けた。
「焦る必要はないんじゃないか?君の研修中でも、義兄さんの許しさえあれば、メリッサとの婚約を発表すればいいと思うよ」
「…ぁ…いぇ、それは…」
「あなた!姪の結婚話より、娘の結婚話を進めて下さらないと!」
マリーナの言葉に、リディアが頬杖をついて手を振った。
「ないない、私は当分結婚する気はないわよ、ママ!」
「何て事言うの、リディア!貴女もうじき29になるのよ!?何としてでも、30になる前には結婚しないと!」
「何で?大体、相手だっていないし」
「お相手なんて、貴女が望めば幾らでもいますよ!それなのに、貴女ときたら…いいお話が来ても、悉く袖にして…」
「そういえば、タナベとの話はどうなったんだい、リディ?君の方から積極的に言い寄ってたんだろ?」
ウィリアムの発言に、マリーナが目を三角にしてナイフとフォークをテーブルに叩き付けた。
「本当なの!?リディア!!」
「私は、タナベとなら結婚してもいいと思ったんだけど、彼はバークレイの人間になる気はないって、振られたのよ」
「エドワード!?どういう事です!?」
「どうもこうも…ツルギ・タナベとは、そういう男です。私としては、タナベがその気なら、この話まとめても良いと思っていたんですがね」
「残念だったわね、リディ。私には、タナベなんて口うるさい男、考えられないけど」
「あら、タナベが口うるさいのは、メリッサにだけよ」
そう笑うと、リディアは大きな溜め息を吐いて両手で頬杖を付いた。
「でも、いい条件だったんだけどなぁ…タナベはいい男だし、日本人だし、束縛もしないし、結婚してもこの家に引き続き住めるから、仕事は続けられるし…」
「リディ、お前…結婚しても、この家に住む積もりなのか?」
「えぇ~、駄目?」
「いゃ、それは…流石に、結婚相手が嫌がるんじゃないか?」
「だって私、メトロポリタンの仕事続けたいんだもの!結婚したら、子供だって欲しいし…諸々考えたら、この家で生活するのがベストなのよ!」
「おぉ、嫌だ!ワーキングウーマンになんて、させるんじゃなかったわ!」
マリーナがこめかみを押さえながら、隣りのセオドアに愚痴をこぼしている。
「そうだ、エド…こっちに帰って来たら、僕も此処に住めるかな?」
「お前もか、ウィル!?」
「駄目かい?出来れば、別棟を建て増して欲しいところなんだけど、贅沢は言わないよ」
「お前は、自由気儘に1人暮らしをしたいのかと思っていた」
「僕も最初は、そう思っていたんだけどね…屋敷を借りて、使用人を雇って、一から教育して…面倒な事、この上ないだろ?リディと一緒さ。諸々考えたら、この家に厄介になるのが一番楽だ」
明け透けに語るウィリアムに苦笑すると、エドワードは隣に座る華奈子夫人に目をやった。
「…どう思う、華奈子?」
「私は、構いませんよ?皆さんがいらっしゃる方が、楽しいですし…貴方さへ宜しければ…」
フワリと花の開く様な笑顔を夫に向けると、華奈子夫人は誰に言うともなく呟いた。
「良いご縁が広がって行くのは、本当に素晴らしい事ですし…」
クリスマス・プディングが振る舞われると、一同はダイニングからドローイング・ルームに移動し、男性は酒と煙草を手に各地の情勢等を語り、女性は珈琲を片手に菓子を摘まみ、ショッピングやパーティーの話に華を咲かせていた。
「Eagle、先程の話だが…」
暖炉の横で煙草をくゆらせていた黒澤に、エドワードが声を掛けた。
「先程のとは?」
「リディの結婚話で掻き消されてしまったが、君とメリッサの事だ。私は、いいペアリングだと思うんだが…」
「お戯れを…セオドアも誤解していましたが、あれはタブロイド紙のゴシップです。貴方もよくご存知の筈でしょう?」
「だが、メリッサは君の事を気に入っている。どうだ、一度真剣に考えてみてくれないか?」
「…エド、私には婚約者がいます」
「その婚約者とは、この1年連絡が取れていないのではないか?」
