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琥珀色の呪文  作者: Shellie May
62/80

(62) 誕生祝い

母親を求めて愚図(ぐず)っていた琥珀が、飾られた大きなクリスマスツリーに目を奪われ、泣く事も忘れて目を(しばた)かせる。

先日、レストランをしていた頃に使用していたクリスマスツリーを、田上が蔵から見付け出して飾ったのだ。

色とりどりのオーナメントと(またた)くライトに、琥珀は興奮して手を伸ばす。

「こらこら、あかんでぇ。触ったら危ないさかいな」

琥珀の初誕生祝いとクリスマスパーティーの会場準備をしている田上が、笑いながら琥珀をたしなめた。

「今日は妃奈ちゃんが忙しいさかい、琥珀ちゃんも寂しいんちゃいます?」

黒澤に抱かれる琥珀をあやしながら、田上がカラカラと笑う。

「…料理なんて、仕出し屋に任せて置けばいいものを…」

「わかってないなぁ、兄さん…そりゃ、親心でっしゃろ?」

「…だが、まだ体調だって完全に戻った訳じゃない」

「すんまへん…ウチのオカンのせいですわ」

「え?」

「ウチのオカンが、妃奈ちゃんに色々いらん事言いおったって、栞叔母ちゃんから聞いて…」

「いゃ…妃奈は、子供の祝い事なんて知らなかったんだろう」

「そやけど、妃奈ちゃん追い詰めたんちゃうかて、栞叔母ちゃんも気にしてました」

「大丈夫だ。妃奈もそんな風には思っていない」

そう、妃奈は栞達に責められたとは思っていないだろう。

思い悩むとすれば、自分の無知を恥じているのだ。

琥珀に、人並みの祝い事をしてやれなかった事を悔いているのだ。

だが、妃奈が知らなくとも、それは致し方ない…そういう事は、普通母親から聞いて覚えていく物だろう。

妃奈達女性陣は、午前中から事務所の厨房に入り、賑やかに調理している。

琥珀を抱いて厨房の扉の窓から中を覗こうとした黒澤に、中から出て来た磯村が叱り付ける。

「邪魔よ!黒澤!」

「…済まん」

大きな銀のトレーに並べられたオードブルを運びながら、磯村が黒澤を睨んだ。

「料理の方どないです、ネェさん?」

「私が手を出す隙間なんてないわよ。栞さんが料理上手なのは、周知の事実だし、士郎のお母さんは、大人数の料理に慣れてるし…それにあの娘が、あんなに料理出来るなんて!」

