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琥珀色の呪文  作者: Shellie May
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(5) 会食

車から駆け出した小塚は、路上に()ね飛ばされた人物に駆け寄った。

既に仲間の1人が駆け付け、オロオロと涙ながらに抱き上げ様としている。

「動かすな!揺らすんじゃないっ!!」

小塚の鋭い言葉に、若者はビクリと出し掛けた手を引っ込めた。

フロントガラスの横から急に飛び出して来た人物の白い髪を見た時、一瞬老人を()いたかと思ったが…倒れていたのは、多分10代の少女だ。

脱色したのだろうか…暗がりでもわかる程白茶けた髪に、浅黒い肌…。

今時、まだガングロを気取っているのかと呆れながら、小塚は彼女の首筋で脈を確認する。

「…ヒナ…ヒナァ…起きてくれよぅ…」

「知り合いなのか?彼女の名前は?」

携帯で救急車を要請(ようせい)しながら、小塚は情けない声で少女に呼び掛ける、派手なスーツを着た若者に尋ねた。

「……」

「聞いてるのか!?彼女の名前は!?」

「…タカハシ…ヒナ…」

「年齢は?」

「……17…」

救急車の要請を済ませると、小塚は浅い呼吸を繰り返す少女の気道を確保する為に、スーツの上着を脱いで彼女の首の下に突っ込んだ。

「彼女の家は?家族に連絡を…」

「…いねぇよ」

「え?」

「…ヒナは孤児だ…ここんとこずっと、公園とかの植え込みに住んでたんだ。時々、俺の…彼女ん家で、風呂入れてやったり、洗濯したりして…」

「ストリート・チルドレンか…」

「なぁ、大丈夫だよなぁ!?死んだりしねぇよなぁ!?」

「わからない…意識もない様だし…」

「どうしよう…俺、俺のせいだ…」

そう呟く若者に、小塚は眉を潜めた。

車の方では、黒澤が数人の若者達を相手に声を張り上げている。

「…彼女から車に飛び込んで来た様だが、何か知ってるのか?」

「…リノが…」

「リノ?」

「リノって女が…ヒナを突飛ばして…」

「じゃあ、彼女の意思で飛び込んだ訳ではないんだな?その、リノって女は?」

「リノ…リノは…」

若者が答えようとした時、どこからかピューッと指笛が鳴り、彼は顔を強張らせて腰を上げた。

「待て!!お前の名前は!?彼女と、どういう関係だ!?」

「…俺…俺は…」

「ズラかるぞ!」

仲間が、付き添う若者に呼び掛ける。

「行くぞ、善吉!」

「で、でも…」

「放っとけって!あんなに()ね飛ばされたんだ!クロ助も助からねぇって!!」

「…」

「来いッ!!退却(たいきゃく)の合図だ!!マズいんだよっ!!」

仲間はそう言うと、善吉と呼ばれた若者の首を抱えて、ズルズルと引き()って行く。

「待て!!この娘を見捨てるのか!?」

小塚の叫びに、若者の情けない声が響いた。

「ヒナッ!?ヒナァッ!!」

何という薄情な奴等だと怒りを覚える小塚の元に、先程迄勝ち誇っていた様な笑みを浮かべていた黒澤が、緊張した面持ちで近付いて来る。

「…所長?」

倒れている少女をマジマジと見入る黒澤が、少女の白い髪を()き上げた。

「…小塚、彼女の名前はわかっているのか?」

「はい…先程、仲間から聞き出しました」

「……何という…名だ?」

「タカハシ ヒナ、17歳だそうです」

「……」

黒澤は黙ったまま、少女の首に巻いているストールを慎重に外し、その下に埋もれていた長いチェーンのネックレスを確認して言った。

「……妃奈……何で、こんな事に…」

「お知り合いですか、所長?」

苦渋(くじゅう)の表情を浮かべた黒澤にそう尋ねた時、彼の携帯がけたたましく鳴った。

「…黒澤です」

「森田だ。先程、寺脇から連絡を貰った。大丈夫なのか?」

「私は無事ですが…相手に怪我をさせてしまいました。警察や救急車も呼んでおりますし、今日は…」

「そこは寺脇に任せ、お前は汐留に向かえ」

「しかし…」

「お前が運転していた訳ではないだろう?堂本組長も、お待ちかねだ」

「…承知致しました。指示を与えて、そちらに向かいます」

携帯を切った黒澤は、寺脇を呼び寄せた。

「森田組長から伺っております。所長は、先方に向かって下さい!」

黒澤は、車のカメラの映像を警察に提出し解析して貰う様に寺脇に伝え、周囲のギャラリーの写真を携帯で撮影すると、先程撮った若者達の写真と共に寺脇の携帯に転送した。

「この写真のデータを、俺の名刺と一緒に提出しろ。明日署の方に伺うと、俺から新宿署の交通課に連絡を入れて置く」

「承知致しました」

遠くから、パトカーと救急車のサイレンが近付いて来る。

黒澤は、少女の頬をスルリと撫でながら、小塚に言った。

「悪いが、救急車に付き添ってくれ…情報は、逐一(ちくいち)メールで知らせて欲しい」

「承知致しました」

「宜しく頼む」

少女のネックレスをそっと外して自分のポケットに入れると、黒澤は名残惜し気にその場を去った。



「大変お待たせ致しました。申し訳ありません」

汐留シティセンタービル41階にある『TOKYO(トウキョウ) GRAND(グランド) CHINA(チャイナ)』で待っていた面々に、黒澤は到着早々深々と頭を下げた。

