(77) 詮議
国母陛下のサロンではなく、詮議の間への呼び出し…それの意味する所を予見した妃奈の眉間に皺が寄る。
詮議の間の扉の前には、黒い千鳥格子のシュマーグを被る男達が妃奈に一礼して、恭しく扉を開けた。
部屋の中央には、4人の男女…段上には、カウチに横になった国王陛下と背筋を伸ばして椅子に座る国母陛下が、そして下段には床に座らされたアイシャの母親のルカイアと、その父親であるターヒル国防大臣が居る。
部屋に入った妃奈の姿を確認すると、国母陛下は自分の隣に来る様に目配せして、目の前の2人に声高らかに質問した。
「今一度尋ねます、ターヒル。国防省を調べた監査官より、この20年に渡り我が国の国防軍に振り分けられた維持費の約40%が、貴方の命令により機密費としてプールされている様ですが、その使い道を聞いているのです」
「ですから、先程から申し上げております通り…機密費なれば、公開は平にご容赦願います、国母陛下」
「私が尋ねているのではありませんよ、ターヒル。国王陛下が、お尋ねなのです」
「ですから、機密費なのです。公開出来る類いの物では…」
「では、機密費の帳簿を提出しなさい!機密費が設けられた20年分の帳簿、国防省では大臣であるターヒル…お前が管理していると聞きました。しかし国防省のお前の執務室からも、お前の自宅からも出て来ないとは、どういう事です?」
「それは…」
ターヒル国防大臣が言葉を詰まらせると、それまで黙って聞いていた国王が、カウチから半身を起こして尋ねた。
「本当なのか、ターヒル?お前も、余を裏切っていたと申すか?」
「国王陛下、決してその様な事は…」
「では、その機密費…現在は、幾らあるのか?」
「それは…」
「余が即位して二十余年、機密費を使わなければならぬ程の国防の大事はなかった筈」
「それは…国王陛下がご存知なかっただけにございますれば…」
「答えよ、ターヒル!!余が、国防軍の最高責任者ぞ!?」
「……」
歯噛みした様な表情で俯く父親を見て、隣に座らされたルカイアは、殆ど悲鳴に近い様な声を張り上げた。
「父のしでかした事など、私は一切存じませんでした!何故私までも、この様な場所で詮議されなければなりません!?」
「控えよ、ルカイア!お前に発言の許可を出した覚えはありませんよ!」
「自分で釈明せず、誰が私を擁護して下さいます!?国王陛下!!どうぞ、私の話をお聞き下さい!!私は、陛下の妻にございます!!」
国防省を査察した監査官からの報告は、妃奈の所にも届いていた。
国王陛下と国母陛下の読み通り、ターヒル国防大臣は20年以上に渡り国防軍の維持費を着服している痕跡があった。
然もその金額は、他の大臣達の比ではない…それだけの金額が、一体どこに消えたのか?
勿論一部はターヒルの一族や商売、株などに流れたのであろうが、それにしては不明な金額が大き過ぎるのだ。
監査官は、不正発覚後も引き続きターヒルとルカイアの身辺調査を続けていた。
国母陛下が2人を呼び出したという事は、その調査が判明したという事だろう。
「それでは尋ねます、ルカイア。お前がこの数年に渡り隣国マリークに支払った金額は、一体幾らになるのです?」
「は?一体何の…」
「惚けるでない!お前は毎月の様に、高額な買い物をしていますね?貴金属にドレス、調度品…それらの殆どは、隣国からの輸入品となっています。しかしあの資源も何も無い国に、軍事しか興味のないあの国に、そんな布地や宝石などありはしない。ましてや加工技術などない事は、周知の事実です。よしんば、隣国からの輸入品の購入だとして…貴女が第二夫人の予算以上の買い物をするのはいつもの事ですが、実家よりの援助にしては金額が高額過ぎるのではありませんか?」
「わ、私は何も存じません!」
ムキになって叫び声を上げるルカイアに、国母陛下は横に置かれた机から書類の束を掴み、バシバシと叩きながら目を吊り上げた。
「白々しい嘘は止めなさい!証拠は揃っているのですよ!?お前が支払った店は、マリーク国家が運営しているといっても過言のない息の掛かった店ばかり。その上、間違いなくお前のサインの入っている領収書…鑑定の結果からも明らかなのですよ!?この事実、どうやって言い逃れする積もりです!?」
そう言うと、国母陛下は手に持った書類の束をルカイアの顔面めがけて投げ付けた。
紙吹雪の様に舞う書類を集め目を落としたルカイアは、隣りに座る父親を窺うと頭を振る。
「お待ち下さい、国母陛下!!確かに、確かにこれは私のサインです。物品を購入したのも私です。しかし…しかし、こんな金額など…私は、存じ上げません!国王陛下!!どうぞ、信じて下さい!!私は、何も…」