「妃奈は、前から料理は得意だ」

「もう、プロみたいに手際がいいのよ!栞さんも、腕を上げたって驚いてたわ」

「…きっと、松浪組で仕込まれたんちゃいます?」

「そうだな」

「そしたら、今日はご馳走が期待できますわな!」

そう言ってオードブルを摘まみ食いしようとした田上の手を、磯村がピシャリと叩いた。



会場にした事務所には、結構な人数が杯を掲げて談笑している。

琥珀は見知った顔が多いからか、機嫌の良い笑い声を上げていた。

「本日は、おめでとうございます」

「ありがとうございます」

聖社長夫妻の挨拶に、黒澤がにこやかに対応する。

「これ、琥珀君に…」

大きな包みを差し出しながら、萌奈美嬢がヘニャリとした笑顔を向けた。

「ありがとうございます」

「あの…妃奈さんは?」

「申し訳ございません。未だ、厨房の方に居りまして…」

どこから噂を聞き付けたのか、招待した人数の倍近い人が集まり、妃奈や栞は厨房に籠り追加の料理を作っている。

「妃奈は、ウチに居た時から働き者でね。特に料理の腕は、ウチの自慢の料理人に仕込まれて、玄人(くろうと)はだしなんだよ」

「これは、松浪の奥様…ご無沙汰致しております」

「元気にしてたかい?相変わらず、ちっちゃくて可愛いねぇ、萌奈美さん」

場を取り仕切る様に笑顔を振り()く松浪夫人に萌奈美嬢が捕まると、聖社長が苦笑いしながら内ポケットから祝儀袋を取り出した。

「堂本の義父より、預かって参りました」

「これは、お気遣い痛み入ります。堂本組長に、宜しくお伝え下さい」

「本当は、こちらに伺いたかった様ですが、今日はクリスマス・イブですので…」

「ご家族で、お祝いになるご予定ですか?」

「えぇ。子供達を連れて、泊まり掛けでフェアリーランドに」

久々に聞いたその場所の名前に、黒澤の胸はドキリと跳ねた。

「…あぁ…周辺に、オフィシャルホテルがあるんでしたね?お子様方も、さぞやお喜びでしょう」

「実は、私達も夜から参加するんですよ」

そう笑いながら、聖社長は萌奈美嬢を目で追った。

「萌奈美も好きでしてね…特に夜のパレードは幻想的で、女性には堪らないらしいです」

「…そうですか」

幼かった妃奈との約束…彼女は、覚えているだろうか?

思えば大人になった妃奈と、まともにデートもしてやった事がない。

2人で出掛けた事も、なかったのではないだろうか?

自分は、そういったブロセスをすっ飛ばし、嫌がる彼女を監禁し、躰を繋げ、子供を産ませ、結婚を迫り…何と傲慢(ごうまん)な男なのだろうと改めて思う。

「妃奈は?まだ出て来てないのかい?もう、琥珀に餅を(かつ)がせるよ!」

松浪夫人の不機嫌な声に、いつのまにか背後に居た栞が頭を下げる。

「申し訳ありません。もうじき出て来ると思いますが…」

歯切れの悪いその言葉に、黒澤が眉を寄せた時、人を掻き分けてやって来た小塚が、黒澤に耳打ちした。

「所長…森田組長が、お見えになりました」

「…何?」

会場の入口に現れた森田組長は、黒澤の姿を見付けると黙って目配せをした。

「…いらっしゃいませ」

「盛況な様だな」

そう言うと、森田組長は袱紗(ふくさ)から取り出した分厚い祝儀袋を、黒澤に渡した。

「ありがとうございます」

そう言って受け取る黒澤を無視して、会場をぐるりと見回す森田組長に、黒澤は(いぶか)しんで尋ねる。

「今日は、お見えになれなかったのではありませんでしたか?」

松浪夫人が、持参した一升の大きな紅白の餅の1つを風呂敷に包み、琥珀の背中に括り付ける。

初誕生の祝いに子供に一升餅を(かつ)がせるのは、人の一生と餅の一升を掛けて『一生丸く(円満に)長生き出来る様に』『一生食べ物に困らない様に』等という願いが込められているという。