スカイツリーや銀座の夜景を一望出来る個室には、堂本組長と森田組長、それに小柄な若い女性と恐ろしく美形な男…そして、懐かしい顔を少し(ほころ)ばせた男が待っていた。

「残念だったなぁ、黒澤…花火、終わっちまったぞ」

「…花火…ですか?」

ウェイターに引かれた椅子に腰を下ろしながら、黒澤は上機嫌の堂本組長に尋ねた。

「今日は柴又で、葛飾(かつしか)納涼花火大会があったんです。ここからなら、スカイツリーと一緒に花火見物が出来ると、養父(ちち)が予約してくれました」

高校生だろうか…黒い巻き毛を揺らしながらハキハキと話す少女に、ヘニャリと気の抜ける様な笑顔を向けられ、黒澤はパチパチと(まばた)きを繰り返した。

…どう考えても、場違いなのだ…女性が同席すると言うから、てっきり水商売の女だと思っていた。

「紹介して置く…俺の…自慢の娘だ!」

満面の笑みで堂本組長が紹介すると、少女は立ち上がり(ひざ)に手を付ける程深く腰を折った。

「初めまして。堂本萌奈美(どうもと もなみ)です」

「こちらこそ…森田組の顧問弁護士をさせて頂いております、黒澤と申します」

黒澤も立ち上がり、頭を下げながら懐から名刺を出し、萌奈美嬢に渡した。

昨年の年賀の席で、堂本組長が突然堅気(かたぎ)の娘を養女を迎えたと、(しか)もその場でその娘の婚約を発表し、婚約者を森田組長の後継(こうけい)である若頭補佐(わかがしらほさ)に就かせたと…堂本組内ばかりでなく、傘下(さんか)の組でも蜂の巣をつついた様な騒ぎになったのだが…この少女が例の…。