懇願する様に叫び続けるルカイアを無視し、国母陛下は憎々しげにターヒルを見下ろした。
「良い手を思い付きましたね、ターヒル。国王の第二夫人であるルカイアのサインがあれば、国からも銀行からも、何の疑問も持たれず国外への送金が可能です。そうやって、お前は一体幾ら隣国に振る舞ってやったのです!?」
「真なのか、ターヒル!?余は…余は、お前を信ずればこそ、国防を任せたというのに…」
国王陛下の言葉に、俯いていたターヒルの肩が震えた。
「……陛下は…いや、貴殿方は、何もわかっておられない!」
「どういう事です?」
訝しんで尋ねる国母陛下に、ターヒルは薄ら笑いを浮かべた。
「この小さな弱小国を守って来たのは、一体誰だと思っておられます!?国民の平和を守って来たのは、一体誰だと?王座に座っているだけの貴殿方に、世界の一体何がわかるというのです!?」
「ターヒル!!」
「私が動かなければ、こんな国などとっくに乗っ取られているのですよ!貴方が王座に座って来られたのも、全て私のお陰だというのに!それを糾弾すると仰るのですか、国王陛下!?」
ターヒル国防大臣の反撃に国王陛下は下を向き、国母陛下は唇を噛んだ。
「…だからといって、貴方が国を裏切っていい言い訳にはならない」
突然言葉を発した妃奈の日本語を、ナディアが慌てて通訳する。
「貴女こそ、この国の事を何もわかっていらっしゃらないでしょう、王太子殿下!?」
「そう、私は未だこの国を理解していない…ですが、問題をすり替えていけません、ターヒル国防大臣。貴方が国を裏切っていい言い訳にはなりません」
「…貴女には…わからない!この国は…」
「貴方が国を憂いての行動だったとしても、それを独断で行った時点で、国賊だと糾弾されて然るべきだと思われませんか?」
「だが!?」
「何故、国王陛下に進言されなかったのです?国の会議に提議されなかったのです?純粋に国を救う事を考えられたのなら、隣国やイランよりのマージンは、一切受け取っていない…恩恵に与ってはいないと断言出来ますか!?」
「……」
妃奈の言葉に黙り込んだターヒル国防大臣に向かい、国母陛下が静かに後を引き継いだ。
「…調査によれば、マリークの国王にアイシャを嫁がせ、国を統合するつもりだった様ですね。その後は、お前が統治でもするつもりだったのですか、ターヒル?」
「お父様!?本当ですか!?」
国母陛下の言葉に顔色を変えたルカイアは、隣に座る父親に掴み掛かった。
「その話は白紙に戻したと、約束なさったではありませんか!?」
「止めよ、ルカイア」
「冗談じゃないわ!アイシャはまだ17なんですよ!?何故あんな年寄りの所に嫁がせねばなりません!?」
「止めよ!それがアイシャの為なのだ!!」
ターヒル国防大臣がそう言って娘を振り払うと、ルカイアは再び父親にむしゃぶりついた。
「アイシャは、モハメッドを好いておりますのに!!お父様も、2人の結婚を認められたではありませんか!?」
「…モハメッドは、承知している」
「また…またそうやって、何もかも勝手にお決めになるんですか!?」
「幾ら想い人の所に嫁いでも、幸せになれない例を…私は見て来たのだ!孫の幸せを願っての事だ!お前は黙って従えばいい!」
「嫌です!!アイシャは、私の娘ですよ!?お父様の政治の犠牲にはさせません!!」
ルカイアは母親としての矜持を貫き通した。
それは、娘を思う母の姿に他ならないのに…国王陛下と国母陛下の視線は、冷ややかにルカイアを見下ろしている。
「今更、母親振るのはお止めなさい、ルカイア」
「何を仰います、国母陛下!アイシャは、私の娘です!」
「確かに、貴女の娘ではありますね」
国母陛下の冷たい言葉に、ルカイアは眦を吊り上げた。
「…また、その話ですか!?何度も説明致しましたでしょう!?アイシャは、国王陛下のお子に間違いありません!!」
ルカイアの言葉にギョッとして隣の席を窺うと、同じ様に眦を上げた国母陛下と、こめかみを手で覆う国王陛下が俯いている。
「…どういう事です?」
「言葉通りです。アイシャは、王家の血を継いではいないのですよ」
「違います!」
ルカイアの必死な叫び声が、国母陛下の声と重なった。
「アイシャは、貴女様の妹である事に間違いありません、王太子殿下!!それは、DNA鑑定でもちゃんと証明されております!」
ルカイアの言葉を通訳したナディアの声が震えている…さもありなん、これは王家の秘め事に違いない。
しかし、DNA鑑定で証明されていると聞いて、妃奈は胸をなで下ろした。
だが、証明されていると事実が明らかなのに、国王陛下と国母陛下の頑なさは何故なのか?