琥珀が約2キロの餅を(かつ)ぎ、難なく立ち上がり歩いて見せると、周囲の大人達が歓声を上げた。

目を細めてその様子を見ていた森田組長は、少しだけ口角を上げて言った。

「…やはり、親子だな」

「は?」

「昔のお前も、難なく餅を(かつ)いで見せた」

「…」

(かつ)いでいた餅を下ろすと、今度はその餅の上に立つ様にと、松浪夫人が琥珀の手を取り(うなが)している。

一升餅を大地になぞらえ、餅の上に立たせ、『しっかり地に足を着けて歩いて行ける様に』『一生を強く歩き切る足腰の強い人間になる様に』という願いを込めるらしい。

所によっては、素足ではなく草履(ぞうり)を履かせて踏ませる地域もあるそうだ。

「今日、私をここに呼んだのは…あの女だ」

「…妃奈が…ですか?」

「先日から、ずっと(うるさ)く電話を寄越していた。昼前に、自分は顔を出せそうにないので、私に出席して欲しいと連絡して来た」

「なっ!?」

「あの女が顔を出さないのであれば、私が出席するのは(やぶさ)かではない」

そう言うと、森田組長は黒澤を置いて松浪夫人に挨拶をしに行った。

黒澤は(きびす)を返し、厨房に足を踏み入れると怒声(どせい)を響かせた。

「妃奈!?」

まな板の前で三つ葉を刻んでいた妃奈は、驚いた様に顔を上げた。

「どうしました?何かありましたか?」

「どうもこうもない!!」

黒澤は妃奈の手首を掴むと、強引に厨房から連れ出そうと手を引いた。

「待って下さい!!もうすぐ、祝い餅が来ます!」

「餅なんて、どうでもいい!!」

「どうでもいいなんて…何て事仰るんですか!?」

そう妃奈は叫び、黒澤の手を思い切り振り解いた。

「…森田さんを呼んだそうだな?」

「はい」

「何故!?」

「あの方は、琥珀のお祖父様です」

「…どうせ…お前が会場に出ない事を条件にしたんだろう!?」

「そうです」

事もなげに肯定する妃奈に、黒澤は眉を吊り上げた。

「お前は、琥珀の母親だろう!?何故、一緒に祝ってやらない!?」

「私は…ちゃんと祝ってます」

「何っ?」

「ちゃんと、祝ってやってます」

眉を潜めて黒澤を窺いながら、妃奈は訳がわからないという様な素振りで再びまな板に向かった。

「皆さん、琥珀を祝う為に集まって下さったお客様です。おもてなしするのは、当たり前じゃありませんか」

「……」

「それとも、パーティーに出席しないと、祝ってやる事にはなりませんか?裏方では、祝っている事にはなりませんか?」

「…妃奈」

「祝いの一升餅は、沢山の方々に食べて頂いた方が、その子は幸せになれるのだそうです」

妃奈はそう言うと、コンロに掛けてある2つの大きな鍋の蓋を取った。

「お雑煮と、おぜんざいを用意しました。皆さんに、喜んで頂けると宜しいのですが…」

「…お前は、それでいいのか?」

「何がですか?」

「一生…そうやって、裏方ばかり務めるつもりか?」

その言葉に、妃奈はサッと顔色を曇らせる。

「…いけませんか?」

「……」

「……私は…表に行っても…何も出来ませんし…」

「お前、今…楽しいか?」

「……多分…」

口を真一文字に結んだ黒澤が妃奈に近付くと、彼女は黒澤の様子に(おび)えて震えながら後退った。

「済みません」

「……」

「…申し訳…ありません…」

震えて萎縮(いしゅく)する妃奈を抱き締め様とした黒澤は、厨房の入口から勢い良く入って来た人の気配に、伸ばした腕を下ろした。

「妃奈ちゃん、餅持って来ましたで!」

「士郎、アンタはその鍋を会場に運んで!弘美さんは、餅切り分けて貰えます?」

「わかりました。黒澤!ホストが会場ほっぽり出して、こんな所で何やってんのよ!?」

「…済まん」

磯村の言葉に後ろ髪を引かれつつ厨房を出た所で、黒澤は栞に鉢合わせた。

「どうかしましたか、坊っちゃん?」

「…妃奈が…又、森田さんと妙な約束をした」

「あぁ…電話してらしたんですよ」

「知ってたのか?」

「えぇ。私も、再三会場の方に行かれる様にとお話ししたんですが…妃奈さん、厨房の扉の向こうは、自分の世界ではないからと仰って」

自分は、事を焦り過ぎたのか?

妃奈は未だ、『嬉しい』『楽しい』という感覚がわからないのかもしれない。

『幸せです』と言う彼女の感覚は、普通の人間とは違う次元の物なのかもしれない。

琥珀に対して負い目を感じている妃奈は、今回の祝いも義務感しか感じていなかったのではないだろうか?

自分は、妃奈に負担を強いているだけなのではないか?