「…それは…」
「君からは、連絡が取れない状態だと聞いた。だが、彼女には連絡先を伝えているんだろう?それでいて連絡を寄越さないのは…」
「何か事情があるのです」
「そうだろうか?」
「……」
「私も婚約していた時、華奈子と1ヶ月離れた事がある。彼女は日本に帰国して、父親の看病をしていたのだ。私は仕事が忙しく同行出来なかったので、毎日メールと電話で連絡を取り合った。それでも耐え切れず、休暇をもぎ取って日本に会いに行ったぞ」
「……」
「君達は、本当に愛し合っているのかと、私は疑っているんだ」
「…人には、それぞれの愛の形があります。貴殿方ご夫婦の様に、ストレートな愛情表現をする夫婦ばかりではない。ましてや、日本人なら…」
「華奈子は、奥ゆかしい大和撫子だ。それに、私は日本の若者達と大勢付き合って来たが、君達の様相はドライを通り越し無関心に近い…特に、日本にいるという君の婚約者は、君との関係を破棄したがっているとしか思えないが?」
「貴方には理解出来ないでしょうが…」
そう黒澤が反論しようとした時、ドローイング・ルームにラシードが駆け込んで来た。
「どうした、ラシード?そんなに慌てて?」
訝しむエドワードに一礼すると、ラシードは黒澤に駆け寄った。
「Mr.クロサワ、急ぎご同行願えますか?」
「どうした、何かあったのか?」
「申し訳ありません。Little Amberが、お怪我を…」
黒澤は、慌ててラシードに同行した。
海外の正式ディナーには、子供達の参加は許されない。
今日は子供達の為に、従業員の食堂で子供向けのパーティーを開くのだと、J.Jが言っていた。
従業員の食堂の手前から、大声で泣く子供達の声が聞こえる。
「どうしたんだ!?」
駆け込んだ食堂には、医師の指示の下大人達があたふたと走り回っていた。
掃除機を持って来る者、箒とちりとりで辺りを掃除する者、泣きじゃくっているリュウをあやす者…。
琥珀は、倒された大きなテレビの前で、引き付けを起こさんばかりに泣いていた。
その周りと身体に散乱する硝子片、粉々に割れたテレビの画面…。
「琥珀!?」
駆け寄ろうとした黒澤を、医師が止める。
「Mr.クロサワ!先に身体の硝子片を処理させて下さい!」
そう言うと、掃除機のノズルを琥珀に向けて、髪の毛から顔、身体や洋服に付いた硝子片をバチバチと吸い込んて行く。
「一体、何があった?テレビに突っ込んだのか?」
「申し訳ありません、Mr.クロサワ」
青い顔をしたJ.Jが、黒澤に頭を下げる。
「取り敢えず、部屋に連れて行く。来てくれ、J.J」
「私も一緒に行きましょう」
泣き叫ぶ琥珀を抱き上げ部屋に連れ帰り、着替えさせ医師の診察を受けたが、幸いにも軽い擦過傷と切り傷だけで事なきを得た。
それよりも、琥珀の興奮が治まらず、発熱を伴い尚も声を張り上げて泣き叫ぶ。
「どうした、琥珀?大丈夫だから…父さんは、此処にいる」
ベッドの中で抱きあやしてやると、ようやく少し落ち着いて来たのか叫ぶ様な泣き声は治まった。
その代わり、今度は明らかに『かっかぁ』と、ぐずる様に泣き続けたのだ。
1時間近くあやして寝付かせると、黒澤はJ.Jに問いただした。
「一体、何があった?」
「それが、正確には何があったのかわからないのです」
「どういう事だ?」
J.Jは申し訳なさそうにうなだれながら、状況を整理している様だった。
「とても機嫌よく、リュウ坊ちゃまと過ごされて…ゲームやダンスもされて、少し興奮はされていたと思います。もうじきお開きで、部屋に戻ろうかと時計を確認した時、突然…テレビに向かって突進されて…画面を叩きながら何か叫ばれて、テレビをなぎ倒され…その後は、先程の様に大泣きされていたのです」
J.Jがここ迄話した時、控え目にドアをノックすると華奈子夫人が顔を出した。
「琥珀ちゃんは?大丈夫ですか?」