「…それでも、余には覚えがないのだ」
「国王陛下!?」
「どう考えても、有り得ないのだ」
「陛下がお忘れなだけです!現に、私はちゃんとアイシャを授かっております!」
「まだ言い訳をするのですか?なんと、おぞましい事!!」
国母陛下の冷ややかな視線と共に吐かれた言葉に、ルカイアが噛みついた。
「ちゃんと証明されております!」
「そこに、どんなからくりがあるのでしょうね?」
「それを仰るなら、亡くなられたマルワーン殿下は如何なのです!?」
「何!?」
ルカイアの返答に、今度は壇上の2人の顔色が変わった。
「本当に、国王陛下のお子様だったのですか?」
「…何を言う!?」
「何という事を言うのです、ルカイア!?」
そのやり取りを聞き、今迄うなだれていたターヒル国防大臣が顔を上げた。
「それは誠か、ルカイア?…そういえば、当時も噂はあったのだ……カリーファ王子が留学先から帰国して直ぐに、元々は兄君である亡きマンスール殿下の婚約者であったヤスミーン嬢と王位に就くのと同時に婚儀がなされ……産み月に満たないご出産にも関わらず、マルワーン王子のご健在な様子に、一部の者達からの疑惑の声が…」
「…マルワーン殿下は、亡くなられたマンスール殿下のお子だったのではないのですか?国王陛下?」
「もうお止めなさい!」
たまりかねた様に妃奈の隣から声が飛んだ。
「マルワーンは、私の大切な孫でした!亡くなったあの子を陥れる様な言葉は、私が許しません!」
「アイシャも、貴女様の孫です!国母陛下!!」
ルカイアの言葉を無視し、国母陛下はギラギラとした視線をターヒル国防大臣に向けた。
「…マルワーンを…視察中のマルワーンを刺し殺したのは、お前の家来筋の男でしたね、ターヒル」
「……私には、関係ありません」
「多額の借金を抱えた男だったそうですが、マルワーンを殺害し自殺した後、借金が全額支払われ…男の実家にもお前から援助がなされているとは、どういう事ですか、ターヒル?」
「私は、預かり知らぬ事です。そんな事よりも、先程のマルワーン殿下の話は本当なのですか、国母陛下!?」
「そんな事とは、どういう事です!!マルワーンの死が、ないがしろにされてよい事だとでも言うのですか!?お前は!?」
言い争う3人の言葉を息も絶え絶えに通訳していたナディアに、妃奈はそっと手を上げて制した。
「妃奈様?」
「これ以上不毛な言い争いを訳す必要はありません」
「しかし…」
「マルワーン殿下殺害の犯人が自殺したという事は、それ以上の事は分からないという事でしょうし…ましてや、マルワーン殿下やアイシャの出自等、当人同士でしか分からない事…此処で言い争いをしても、答えが出るとは思えません。ターヒル国防大臣が自白するとも思えない…お前には、嫌な通訳を強いて申し訳なく思いますよ、ナディア」
「滅相もございません、妃奈様」
「…亡くなられたマルワーン殿下の事はともかく…アイシャの件は、DNAの鑑定も出ているのに、国王陛下も国母陛下も何故納得されないのでしょう?」
「…多分、ターヒル国防大臣がデータを改ざんしたと考えているのでしょう」
「そんな事、実際に出来るのですか?」
「わかりませんが、圧力を掛けられれば…と、お二方はお考えなのかもしれません」
「…成る程」
「それに、マルワーン殿下の事件も、父君のマンスール殿下の暗殺事件の時も、真相が究明されないままに…犠牲者が出ております」
「犠牲者?」
「マルワーン殿下の時は、視察団の責任者や護衛していた親衛隊員が投獄されてしまいました。マンスール殿下の時には、暗殺の首謀者とみなされた当時の親衛隊隊長が獄中で死亡され…当時の親衛隊員も、ろくな詮議もされぬまま悉く処刑されました」
「……親衛隊隊長が犯人だったのですか?」