遠くで琥珀の愚図(ぐず)る様な泣き声がして、黒澤は声を頼りに琥珀を捜した。

「…あ、黒澤さん。良かった…琥珀君、おねむの様で…」

萌奈美嬢の腕の中で愚図(ぐず)っていた琥珀は、黒澤の姿を認めると腕を伸ばして呼び掛ける。

「…とと、ととっ!」

「あらぁ、お父さんがわかるんですね」

琥珀と過ごす時間が増えた事と、妃奈が父親だと教え続けた事で、琥珀はつい先日から黒澤の事を『とと』と呼ぶ様になった。

琥珀本人としては『お父さん』と呼んでいる積りなのだろうが、自分を呼んでいると思うと可愛さも倍増する。

琥珀の躰を受け取ると、安心した様に躰を沿わせ、黒澤の腕の中で琥珀は指をしゃぶり出した。

「済みません、疲れた様ですので…」

そう会釈すると、黒澤は琥珀を連れて再び厨房に向かった。

「妃奈!」

ビクリと顔を上げた妃奈は、琥珀の姿にオドオドと黒澤に近付いた。

「もう、眠くて限界らしい。寝かせてやってくれ」

「…でも」

躊躇(ちゅうちょ)する妃奈に、栞が笑いながら声を掛ける。

「こっちは、大丈夫ですからね。妃奈さんも、休憩して来て下さい」

妃奈は皆の顔を見比べて、小さく頷くと琥珀に腕を伸ばした。

「…かっかぁ…」

甘えた様に呼び掛ける琥珀に頬擦りすると、妃奈は皆に会釈をして厨房を後にした。



「本日は、ありがとうございました」

会がお開きになって挨拶する段になると、妃奈はようやく厨房から姿を現した。

しかし黒澤の隣に並ぶでもなく、事務所の建物の外に、まるで使用人の様な(たたず)まいで来客に頭を下げる。

「妃奈!?あんた一体、どこに居たんだい!?」

誰よりも先に挨拶を受ける松浪夫人の言葉に、妃奈は深々と頭を下げる。

「申し訳ありません、奥様。本日は、本当にありがとうございました」

「立派な祝いの席だったよ。料理も自分達で(まかな)った様だし、頑張ったんだね」

「とんでもありません」

「…って、あたしが()めるとでも思ったら、大間違いだよ!妃奈!!」

鼻息荒く説教する松浪夫人に、妃奈は唯々項垂(うなだ)れる。

「何で、琥珀の隣に居てやらなかったんだい!?琥珀の親は、黒澤だけかい?あの子は、片親なのかい!?」

「…いぇ」

「琥珀は、ずっとあんたの事を捜していたんだよ!」

「…申し訳ありません」

「謝るのは、あたしにじゃないんじゃないのかい?」

「……」

「全く…いつまでも下働きの積りで居るんじゃないよ!!あんたは、黒澤の女房になるんだよ!?黒澤に恥掻かせて、どうするんだい!」

「…ぇ?」

「黒澤が今日、何回あんたの事で客に言い訳したと思ってるんだい?『奥様は?』『琥珀君のお母さんは?』と聞かれる度に、黒澤はずっと言い訳してたよ。あれじゃ、結婚前から不仲な夫婦だと誤解されちまう!」

「……」

「妃奈…人には、それぞれの立ち位置があるんだ。黒澤の女房としての立ち位置を、間違えるんじゃないよ。黒澤の女房になるって事は、この弁護士事務所の所長夫人になるんであって、使用人の身分のままって事じゃないんだよ?あんたがそんな事じゃ、琥珀は何時まで経っても使用人の子供って事になるんだ。わかってるかい!?」