「ありがとうございます。幸い怪我は大した事は無い様ですが、かなり興奮していて…。お騒がせして、申し訳ありません」
「何を仰います!此方の監督不行き届きです。本当に申し訳ありません」
「いえ…」
「リュウが言うには、テレビを見ていたら、急に琥珀ちゃんがテレビに向かって走り出したという事なのです。J.J、心当たりはありますか?」
「確かにテレビは点いておりましたが…私は番組内容までは覚えておりません。食堂に戻り、覚えている者がいないか調べて参ります」
その後も琥珀の興奮はしばらく治まる事がなく、黒澤は久々に父親らしく子供との時間を過ごす事になった。
少しでも離れると『ととっ!ととっ!』と探し回り、抱き上げてやると黒澤にむしゃぶりついて『…かっかぁ』とぐずるのだ。
ベッドの中で子供の熱に触れていると、不思議に睡魔に襲われる。
勉強しようとベッドに持ち込んだ本や資料は、結局黒澤の枕にしかならなかった。
年末31日には、バークレイ・コンツェルンの本社ビルで毎年恒例のカウントダウン・パーティーが行われる。
本社ビルの社員だけでなく、世界中のVIPや取引先、マスコミや有名人達が集まる盛大なパーティーだ。
ようやく落ち着いた琥珀をラシードとJ.Jに預けると、黒澤はタキシードに身を包み、同じく正装した田辺、メリッサ、リディアと共にリムジンに乗り込んだ。
「Little Amberの様子はどう、クロサワ?」
「ありがとうございます、リディア。おかげさまで、少し落ち着きました」
「今日は、大丈夫だったんですか?」
「ラシードとJ.Jに任せて来ました。田辺さんにも、ご心配をお掛けしました」
「でも、仕方ないわよ。今日はクロサワにとって、次期アジア・オセアニア統括責任者としてのお披露目のパーティーでもあるんだから」
そう言いながら、しきりにコンパクトのパフで顔を叩きながらメリッサが言った。
「今回のパーティーの目玉なんだから、何がなんでも出席しないとね。世界中の取引先と、いい顔合わせが出来るわ」
「…目玉なんですか?」
「そうよ!ここ数年、バークレイのカウントダウン・パーティーには、目玉企画が発表されるのよ。新たにアフリカ大陸への進出、南アメリカの販路展開、製造業、エネルギー事業への進出、新しい人事…然りね」
「それでもカウントダウン・パーティーの過去一番のトップニュースは、エドとカナコの婚約発表だったわよね!」
キラキラと目を輝かせながら言ったリディアが、ハッとして付け加える。
「翌年のメリッサの婚約もね」
「付け足しみたいに言わないでくれる?それに、2年後には離婚したし…何にせよ、今日はいっぱい顔を売っておきなさいよ、クロサワ!」
5番街にあるバークレイ・コンツェルン本社ビルの前には、大勢のマスコミで賑わっていた。
エントランスにリムジンが止まり車から出た途端、一斉にフラッシュが焚かれ、車から降り立った女性陣は、にこやかにマスコミに向かって手を振ってサービスをし、メリッサは当然の様に黒澤に自分の腕を絡めた。
パーティー会場のホールに入ると、黒澤とメリッサは直ぐに大勢の人々に取り囲まれた。
此処からはメリッサが本領を発揮し、必要な人間に声を掛け黒澤を紹介する。
どうでもよい人間には『Hi!What's up?』と一言の挨拶であしらって行く。
やがてCEOのエドの隣りへと誘われ、黒澤は人々の視線を浴びながら恐ろしい数の人々と挨拶して名刺を交換し、握手を交わし写真を撮影した。
「整理はついた?」
カウントダウンが終わり、親族の控え室で名刺と携帯の写真の突き合わせをしていた黒澤に、メリッサが声を掛けて来た。
「何とか、大丈夫そうです。今日は、本当にありがとうございました」
「いいのよ。今日は、貴方の秘書の様なものだったんだもの。それより、約束覚えてる?」
「日本の友禅でしたね?知り合いの実家が呉服屋だそうで、皆さんの写真を送っておきました。希望に合いそうな着物を揃え次第、此方に持って来てくれるそうです。でも、本当に紹介だけで良かったのですか?」