「ありえません!あの方は、公明正大な方でした。国母陛下も絶対の信頼を寄せていた方で…父の盟友でもありました」
「…陥れられた…そういう事ですか?」
「…恐らくは…父も…国母陛下も、そうお考えな筈です」
「……この国は、本当に…昔から命が軽んじられる国なのですね」
妃奈が溜め息を吐いた時、壇上でガタリと音がした。
「カリーファ!?」
国母陛下の声で横を見ると、カウチから国王陛下が転がり落ちている。
「誰かある!?医師を!!国王陛下をお運びせよ!!」
国母陛下の声に、ナディアが部屋の入口に走り親衛隊を呼び入れた。
「国王陛下!!カリーファ様!?」
壇上に駆け寄ろうとしたルカイアを、国母陛下が叱責する。
「控えよ、ルカイア!!そなたは、国賊ぞ!」
「そんな…私は、国王陛下の妻にございます!!」
「許さぬ!誰か!!この者達を捕らえ投獄せよ!」
「国母陛下!?」
狼狽える親衛隊に、国母陛下が鬼の形相で命令を下す。
「何をしておる!この者達は、国を裏切りし国賊ぞ!即刻首を跳ねても飽き足らぬ…直ちに投獄せよ!」
国母陛下の怒声に、親衛隊は抵抗の声を上げる2人を部屋から連れ出した。
意識を飛ばした国王陛下と共に国母陛下が退室すると、ガランとした部屋に妃奈だけが取り残された。
その夜遅く、妃奈の執務室に国王侍従が訪れた。
彼は深々と妃奈に頭を垂れると、折り畳まれた一枚の紙を差し出した。
震える日本語で、自分の部屋に来て欲しいと書かれた手紙を握り締め、妃奈は侍従の後に従って国王陛下の寝室へと招き入れられた。
「…おぉ、来たか妃奈」
「お呼びでしょうか、国王陛下」
ベッドの横に跪き胸に手を当てて恭順の意を示しながらも、妃奈は他人行儀な態度を崩さない。
「…まだ、余の事を怒っておるのか?」
「……」
「まだ、余を父とは呼んでくれぬのか?」
「……」
「仕方ないのぅ」
そう溜め息を吐いた国王陛下は、うっすらと笑みを浮かべて妃奈に語り掛けた。
「今日は、済まなかった……だがお前には、本当の事を話しておく必要があると思ったのでな」
「別に、興味はございません」
「それでは、困る」
「そう言われましても…」
困った表情を浮かべた国王陛下は、話を続ける。
「マルワーンは、余の息子ではない。兄上とヤスミーンの間に授かった子供だ。余が留学から帰国し、兄上が暗殺されたと知った時には…ヤスミーンは、既に身ごもっておった。当時国王であった母上は、その事実を知るとすぐに余とヤスミーンの婚儀を行い、余に国王の座を譲ったのだ。王宮の外に血縁者を出さない為の…それが、苦肉の策であった」
「……」
「余が国王になった翌年には、ターヒルの強い後押しでルカイアが第二夫人に入った。アレの事は、昔から知っていた…国王夫人となる事だけを強いられた可哀想な娘だったが、王宮で再開した時には、既にマルワーンが生まれておった。父親の要望もあったのだろうが、アレは王宮に自分の立場を確立する為に、余との子供を強く希望したのだ」
「……」
「…アイシャは、余の娘ではない」
「しかし、DNA鑑定をされたのですよね?」
「そこにどんな絡繰りがあるのか、余にはわからんが…有り得ぬのだ」
「何故です?」
「……余が愛した女性は、お前の母親だけだからだ」
「……」
「余が愛し、身体を重ねたのは、お前の母親だけだったからだ」
国王陛下の告白に、妃奈は低い声で反発した。
「……その愛した女性と、身ごもった子供を、貴方は見捨てたのです」
「申し訳なく思っている…しかし、それで良かったとも思っているのだ」
「どういう事です?」
「…この国に朋美を連れて来ていたならば、彼女の命も…お前がこの世に生まれる事も、叶わなかったかもしれぬ」
「…勝手な事を」
俯き跪いていた妃奈は、立ち上がってベッドに横たわる男を見下ろした。