「…申し訳…ありません」

項垂れる妃奈に、松浪夫人は尻を蹴飛(けと)ばす勢いで妃奈に命令する。

「ホラッ!!さっさと黒澤の横に立って、客に挨拶しておいで!」

「はい」

妃奈は小走りで黒澤の隣に行くと、一歩下がって客に頭を下げ様とした。

黒澤はそんな妃奈の腰を抱いて引き寄せると、自分の隣にピッタリと身を沿わす様に立たせ、来客に妃奈を紹介する。

「妃奈が厨房から出て来なかったのは、あんたのせいなのかい、森田さん?」

松浪夫人は態々(わざわざ)会場に戻り森田組長の隣に立つと、周囲に聞こえる様に(わざ)と声を張って質問する。

「さぁ、私には何の事やら…」

「まだ、黒澤と妃奈が結婚するのを反対してるのかい?」

「いいえ。私は、黒澤の好きにする様にと伝えてありますが?」

薄笑いを浮かべ対応する森田組長に、松浪夫人は柳眉(りゅうび)を上げた。

「じゃあ何で、妃奈があんな態度を取るのかね?」

「さぁ?私には、わかりかねます」

「森田さん…組がどうとか、ケジメがどうとかって、あたしは全く預かり知らぬ事だがねぇ…今回の事についちゃあ、あたしはどうにも腹の虫が治まらないんだよ」

「…松浪組長には、ご理解頂いていると自負しておりますが?」

「言っただろう?あたしが…だよ」

互いに視線を絡まそうとせず、黒澤達が来客に挨拶するのを見詰めながら、松浪夫人が話し続ける。

「お宅じゃどうだか知らないけどね…ウチの家内の事は、松浪組の(あね)である、あたしの領分なんだよ。当然使用人だった妃奈の事も、琥珀の事も、あたしの管轄でね。あんたに好き勝手される(いわ)れはなかったんだけどね?」

「……」

「それに、前にも言ったけど…妃奈はウチの組長の命の恩人なのさ。松浪寅一ともあろう者が、恩人をないがしろには出来ないだろう?」

「…しかし、それは…あの場に松浪組長が同席された事や、連城弁護士を雇った事で帳消しになるのではありませんか?」

「…何か、思い違いしてないかい、森田さん?」

「何をですか?」

「確かに、仁を…連城を雇ったのは、あたしだよ。あんたが、琥珀を連れ去るなんて事をしでかしたからね。だけど、ウチの組長が嶋祢会長に同行したのは、妃奈の為じゃないよ」

カラカラと笑いながら話す松浪夫人に、森田組長は片眉を上げた。

「わからないのかい?ウチの人は、蝶子のゴタゴタで、堂本組に火の粉が飛ぶのを防ぎに行ったんだよ」

「……」

「連城は、日本一の弁護士だよ?世界を股に掛けるネゴシエイターだからね…どんな事で、堂本組に責任を被せられるか、わかったもんじゃない。黒澤も、それだけの物を用意して行ったんだろう?」

「……ご存知でしたか」

「ウチの人が同行したからこそ、連城はその事を嶋祢会長に言わなかったんだろうさ。じゃなきゃ、交渉材料に持ち出し兼ねないからね」

「……」

「ウチの人は、堂本組の相談役だよ?どんな時にも、第一に優先するのはその立場だ。そして、今回…堂本組長が守ったのは、あんただろう、森田さん?って事は、ウチの人は、あんたを守った事にならないかねぇ?」

「…その様です」

眉間に皺を寄せる森田組長に、松浪夫人はフンと鼻を鳴らした。

「思い違いも(はなは)だしいもんだ」

「…申し訳ありません」

森田組長の謝罪に、松浪夫人は笑みを浮かべる。

「で…話を戻すけどね。あの2人の事、許してやる気はないのかい?」

「……」

「こうやって、琥珀の祝いには来てやったんだろう?」

「それは、又…別の話です」

「血縁を優先って事かい。案外と、みみっちい男だね?」

「そういう事ではありません。私の感情はさて置き、私の立場では彼女を許す事は出来ないと…おわかりの筈です」

「堂本組長は許してるって聞いたよ?」

「だからこそです!!」

森田組長の言葉に、松浪夫人はハァと溜め息を吐いた。

「頑固だねぇ……でも、あたしも(あきら)める訳に行かないんだよ。ウチの人の恩人であり、娘の様に可愛がって来た妃奈の為に…そして、あたし達の孫も同然の琥珀の為にね」

そう言って口角を上げると、松浪夫人は悠然(ゆうぜん)と出口に向かった。


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