「あら、私に合う着物をプレゼントしてくれるの?幾ら掛かるか、わかって言ってる?」
「それは…」
「いいのよ。私達アメリカ人には、着物の店なんてわからないし、紹介してくれるだけで十分よ。エドもカナコの着物を買うのだと張り切っていたわ!」
メリッサが満面の笑みを浮かべて答えている背後で、エドと田辺がディスクを片手に眉を寄せて此方を窺っているのが見えた。
「何かありましたか、エド?」
「Eagle、クリスマスのLittle Amberの一件だが、使用人達の話で観ていた番組がわかったので、映像を取り寄せてみた。観てみるか?」
「是非、お願いします!」
田辺が部屋のDVDデッキにディスクを入れると、大型テレビの画面に華やかな映像が映し出された。
「クリスマス恒例の『世界の王室』という番組らしい。アメリカ人は王室という物に憧れがあるので人気番組らしく、この一年の世界の王室の情報を紹介する番組らしいんだが…」
「あぁ、日本でもよく放送していますよ。日本の皇室と共に、イギリスなどヨーロッパの王室が紹介されていますね」
現在世界では30近い数の王室が存在するらしい。
日本を含めるアジアから紹介された番組は、華やかなヨーロッパ各国の王室を紹介していた。
いつの間にか、部屋の女性陣が夢中になってテレビを囲み、素敵ねと口々に囁きあっている。
番組は、続けて中東の国々を紹介していく……サウジアラビアを筆頭に王国や首長国が紹介されて行った。
バーレーン、カタールと続き、番組が次に取り上げたのは、ペルシャ湾に浮かぶ小さな島国だった。
『古くから「ペルシャ湾の真珠」といわれる此処カナハン王国では、今年新しい若き女王が誕生しました』
青い海、砂漠地帯の油田、縦横に走る高速道路に運河。
近代的な商業地と昔ながらの住宅街の間の中洲に、巨大な城塞を要した王宮が映し出された。
次の場面では王宮の広場らしき場所に人々が集まり、バルコニーに現れた2人の女性が民衆に手を上げて応えている。
そのバルコニーをアップにしたカメラの映像が映し出された途端、黒澤はソファーを蹴って立ち上がった。
「Eagle?」
訝しむエドの声が遠くに聞こえる…。
琥珀がテレビに向かって突っ込む筈だ…イスラム教特有の白いスカーフを被り、にこやかに手を上げる年配の女性の隣りで、金のドレスの上に黒地に金糸で刺繍を施され、同じく金のモールで飾られた短い軍服の様な上着をまとい、三つ編みの白髪を結い上げた上に王冠を戴く凍り付いた様な顔をした女性は…紛れもなく妃奈だ!!
年齢を隔ててはいるが、似た面差しの2人の表情は、余りにも対象的だった。
「Eagle、大丈夫か?」
「田辺さんっ!巻き戻して下さいっ!!」
その場の全員が黒澤の形相に驚く中、田辺が淡々とDVDをカナハン王国の最初の部分まで巻き戻した。
『…日本で育ったという新女王は、王太子時代から色々な改革をされて来ました。不安定な政情を正し、即位後は政教分離を打ち立て、三権分立を目指す為に王権を撤廃し、来年には国民議会を成立させる為の選挙が行われるそうです』
『それは、女王が育った日本と同じ様な国にしたいという事でしょうか?』
『その様です。世界から王国が1つ消えてしまうのは寂しいですが、王国最期の女王のこれからの活躍に期待したいですね。それでは次はアフリカ大陸へ!モロッコでは今年も…』
番組的には、とても小さな扱いの王国だった。
カナハン王国…聞いた事もない国の…女王だって!?
一体何で…。
「大丈夫か、Eagle?」
ソファーに崩れ落ちた黒澤に、エドが心配そうに声を掛ける。
「お水です。どうぞ…」
華奈子夫人が手渡してくれた水を、黒澤は一気に飲み干した。
「Eagle、彼女は…」
「…妃奈です。琥珀の母親で、私の婚約者です」