「意外ですか?」

「は?」

「初めてお会いする方は、大概(たいがい)同じ様な表情をされますから」

「…いぇ…申し訳ありません」

クスクスと笑う少女は、確かに堅気(かたぎ)の娘だ…極道(ごくどう)の家庭に漂う空気は、微塵(みじん)も感じられなかった。

「ご紹介しますね…私の婚約者の、(ひじり)さんです」

そう紹介する彼女の左腕の腕輪に付いたダイヤが、キラリと光を放つ。

あれは確か、カルティエの…そう記憶を探る黒澤に、彼女の隣に先程から寄り添う恐ろしく美形の男の切れ長の瞳が、一瞬探る様な光を(たた)えた。

白い肌に薄明かるいストレートボブの髪、生成(きな)りの麻のスーツをスマートに着こなす男に、黒澤は深く頭を下げる。

「ご無沙汰致しております、聖社長。この度は、『Saint(セイント)警備保障』さんにも、お世話になります」

「こちらこそ、ご無沙汰しています。お役に立てて、何よりです」

「知り合いなの、聖さん?」

萌奈美嬢が隣に立った聖を見上げると、彼は()ける様な笑みを彼女に返す。

「仕事上ね…時々、顔を合わせるんだよ。今度、彼の事務所の警備を依頼されたんだ」

「そうでしたか」

萌奈美嬢はそう言うと、再び黒澤にヘニャリと笑い返した。

Saint(セイント)興業』代表取締役、聖夜(ひじり ないと)とは、森田組長と同席する場で時々顔を合わせる。

留学先のアメリカでMBAを取得し、そのままあちらの証券会社に就職していたが、数年前に聖組の跡を継ぎ、森田組と同じフロント企業として組を立て直した。

黒澤の父が顧問を務めていた、寺嶋組組長の(おい)に当たる人物でもある。

「こちらは、私共の専務を務めます…」

「紹介は必要ありませんよ、社長。顔見知りです」

「そうなのか?」

ニヤニヤと笑う男が、黒澤に握手を求めて来た。

「久し振りだな、シュウ!?」

「お久し振りです、(なつめ)さん…何年振りです?」

「ん~…6、7年振りだな。あの頃お前は、まだ見習い弁護士だったもんなぁ」

「…そうでしたね」

「一通り挨拶は済んだな…そろそろ飯にしようぜ、腹ペコだぁ」

「これは、気付きませんで…申し訳ありません」

堂本組長の笑い声と共に料理が運ばれ、(なご)やかな雰囲気で食事が始まった。

広東料理をベースにしてアレンジを加えた、モダンで色鮮やかな中華料理に舌鼓(したつづみ)を打ちながらも、病院に運ばれた妃奈の事が頭から離れない。

無事に意識を回復しただろうか…怪我の具合は、どの程度だったのだろう…。

「…黒澤」

「ぁ…はい、失礼致しました」

「小塚は、どうした?」

隣の森田組長の問いに、黒澤は少し声を潜めて答えた。

「病院の方に…」

「怪我をしたのか?」

「いぇ…救急車で運ばれた人物の付き添いに、置いて来ました」

「寺脇の話では、当たり屋の犯行だったそうだが?」

「実は…知り合いでしたもので」

「…成る程」

じっと黒澤達の話を聞いていた萌奈美嬢が、給仕(きゅうじ)をしていたウェイターに何か耳打ちをした。

「そう言えば、黒澤…新しい事務所はどうだ?」

上座でゴマ団子を頬張る堂本組長が、ニヤリと黒澤に視線を寄越す。

「お陰様で、快適に過ごしております」

「だよなぁ…いいレストランだったし…なぁ、森田?」

御意(ぎょい)

「レストランを事務所にされたんですか?」

あどけない萌奈美嬢の質問に、事情を把握(はあく)しているのだろう聖社長が、チラリと視線を寄越して苦笑した。

「ホラ…去年、お前が聖と一緒に行って、素敵だったって言ってたレストランがあったろ?北新宿の…」

「北新宿?『Maison(メゾン) de() fete(フェイト)』ですか?」

「そうそう…そこに住んで、事務所構えたんだよ、この男は!」

成る程…堂本組長があの土地を手に入れたかったのは、養女であるこの娘にねだられての事だったのか…。

「それは、素敵ですね!じゃあ、あの建物は取り壊されたんですか?」

「いぇ…建物はそのままに、セキュリティ工事だけを(ほどこ)し、家具を事務用に取り替えただけです」

「それは、益々素敵ですね!!あの建物、内装も凝っていたし…外観も小さなお城の様でした。戦後の建物なんですか?」

「いぇ…大正末期に外国人が作った石造り屋敷をベースに、歴代の当主が内装工事を繰り返し、最後はレストランとして使っていた様です」

「あの…お菓子の家も?」

「は?」

「庭の植え込みの向こうに…お菓子の家みたいな可愛い建物がありますよね?ステンドグラスが、ふんだんにあしらわれた…」

「あぁ…あの家は戦後に建てられた物でしょう。元はオーナーの自宅でしたが、今は私が住んでいます」

「素敵!!」

キラキラと瞳を輝かし、ヘニャリとした笑顔を向ける萌奈美嬢に申し訳ない様な笑みを返す黒澤に、堂本組長が(たた)み掛けた。

「そうだろう?お前が気に入ったのは、話し振りから直ぐにわかったからなぁ…黒澤に頼んだんだが…この男は、そんな俺の親心を(そで)にしやがったんだ」

「何の話です?」

ポカンとした表情を見せる萌奈美嬢に、聖社長と棗が含み笑いを漏らす。

「だから…そのレストランの土地を譲ってくれって俺が頼んだのに、この男はけんもほろろに…」

「お養父様(とうさま)ッ!!」

今迄目尻を下げながら、ヘニャヘニャと笑って隣の聖社長に甘えたり黒澤と話していた萌奈美嬢が、いきなりバンとテーブルを叩いた。

「まさか、組長の名前を出して…要求したのではないでしょうね!?」

「お前、気に入ってたろ?」

「誰が、欲しいなんて言いました!?」

天下の嶋祢会の2次団体…新宿を牛耳る2大勢力の1つ、堂本組のトップを務める男に正面切って()える事の出来る人間が、一体何人居るだろう?

養女というのだから、血は(つな)がっていないだろうに…目を三角にしてギャンギャンと()える娘にタジタジとする堂本組長は、娘を溺愛(できあい)する父親以外の何者でもなかった。

突然立ち上がりナプキンを椅子に置くと、萌奈美嬢は深々と黒澤に向かって頭を下げた。

養父(ちち)が大変失礼なお願いをした様で、本当に申し訳ありません‼」

「…いぇ…私の方こそ、ご希望に添えず…」

「それは違います、黒澤さん!私は、あの店の雰囲気が好きだっただけで、欲しいだなんて思っていません!!」

「…ありがとうございます」

微妙な表情で黒澤が頭を下げると、黒澤に向かって申し訳なさそうに微笑んだ萌奈美嬢は、隣の聖社長に呼び掛けた。

「帰ろう、聖さん!!」

「萌奈美?」

「自分の威光(いこう)を笠に着て、人様の物を無理矢理(うば)い取ろうとするお養父様(とうさま)なんかと、二度と食事なんかしたくない!!」

「おぃおぃ、萌奈美……そりゃあ、あんまりじゃねぇか?」

「お養父様(とうさま)は、もっと自分の立場をよく知るべきです!!自分の言葉や行動が、他人に与える影響や力の大きさがどんな物か…」

「…」

「理解して貰える迄、百人町のお屋敷にも行きませんからね!?」

そう言うと、萌奈美嬢は一同に頭を下げ、苦笑する聖社長を伴って帰ってしまった。

それでもニヤニヤと満足そうに笑う堂本組長が森田組長と共に帰るのを見送ると、棗がポンと黒澤の肩を叩いた。


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