「私の母は、未婚で身ごもった事を父親に咎められ、堕胎を迫られた為に家を飛び出し、無戸籍で私を生んだのだそうです。昼も夜も働いて…ある日、自宅に乗り込んで来た男達に刃物で切り刻まれて、私を育ててくれた父と一緒に亡くなりました」
「…なんと…」
「私の髪がこの様な有り様になったのは、両親の死を目の前で目撃したからです。記憶を無くし養護施設に入り、養育里親の元で散々な目に遭い…命を狙われ家を飛び出し…男達の慰み者になりながら路上生活を強いられていたんです!貴方は、それでも母を呼び寄せなくて良かったと言えるんですか!?」
「……」
「そんな私を地の底から引き上げて、人間らしい生活と愛情を与えて下さったのが黒澤さんです。周囲からの反対もあり辛い時もありましたが、琥珀も生まれ、何とか周囲との折り合いも取れて、ようやくアメリカに住む黒澤さんと琥珀の元に行ける事になった時……貴殿方の勝手な目論みでカナハン大使館に拉致されて、『国を継ぐつもりはない』とこの国に断りに来た私に、息子を盾に脅した貴殿方の事を……どうやって許せと仰るんですか?」
「…ヒナ」
「私に無断で日本の国籍を奪い、国を継ぐといえば命を狙われ、この国の事を何も理解していないと謗りを受け、食べる物や飲み水に至る迄規制を受けなければならない生活を強いられる私に…それでも貴方は、私に許せと仰るんですか?」
「……」
「許しません」
冷たい視線を投げ掛けながら、妃奈はハッキリと言い切った。
「母を捨てた事も、私を捨てた事も、私を無理やり呼び寄せた事も、私から日本国籍を剥奪した事も、息子を盾に王太子にした事も、疑わしいと知りながら大臣達の不正を見て見ぬ振りをして来た事も、無能な貴方の尻拭いをさせられる事も……私は、何一つ、許しはしません!」
「……済まぬ、妃奈」
消え入りそうな声で謝罪する国王陛下に溜め息を吐くと、妃奈は近くにあった椅子に崩れ落ちた。
こんなにストレートに自分の感情を口にしたのは初めてだ…それはやはり、肉親に訴える言葉だからだろうか?
互いにグッタリとうなだれて、しばらく沈黙の時間が続いたが、その沈黙を先に破ったのは妃奈だった。
「…それで…今日の詮議の結果は、如何なさるおつもりですか?」
妃奈の問い掛けに、打ちひしがれた国王陛下が顔を上げる。
「…ターヒルは、屋敷や不動産や株、家財全て没収の上…極刑になる。関わっていた親族も然り…」
「ルカイア様は?」
「…父親と同じく」
「しかし、彼女は隣国への送金を知らずに、荷担させられていた様でしたが?」
「しかしルカイアは、アイシャの件でも国をたばかって…」
「その事ですが、アイシャの件は…私に預からせて頂けませんか、国王陛下」
「どうする積もりじゃ?」
「今一度、DNA鑑定をしようと思います」
「だが…」
「名前を伏せ、信頼の置ける国外の第三機関に依頼します。国王陛下とルカイア様、そして私のDNAと共にアイシャのDNAを調べて貰います」
「……」
「ルカイア様とアイシャの件は、それまで保留という事で宜しいですね?」
「…ルカイアは、結果が出る迄、引き続き投獄せよ」
「私怨は、如何なものかと思いますが?」
妃奈の言葉に、国王陛下の顔が歪む。
「では、どうするというのだ?」
「結果が出る迄は、監禁させて頂きますが、牢獄ではなく…どこか逃げ出せない部屋に」
「それでは、アイシャと共に西の塔に幽閉せよ!」
「お待ち下さい、国王陛下!!アイシャに罪は、ございませんでしょう!?」
ルカイアと共にアイシャ迄も葬り去ろうとする国王陛下に、妃奈は眦を上げ反発した。
「例えアイシャとの鑑定結果で血縁者ではないという結果が出ても、彼女は私の妹です!アイシャの地位は、私が守ります!!…それは、この件を今迄放置した…国王陛下と国母陛下の罪です!」
妃奈の言葉が雷の様に部屋に響き渡り、国王陛下はベッドの上で打ちひしがれた。




